豊後水道を航行するあけぼの丸。郵便マークに似た「宇」のマークは、かつて郵便物を運んでいたことから(撮影:坪内政美)

あけぼの、あかつき、さくら……

そう聞いて思い浮かぶのは、かつて走っていた寝台特急ではないだろうか。

しかし実はこれら全部、船の名前なのだ。

所有しているのは、愛媛県八幡浜市に本社を置く宇和島運輸株式会社。愛媛県の八幡浜港と、大分県の別府港・臼杵港をそれぞれ海路で結ぶフェリー航路を運営している会社だ。

調べてみると、船名だけでなく、ほかにも「ノビノビシート」「女性専用席」など、まるで寝台特急を連想させるかのような名称が出てくる。寝台特急好きとしては大変気になったので、現在運行している「あけぼの丸」「あかつき丸」にそれぞれ乗船してみた。

「ななつ星」並みの「あけぼの」


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あけぼの丸は2017年12月に就航した、まだ出来たてほやほやの新造船だ。総工費はなんと30億円!これはJR九州の豪華クルーズトレイン「ななつ星in九州」の総工費とほぼ同じである。

あけぼの丸には最新式のエンジンと、横揺れ防止のためのフィンスタビライザーが取り付けられている。フィンスタビライザーとは、船底近くの左右両側に付けられた羽のようなもので、角度を変えて揺れを打ち消し、船を安定させる装置だ。自動車を積み込む車両甲板から客室のある2・3階へは、エレベーターも設置されている。


「宇」のマークが掲げられたエントランス。ここが船の中だとは信じられない(撮影:坪内政美)

設備はもちろんだが、エレベーターを降りた目の前のエントランスが豪華で、まず驚いた。同社のウェブサイトに掲載されたあけぼの丸の紹介にも「モノトーンの空間に、落ち着いたダークブラウンの木目と、光沢を生かした素材を組み合わせたシックでモダンな船内」とあったが、絨毯や壁紙など隅々までデザインにこだわっているのがよくわかる。一瞬、ここが海の上だということを忘れそうになった。

寝台特急にも「ロイヤル」「A個室」「B個室」「開放式寝台」などのグレードがあるように、船も特等客室・1等客室・2等客室と料金によって区分がある。まずは気になっていた「ノビノビシート」を見てみた。

ノビノビ……といえば、思い出すのは寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」にある、寝台料金不要で寝転ぶことができる「ノビノビ座席」だ。寝台特急「あけぼの」にも、これと似た「ゴロンとシート」があった。


ノビノビシート。個人的にここが一番気に入った(撮影:坪内政美)

両方を合わせたかのようなネーミングの「ノビノビシート」はこれらの寝台特急とは違い、指定席ではなく乗船した人が誰でも使用してよい場所だ。身長159cmの私が、手足を上下・左右に伸ばした時に、ちょうど仕切りにつくかつかないかくらいの広々としたスペース。壁にはコンセントが設置されているので、乗船中も携帯電話などの充電ができる。

飲み物を置くスペースは、船が揺れても大丈夫なよう設計されていて、床の素材もフカフカしており、とても快適な空間だ。この日は空いていたので、ここで寝ている人もいた。確かに船内が空いていたら、私もここだけで過ごしてしまいそうだ。

コンセント充実が特徴?


リクライニングシート席は列車の座席のように、ひじ掛を上げることもできる(撮影:坪内政美)

船内には、船としては珍しいリクライニングシートの席もある。こちらは本当に列車の座席さながら。リクライニングはもちろんだが、前の座席背面に折りたたみテーブルが設置されているところもよく似ており、もしかしたらどこかの列車の座席をそのまま持ってきたのでは?なんて思ってしまう。

この座席もノビノビシート同様に誰でも使用でき、壁側にはコンセントも2つ付いていて、隣の人とコンセント争いをすることがない。この船はどうやら、コンセント数が多いことも特徴のようだ。日頃からコンセントの重要性を感じている私には、大変ありがたい設備である。

できたらここで、窓の外の景色を眺めながらお弁当を食べたいところ。列車に乗っている時に海が見えるとテンションが上がるものだが、ここでは海が見放題だ。

寝台特急でいうと開放式寝台にあたる2等客室は、指定されたスペース内であればどこを使用してもよい。1人の使用範囲も決められていないので、周りに迷惑をかけないよう過ごすことが大切だ。とはいえ、空いていれば手足を伸ばしてゴロ寝している人がほとんど。床はカーペットで、毛布は1枚100円でレンタルできる。


2等客室にある女性専用席(撮影:坪内政美)

2等の一角は「女性専用席」となっており、そのスペースのみカーテンが付いていた。船で女性専用というのはなかなか見かけないので、特に一人旅の女性には安心できるに違いない。このほか、子供が遊べる「キッズルーム」や、おむつの取り替えなどに使える「ベビールーム」などもある。

1等客室は4〜8名ほどが利用できる小部屋で3階にあり、枕・毛布・マットなどが常備されている。ちなみに同じフロアにある展望ラウンジは、特等客室と1等客室の客のみ入ることができる。

特等客室はスゴかった

最後に、一番豪華な特等客室を特別に見せてもらった。


特等客室の料金は八幡浜―臼杵の片道で1人6690円。1人で使用する場合のみ、別途客室貸切料が必要(撮影:坪内政美)

特等客室は定員6名の個室で、景色などを含め船の一番良い場所にある。ゆったりとしたベッドが2つ、テーブルにソファー、クッションなどが置かれ、いったい何人で使えば埋まるのか、という贅沢な空間だ。

壁には昔の船で使われていたようなデザインの壁掛け時計や白熱灯のランプ。ベッドの下には大型トランクも入るスペースがあり、見た目にも邪魔にならない。服をハンガーにかけて吊るしておけるクローゼットもあり、高級ホテルさながらだ。お手洗いや洗面台も設置され、部屋から出ることなくくつろげる。

ちなみに船内の椅子やテーブルは、全て床に固定されていて、揺れても動かないようになっている。

ところで、たいていの船にはこれらの部屋以外に「ドライバーズルーム」というものがある。フェリーに乗船した長距離ドライバーが使う専用の部屋だ。しかもあけぼの丸には「女性専用」のドライバーズルームもあるという。この日は誰も使っていないとのことで、そちらも特別に見せてもらった。

ベッドは上下2段になっていて、入口のみがそれぞれ独立した作りとなっている。専用ロッカーもあるし、なかなか快適そうだ。お手洗いとシャワールームも設置されている。基本、女性専用以外のドライバーズルームも同じ作りとのこと。こちらの方がさらに寝台特急気分が味わえそうでうらやましい。

なぜ寝台特急の名前に?

しかし、どうして船がここまで寝台特急に近いネーミングになったのか。もしかして社内に鉄道好きな方がいるのでは……? そんな疑問を抱きながら、宇和島運輸株式会社の専務取締役、松岡正幸さんに話を聞いた。

――なぜ船に寝台特急の名前を付けたんでしょうか?


宇和島運輸専務取締役の松岡正幸さん(撮影:坪内政美)

「それは……偶然でしょう(笑)。『あかつき丸』という船は、昔も所有していたんです。昭和11(1936)年に作った船でしたが、戦渦をくぐり抜け、昭和40年代まで残っていました。その船の名を受け継いで『あかつき2』という船も作りましたが、それも平成26(2014)年に、こちらのあかつき丸の就航にともない引退しました」

――「あかつき丸」の方が寝台特急よりも早くに名付けられていたんですね……

「そうですね。あかつき丸の次の新造船名を何にするか、ということで(夜明け近くを示す言葉の)『あかつき〜しののめ〜あけぼの』で『あけぼの丸』ということになりました。まだ次の船については考えていません(笑)」

――ぜひ寝台特急シリーズにして欲しいです! 次は「富士」とか!?

「富士……あまりこの地方に関係ないのでちょっと(笑)」

――これだけ豪華な船ですが、実は乗船しているのは2時間半なんですよね。寝台特急はできるだけ長く乗っていたいですが、この船も、もっと長く乗りたい船だと思いました。

「ありがとうございます。あけぼの丸は他の船と交互に八幡浜港―臼杵港間を1日7往復していて、距離にして67km、所要時間は2時間25分。八幡浜港―別府港間は89km、2時間50分。四国・九州のそれぞれの地元の方や、長距離ドライバーの方のご利用が多いですが、大阪方面から四国、九州へと自家用車で旅行される方も多いですね」

――なるほど! 船なら車と一緒に渡れますもんね。そのまま現地をドライブして帰って来るにはすごく便利ですね。

「そうなんです。しかも船では、ドライバーの方も休むことができます。往復だと割引もありますし、うちの場合それぞれの港が比較的駅から近いので、歩いて利用されるお客様も多いです」

――確かに九州の大分・宮崎方面に行くにはこちらから行った方が便利そうです。青春18きっぷとうまく組み合わせれば、かなりお得な旅もできますね。

列車も船も「郷愁を誘う」乗り物だ

私が寝台列車を好きだった理由は、やはり個室でくつろげる快適さなど、自分の部屋さながらの居心地の良さだった。マイペースに過ごせるこの船に関しても、同じことが言えると感じた。


往年の寝台特急「あけぼの」の勇姿。船の名前になっているあけぼの、あかつき、さくらのうち、私が乗れたのはこれだけだった(撮影:坪内政美)

ちなみに宇和島運輸フェリーで現在就航しているのは「あけぼの丸」「あかつき丸」「えひめ」「おおいた」の4隻。「さくら」という船もあったが、昨年あけぼの丸が就航する際に入れ替わりに引退した。

まさに私が乗船した日、さくらはフィリピンに譲渡されるため松山港を出発したそう。運が良ければ豊後水道あたりですれ違うかもしれない、とのことだったが、残念ながら叶わなかった。

最後は海外に譲渡される船、これも鉄道車両の末路に似ている。列車旅も船旅も、なんとなく郷愁を誘うところに惹かれるのかもしれない。