不器用な男、ロッテ細谷圭がたどり着いた「11年目の打撃開眼」
5月15日の楽天戦(QVCマリンフィールド)だった。4−5と1点ビハインドの6回、二死満塁でロッテの細谷圭は2ボールからの3球目を積極的に振って出て、代打逆転満塁本塁打をセンター越えへと運んだ。3年ぶりの一発は、プロ初のグランドスラム。その後、チームは一時追いつかれながらも、乱打戦の末、延長11回にサヨナラ勝ちを飾った。
堂々と主役を張った細谷は「ストレート一本に絞っていた。みんながつないでの攻撃だったので、自分もその流れを切らさないように次につなぎたかった。今までのホームランとは違う感じがした」と、手に残る心地よい感触の余韻を楽しんだ。
今季、細谷は最高の滑り出しを見せた。開幕4戦目の楽天戦で初先発して2安打を放つと、翌日から3試合連続で三塁打を放ち、パ・リーグ記録に並ぶ。4月7日のソフトバンク戦(ヤフオクドーム)では6打数5安打5打点の大当たりで、「球も見えている」と好調を実感。一時は名だたる強打者たちを抑え、打率ランキングでリーグトップに立つ躍進を見せた。
「いい意味で何も考えずに打席に入れていた。すべてがうまく回っていた」
開眼のきっかけは、打撃の軸ができたことだ。昨季から、バットの振り出しの意識を大きく変えた。感覚を的確に表現することは難しいが、本人の言葉を借りると「ボールの後ろからバットを入れていくイメージ」だという。上からたたいても、下から振り上げても、ピッチャーから向かってくるボールを捉えようとすると、接点は「点」になる。これを変え「線で打つようにしている」とボールの軌道と水平に近い形でバットを出し、球をミートする確率を上げようとした。
現在の野球はスライダーやフォークボールなど定番の変化球の精度が上がり、ツーシームやカットボールなど、打者の手元で微妙に動く球も増えてきた。今ではほとんどの投手がこれらの球を使い、打ち損じを少なくするためには、打者の工夫もこれまで以上に必要になってきている。
細谷も昨季から打撃改造に取り組み、「(打撃を変えて)2年目で自分のなかで理解できて、やれている。実戦でできるようになってきた」と今の打法が体に染みこんできた。
昨季もイースタンリーグの打点王を獲得するなど、二軍での実績は十分だった。ただ、これまではどうしても一軍で満足する成績を残すことはできず、そこに大きな"壁"があった。それを崩したのは先ほどの技術的な改良に加えて、心の持ちようの変化も大きな要因となった。
当然ながら、一軍のピッチャーは二軍に比べて球が強く、コントロールがいい。さらに捕手の配球もより緻密で、バッターの頭を悩ませる。簡単には打てない。打てないから、結果を求め、どんな球にも手を出すようになってしまう。そうなると相手の術中にはまり、打つのはさらに難しくなる。ボール球に手を出すことで自らの打撃は崩れていく。悪循環にはまるパターンだ。
「考え過ぎている部分もあった。全部、打とうとしてしまっていた。状態が悪くなってくると、自然と(球を)追いかけていってしまう。(今は)割り切って打席に立って、狙っている球を確実に打とうという意識でいる」
切り替えを心に置き、引きずることをやめた。
春先の好調から一転、4月中旬以降は徐々に調子を崩し、なかなか快音を響かせることはできなかったが、前向きさを失うことは決してなかった。
「(調子の)いい、悪いは出てくる。状態が落ちたときに『どうしよう』というのを考えている」。疲れなどから起こる体のコンディション悪化が原因なのか、技術のズレが生じているのか。ティー打撃から丁寧に打ち返し、基本に戻り、原因を探っていた。
「いいときはそのままやればいい。悪くなったときに早く自分の中のOKラインまで持っていきたい。(対処法を)見つけようとしている。気持ちも、技術も、もっと考えれば、またひとつ引き出しが増える」
冒頭の楽天戦は、代打逆転満塁弾の後も安打を重ね、3打数3安打。トンネルを抜け、再び上昇気流に乗るきっかけにするには最高の結果だった。
群馬・太田商高からプロ入りし、11年目を迎えいる。打撃論にしても、考え方にしても、ようやく固まってきた。「周りからは遅いよ、と言われるかもしれない」と苦笑し、言葉をつなげた。
「自分がバカなだけ。早くできるなら、早くできた方がいいけど。不器用で、それが遅かっただけ」
器用にはこなせないかもしれないが、愚直に目の前のことに取り組んできた。厳しい練習にも耐えてきた。ユニホームを着れば細身に映るが、体に無駄な脂肪はなく、分厚い筋肉で覆い尽くされている。
印象に残る打撃で脚光を浴び、"遅咲きのブレイク"としてのストーリーで取り上げられることも多い。ただ、本人に「11年目だから」とか「晩成型」といった意識はない。
「最初から11年契約でやってきたわけではないので......。1年、1年、勝負してやってきた」と力を込める。
先を見ず、毎年、必死にもがき、気がつけば11年がたっていた。太い幹ができた今、細谷はまた新たな勝負を仕掛けていく。
深海正●文 text by Fukami Tadashi