カープの強さの秘密、“凄腕仕事人集団”に迫る 劇的効果生んだ“改革”とは
故障者激減の王者・広島、石井トレーナーに聞く仕事の流儀
2年連続でセ・リーグを制覇した広島東洋カープ。強さを支えるのは抜群の育成力がまず挙げられるが、故障者と離脱者の少なさというものも大きな理由の1つだろう。
実際に、緒方孝市監督は昨シーズン中、「うちはトレーナーがしっかりやってくれているから」と証言していた。大きな故障者は8月23日のDeNA戦(横浜)でフェンス際のジャンピングキャッチで着地時に右足首を骨折するアクシデントに見舞われた鈴木誠也くらい。肉離れなどの筋肉系のトラブルはほとんどなかった。
なぜ、広島は怪我人が少ないのか。赤ヘル軍団のコンディションを緻密に管理する石井雅也ヘッドトレーナーに説明してもらった。
「私がこの仕事をやってきて、一番うまくいったことはトレーナーの組織作りだと思います。ストラクチャーを作ることです。結局、僕らトレーナーは一人で仕事をしても、できることは限られていると思います。それよりも色々優秀な人たちを集めて、システムに当てはめる。その仕組みに適合する人に続けてもらう。その組織作りが上手くいったことで、コンディショニング部門がはうまく回り始めたと思います。まずは人材を取ってくるところから。そしてハード面は何億円もかけて施設を作ってもらった。やり始めたらここ何年かグッと選手のケガが少なくなってきました」
日本プロ野球トレーナー協会会長も務めている石井氏はこう語る。2000年から主力選手に故障者が続出した広島。治療のみならず、故障を防止するための抜本的な改革を求めた同氏は競技の垣根を越えて現場を視察し、トレーナー組織の拡充に動いた。MLBなどアメリカスポーツ界の最前線でトレーナーとして活動していたスタッフも招聘。本拠地マツダスタジアムは最新式のトレーニング施設がフル稼動し、大野練習場のリハビリ施設も改装した。
昨年もMLBテキサス・レンジャーズやアメリカの最先端医療施設を視察。トミー・ジョン手術の現場にも立ち会うなど、治療家としての研鑽を今でも重ね続けている石井氏は広島のトレーナー陣のシステム作りの成功が故障者の少ない理由として挙げている。
劇的な効果を生んだリハビリプロセスの“改革”とは
実際にプロスポーツの世界では肉離れなど筋肉系のトラブルはつきものだが、広島の選手には近年あまり起きていない。理由はリハビリのプロセスにおける改革だった。
「故障した選手の復帰までのプロセスには2つの軸が存在します。時間軸と回復軸です。だいたい復帰まで25%くらいまでの時期は可動域などの改善をテーマとしを回復し、筋力などの再教育をする。そのあとに持久力を高めていき、。そのあとは実戦的なスキルのトレーニングに入る進んでいきます。そこからそして実戦復帰という流れです。決定的なのは4段階のうち3番目のアスレチックリハビリテーションです。そこが抜けていたんですね。
球団の理解もあり、01年から03年までアメリカやドイツを視察させてもらって、僕らにはそこが抜けていることを痛感しました。今は当たり前の事ですが、怪我をして基本的な動作や筋肉を戻なければならないのに、捻挫してある程度動けるようになったら、すぐに実戦へ、という流れでした。そうした中、全体のバランスを考えて基礎的な動きを戻すことをテーマとしてを考えた。復帰プロセスを改善したことが、ケガ予防にもつながりました。アスレチックリハビリテーションを重視する事により、多くの部分で良い方向に進み始めましたし、始めてから良くなった。その大事さに気かされました」
00年までの広島では故障者はリハビリ後、怪我の完治をもって実戦に復帰していた。しかし世界の最先端のトレーニングと治療の現場を視察したことで、故障部分の完治後に、早期復帰と故障再発防止のための「アスレチックリハビリテーション」を取り入れた。その効果は抜群だったという。
「それまでは肉離れして、復帰しては、また肉離れという繰り返しだったんですよ。アメリカとドイツで色々見てきたことで、その理由がわかった。アスレチックリハビリテーションをリハビリに組み込んだら、ハムストリングの怪我に関しては約9割減少しました。ハムストリングに関しては運動連鎖がポイントなんです。動作は骨盤からスタートして、中臀筋(ちゅうでんきん)からハムストリングという具合に連動していきます。太もものケガが多い選手はこの動作がハムストリングから始まります。太もも裏に最初に力が入ってしまいます。この連動性が回復していないのに、ちょっと回復したから実戦トレーニングに戻しても、結局、連鎖が崩れているんで再発してしまう」
「スタッフ同士の競争は愚かなこと」、大事なのは人間同士の協調性
石井氏によると、取り組みを変えた結果、太ももの裏の肉離れに関しては90パーセント近く減少したという。骨折など突発的なアクシデントによる故障こそ避けられないが、通常のトレーニングで故障を予防し、また故障した場合も再発を避けることで、離脱の長期化を未然に防ぐことができるようになった。他球団と比較して筋肉系トラブルに見舞われる頻度については「一概に比較できませんが、感覚で言うと3分の1くらいです」と胸を張る。
広島の強さを陰で支えるトレーナー部門に長年心血を注ぎこんできた石井トレーナーは「明確な答えは無いが、良い方向に進んでいると思う」と言う。だが、完璧に組織を機能させるために最も大事なのは人間だという。
「トレーナー部門でも一番大事なことは協調性です。スタッフ同士のチーム内の競争が一番愚かなことなんです。リハビリ部門とトレーナー部門が『オレが治したんだ』と各々手柄を主張することは愚かなこと。1つの評価に対してきちんとチームとして協調できる人材を大事にしています」
個性の強いトレーナー陣の資質を見抜き、まとめ上げてきた石井氏。その言葉は傑出した育成力だけには頼らない、築き上げてきた伝統と流儀を感じさせるものだった。(Full-Count編集部)