ニコ動、「V字回復シナリオ」の厳しすぎる現実
昨年10月に開いたニコニコ動画の新サービスの発表会では、ユーザーから画質や読み込み速度に関して批判が殺到した(記者撮影)
「頼みの策を外したら、今年度の決算は目も当てられない状況になるのでは」。あるIT企業の幹部はそうつぶやく。東京証券取引所一部に上場するカドカワの“超強気”な業績予想が、業界をざわつかせている。
カドカワは2014年、出版社のKADOKAWAとネット企業のドワンゴが統合して発足した持ち株会社だ。同社は5月10日に2018年3月期決算を発表。売上高が2067億円と前期比でほぼ横ばいとなった一方、営業利益は同6割以上の減益となる31億円に沈んだ。
同時に発表した2019年3月期の業績予想では、売上高2310億円(前期比11%増)、営業利益80億円(同154%増)という驚異のV字回復シナリオを掲げた。
有料会員大幅減でニコ動が赤字転落
昨年度特に足を引っ張ったのが、ドワンゴの手掛けるウェブサービス事業だ。収益柱の動画共有サービス「ニコニコ動画」では、1年間で有料会員(月額540円)が243万人から207万人へと、36万人減少。この影響で、同事業の年間営業利益は10億円超の赤字に転落した。
2007年のサービス開始以来、サブカル分野で独自の立ち位置を築いてきたニコニコ動画だが、近年はその勢いをすっかり失っている。有料会員数は2016年1〜3月期に過去最高となる256万人を記録し、9月まで水準を維持。だが同年10〜12月期以降、四半期ごとに5万人ペースの減少が続いている。「YouTube(ユ-チューブ)」をはじめとする無料の動画ストリーミングサービスが複数台頭してきたためだ。
ドワンゴ創業者の川上量生氏は新サービスに対する批判を重く受け止め、自ら代表取締役会長の職を辞した(記者撮影)
会員流出に拍車をかけたのが、昨年10月にドワンゴが開いた新サービス「ニコニコ(く)(読み方:クレッシェンド)」の発表会だ。ゲームやアンケートなど、生放送配信者向けの新機能を複数打ち出したものの、利用者からは「新機能よりも画質や読み込み速度の改善を」という批判が殺到した。
満を持して放った巻き返し策は、逆に退会を加速するという皮肉な結果を生んだ。発表会が行われた10月からの3カ月間で、一気に14万人の有料会員が退会したのだ。ドワンゴ創業者の川上量生氏は、同社の利用者向けブログに自ら謝罪文を掲載。12月には代表取締役会長を退き、現在は取締役CTO(最高技術責任者)を務めている。
窮地に陥ったドワンゴだが、今年度はウェブサービス事業の営業利益が10億円まで回復する計画を立てている。どのような計算なのか。内訳を見ると、有料会員数は201万人まで引き続き減少すると想定されている。一方、大きな成長を見込むのが「都度課金」だ。生放送と連動したゲームや配信者への投げ銭といった新機能を投入し、新たな収益源にしようとしている。
「ニコニコ(く)」の発表会では、動画の生放送と連動するゲームなどの新機能が発表された(記者撮影)
昨年10月の発表会後から取り組んできた画質や読み込み速度の改善については、「システム開発の大きな山は超えた」(会社側)といい、今年度はインフラコストが縮小する見通しを立てている。上記の新機能による売り上げの増加にこの費用減が加わるというシナリオを、V字回復の根拠としている。
だが、都度課金の具体的なサービスが明らかになるのはこれから。当たるかどうかは未知数だ。長年、ニコニコ関連の売上高の約8割は有料会員収入が占めてきた。だが今年度の売上高では、有料会員収入と都度課金収入がほぼ半々の割合になる想定だ。まったくの新機能をわずか1年で収益柱に成長させるのは、決して容易ではない。
不安なのはKADOKAWAも同じ
不安視されているのはドワンゴだけではない。グループ内のもう一つの中核企業・KADOKAWAでも、達成のハードルが高そうな業績計画が立てられている。
KADOKAWAが今年度、大幅な増益を想定するのが映像・ゲーム事業だ。営業利益は昨年度の29億円から今年度は70億円へと、41億円もジャンプアップする計画を立てている。これは昨年度に膨んだ映画制作にかかる費用が減ること、昨年度からズレこんだゲームの新作発売が複数予定されていることなどを前提としている。
費用の減少はある程度見通しが効くかもしれない。一方でゲームは、業界全体でヒットの予測が困難になっているのが実情だ。最近では大型の新作投入を予定していても、ひとまず保守的に前年並みの売り上げ予想を立てておくという企業が少なくない。期初からゲームの回復を謳うKADOKAWAの計画は、それなりのリスクをはらんでいる。
ニコニコ動画関連での大幅な開発の遅れ、ユーザーからの批判殺到、業績予想の下方修正と、昨年度はあらゆる“想定外”に見舞われたカドカワ。今年こそ自ら打ち立てた計画を達成できるか。その道のりは限りなく険しい。