送検される宮崎文夫容疑者(時事通信フォト)

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 衝撃的な映像とともに日本中が怒った事件。コラムニストのオバタカズユキ氏が考察した。

【写真】顔を隠しながら取手警察署に入る宮崎文夫容疑者

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 猛暑の夏である。そのせいで頭がカッカとしていたのかなんなのか、やたらと沸点の低い男が常磐自動車道で煽り運転、無理やり停止させた乗用車の運転手を殴りつける事件がおきた。

 8月10日、事件に巻き込まれた被害者はすぐに警察通報、一部始終を克明にとらえていたドライブレコーダーのデータを提出し、警察も捜査に乗り出した。また、この被害者の行動はそれだけにとどまらなかった。同日、テレビ朝日が運営する映像・写真投稿サービス「みんながカメラマン」に動画データを投稿。それが12日に同局のテレビ番組で取り上げられ、ネットニュースにもなったのである。

 そこから先は、本当にあっという間の大拡散だった。

 加害者の凶暴性と被害者の恐怖が臨場感たっぷりに伝わってくる動画である。ネット上では「ありえない」「許せない」「一刻も早く逮捕を」といった声が巻きおこる。テレビ朝日以外のマスコミも、そうしたネットの声に呼応するかのように、我先に事件を詳細報道。報道で新事実がわかるとまたネット上で声をあがり、マスコミもさらなる報道に熱をあげた。最終的には事件から1週間と少し経った18日に、加害者の男が傷害容疑で、その男と事件現場でも一緒にいた女が犯人隠匿容疑で逮捕され、ひとまず一件落着となった。

 この一連の事件と騒動で、我々が得たものは確実にあると思う。自動車運転中にこうした煽りなどを受け、車を停めさせられたとしても、絶対にドアや窓を開けてはならない。すべてをキーロックし、できれば車を路肩に停め、すぐに警察を呼ぶ。相手が何をけしかけてこようが、それに反応はご法度。世の中にはまったく話の通じない、頭のいかれた人間もいるのだということを前提として、冷静に対処しなければならないのだ、と。

 こうした対処法を、警察OBなどの専門家に説明してもらい、解説したテレビ番組も多かった。もしものときの心の準備をあらためて確認した視聴者は大勢いたと思う。また、今回はとにかくドライブレコーダーの活躍が大きかった。自家用車に未搭載の人で、これを機に設置を考えた人も少なくないだろう。

 被害者にとってはとんだ災いだったが、彼の積極的な行動の結果、事件は解決。加えて、日本中のドライバーに安全を考える機会を提供したという意味で、プラスの意味が確実にあった。

 以上を踏まえた上で、今回、やっぱり言葉にしておきたいことがある。事件そのものも怖かったが、同じぐらい怖いことがあった。事件報道などに刺激されてマイナスの感情を露わにした我々の側の感情の高ぶりである。それは十分に怖いレベルにあった、といえるのではないだろうか。

 今回はありがちなマスコミVSネットという対立にはならず、マスコミもネット民も基本的に同じ方向をむいて、事件に対して憤っていた。いや、事件というよりも、「煽り男」と「ガラケー女」の2人に対して牙をむいた。

 2人の加害者がやったことは論外である。しかし、冷めて言えば、軽い傷害事件でもある。もちろん、もっと大きな事故などにつながった危険性もあっただろう。が、やった事実そのものは乱暴な煽り運転と、グーパンチ数発の暴力沙汰。裁かれるべき犯罪行為であるとはいえ、それで日本中が「許すまじ!」と熱狂し続けていたのは、けっこうな異常な事態だったと思うのである。

 その異常さが、象徴的に表れていたのはフェイスブックだ。犯人の男が自分のアカウントを持っていたため、実名が報道されるとすぐにネット民たちが駆けつけた。そして、書き込み可能なコメント欄にあらんかぎりの罵声を投げつけた。執筆時点でその数、700以上にのぼる。

 そのまま掲載するには差し障りのあるコメントを省いて、それでもインパクトの強かったものをいくつか挙げてみよう。意識してほしいのは、これはツイッターやインスタグラムのように匿名メインのSNSではなく、実名が原則のフェイスブック上に記されている文字群だということだ。

 まず、犯人逮捕前の段階では、たとえばこんな書き込みがあった(一部、筆者による省略などあり)。

〈早よ捕まれ、このクソハゲ。一生、豚小屋へ打ち込まれとけ!〉

〈ゴミクズ君 お前みたいなやつは、生きる価値がないし、気持ち悪いから早く首吊って死ねよ。社会のゴミ野郎〉

〈逃げ回ってんじゃねぇよ。クソババアも一緒か?なんにせよ人生終わったんだから早く捕まるか死ねよ。〉

〈威勢だけ良く、警察が出てきたら逃げ回る。ヘタレでけつの穴の小さいゴミよのう。ガラケー女と一緒に留置場で首を吊れ〉

〈文句あるなら書き込みした人、全員にメッセンジャーから電話をするといいですよ^_^あ、私とタイマン張りますか?宮崎さん〉

「死ね」という言葉や意味をためらいなく使うコメントが多い。〈死ね死ね死ね〉を無数に連打したものもあった。あの動画を見ていて、加害者を憎らしく感じる気持ちはわかるのだが、そこまで強い憎しみになるものか。どうしたらこんなに攻撃的な気持ちになるのか、理解に苦しむ。そして、逮捕後もコメント欄への書き込みは続く。

〈ざまぁwwバカがSNSなんてやって本当にご愁傷様。一生臭い飯食ってろ!〉

〈ねぇ逮捕されて今どんな気持ち?www自分自身が煽られてる今どんな気持ち〜?www〉

〈ハゲ野郎 往生際悪いし生え際も寂しいのー(笑)喜本奈津子って、オバハンも逮捕や。二度と世間に出て来るな〉

〈こいつ、絶対、薬物やってるわ。ヤクブーツはやめろ、ハゲ、ハゲ、ハゲ〉

〈喜本とかいう養豚ババアもイかれてるな、テメェら自分の家族と殺し合って死ね、生き残った奴は褒美として自殺しろやゴミ。〉

 逮捕時の中継映像などで刺激されたのか、また攻撃的なコメントが続く。やたらと多用されている「ハゲ」の単語に、幼稚さも感じられる。まるで子供の悪口みたいだ。だが、それを大の大人が実名をさらして(ものによっては顔もさらして)、ヒステリックに言い募る様は異様である。

 中には、こんな書き込みもあった。

〈炎上中をお楽しみの皆さん。面識もないのに色々書きたい気持ちは理解しますが、自己責任ですよ。捨てアカでも匿名でも例外なく追尾されますから今一度冷静になったほうがいいと思いますよ。こんな事の為に面倒に巻き込まれたくないでしょ。〉

 しかし、そんな忠告はお構いなく、罵詈雑言の嵐は続くのだった。

 今回の事件に勝者はいない。いたのは加害者と被害者だけである。事件騒動に関わったあとのすべての人間は、捜査した警察官などを除けば部外者だ。たまたまテレビやネットで事件を知り、犯人たちの言動に怖さを感じただけの無関係者である。

 なのに、怖さと同時にこみあげてくる怒りの感情をぐっと飲みこまないで、そのまま言葉にしてぶちまけてしまう人間がたくさんいる。なぜか勝者気分で、汚い言葉を投げつけまくる。野次馬っていうのは、昔からそんなものかもしれないが、それはどう考えても醜い行為だ。

 もう20年ほど前、故・筑紫哲也がニュースキャスターを務める番組内で、「インターネット上の書き込みは便所の落書きのようなもの」といった内容を口にし、まだ社会の中では少数派だったネット民たちから大反発を食らったことがある。当時のあの反発は、ネットコミュニケーションを下位に位置づける理不尽さへの抵抗だった。

 それが今日、実名前提のフェイスブックですら以上のような次第。どこか自虐的なペーソスも感じられた便所の落書きと違って、巨大化し一般化したネットで行き交う言葉は、ときに落ちた動物を貪り食うピラニアのような攻撃性をむきだしにする。それは今回の加害者の沸点の低さや凶暴さと変わらない悪である。そう警戒すべきである。