元世界水泳代表選手から、「柔軟で強い」腕と肩、身体の鍛え方を学ぼう!
オリンピックでは日本のお家芸、近年でも世界と戦える選手たちを次々と輩出している「水泳競技」。これらのトレーニングには実は野球にも応用できるエッセンスがふんだんにつまっている。今回はそのメニューの一端と「水泳的トレーニング思考法」を、現役時代は平泳ぎの日本代表選手として活躍。現在は地元・福岡県で株式会社ワンダーイヤーズ代表取締役を務める今井 亮介さんに紹介してもらった。
「水泳的に言えば、現在ではストレッチを競技や練習前にはあまりやりません。故障は可動域の範囲内で起こることが定説になっている中、ストレッチをやりすぎると筋肉が緩んでしまうんです。ですから、ストレッチも1つの動きを2秒間で止めるようにするんです。可動域を高めるというより、体温を高めるためにストレッチを使っていくんです」
マット上にひざを抱えて転がる、スタージャンプなど、「動的ストレッチ」と称される実演を交えながら話す今井さんのストレッチ理論はいきなり野球界にとっては「目からうろこ」。ただ、今井さんの実績を見れば、水泳界では当然の理論であることが解る。
1999年にはパン・パシフィック選手権・メドレーリレーで銅メダルを獲得。2001年には当時19歳だった北島 康介選手(2004年アテネ五輪100m・200m平泳ぎ金メダル、400mメドレーリレー銅メダル。2008年北京五輪100m・200m平泳ぎ金メダル400mメドレーリレー銅メダル。2012年ロンドン五輪400mメドレーリレー銀メダル)と共に平泳ぎ種目で世界水泳福岡大会に出場している。
「かつては水泳でも競技、練習前にストレッチをやっていた時代があったんです。それが10年前くらいから『体幹』ということが言われるようになり、柔軟性を変化させるには3ヶ月くらいかかることがわかり、故障を発生させないために『自分の特長をいかに推進力へ変えていくか』という考え方になってきました。ですので、伸ばす・緩めるような静的ストレッチよりも体を温める動的ストレッチを入れて、僕らはプールに入るんです」
[page_break:野球にも応用できる「肩・腕の暖め方」]ここで頭に浮かんだのはこの夏、甲子園と侍ジャパンU-18代表での活躍が記憶に新しい佐藤 世那投手(仙台育英3年、オリックス・バファローズドラフト6巡目指名・2015年インタビュー)。彼もテイクバックが大きな独特の投げ方をするが、それをうまく腕に伝えているように見える。そこで調べてみると・・・・・・。佐藤投手も幼少期は水泳に取り組んでいた」という記述があった。なるほどである。
野球にも応用できる「肩・腕の暖め方」野球にも大いに応用できる腕のアップ方法このように常に新しいトレーニングに関する知識や方法を採り入れてきた結果、37歳の現在も会社経営・水泳指導と同時にマスターズ水泳選手として100m平泳ぎ世界記録(30-34歳区分長水路、35-39歳区分短水路)を保持している今井さん。今も鍛え続けている水泳選手特有の逆三角形腹筋を使って発せられるボイスには、確かな説得力が含まれている。
では、具体的に練習・試合前にはどのようなトレーニングを行えばいいのだろうか?一例として、下半身を暖めた上での野球でも不可欠な部位である「肩・腕の動的ストレッチ=ウインドミルスプリット」を紹介しよう。
1.右と左を反対側に動かし、腕が上方に来た時にお腹に力を入れる。筋肉が温まった上でこれを行うことにより、可動域が自然に広まっていく。
2.ゴムバンドを使って負荷をかけ、止め・動かすことで筋の出力を出す。
水泳は体幹が固定した上で、腕を動かすことで推進力を出す競技。これにより腹圧を高め、姿勢をデザインし、自分の身体を使いこなすこともできるようになる。
「前田 健太投手(広島東洋カープ・2013年インタビュー)が行う『マエケンダンス』がありますけど、あれも身体をしっかり温めてからでないと軸がしっかりできた状態で腕を回せない。いきなりあれをやっては前田投手の意識していることには近づかないと思います」
「1つの動きは細かい動きの組み合わせでできている。ですから、動画とかも実際は動きながらプレーをしているということを前提に、誤差を調整した方がいいですね。水泳とかは特にそうなんで」今井さんのアドバイスは野球界も参考にしてよさそうだ。
[page_break:水泳から学ぶべき「トレーニングの考え方」]水泳から学ぶべき「トレーニングの考え方」ゴムバンドや腰に装着する「コルスーツ」で負荷をかけてのトレーニングの数々このように水泳の世界を他競技にうまくなぞらえて説明する今井さん。そこには大学時代の経験が活かされている。
東福岡高、早稲田大卒後、MLB通算303勝のランディ・ジョンソン(現:MLBアリゾナ・ダイヤモンドバックス球団代表付特別補佐)ら、有名野球選手も学んだ南カリフォルニア大学へ進んだ今井さん。そこでは日本の高校・大学では考えられない日常風景があった。
「マーク・マグワイアスタジアム」で練習する野球ボールは、ときたま今井さんら水泳選手が練習する屋外プールへ飛び込んでくる環境。そして共通のトレーニングルームでは種目を問わず、競技の垣根なく、選手たちがトレーニング理論について常に情報交換を交わす。実際、今井さんが進める水泳のエクササイズもプロテニス選手から採り入れたものもある。
さらに水泳選手の場合、コーチに自らのトレーニング法を提言したりすることも日常茶飯事。自分の身体を知って選手側から発信していくことも当たり前に行われている。
チューブを使っての下半身主導の内転筋強化トレーニングなど野球に応用できるトレーニングを次々と行いながら「止めるべきところを止めつつ、コアを止めて四肢を動かす。これが水泳トレーニングの基本です」と話す今井さん。自らの身体を知り、自分の考えを持って、トレーニングに励む。これこそ、私たちが水泳から学ばないといけないことだろう。
「脚と腕」を強化するのに最適なエルゴメーター腕用と脚用を並べるとサーキット的に使える。脚用エルゴメーターを実演する今井 亮介さん
そんな水泳の世界で、野球界でも採り入れているトレーニング器具がある。ボート部の練習をルーツに、効率的に全身を鍛えられることから近年、急速に野球部のトレーニング器具として広がっている「エルゴメーター」だ。
「動きの循環と連動性を作るのにとてもいいですよ」と話す今井さん。短い時間で大きなパワーを出すことが必須となる水泳界でもエルゴメーターは非常に重宝されている。
さらに・・・・・・。水泳ではもう1種類のエルゴメーターが存在する。「じゃあ、持ってきましょう」。数分後、今井さんがジムに運び込んだエルゴメーターは、立った状態で腕を引っ張るはじめて見るタイプ=「スイミングエルゴメーター」だった。
今井さんいわく水泳界では「この2種類を交互に使ってトレーニングをしている」とのこと。理由は従来型では出しづらい肩甲骨の上方・下方の動きを出し、野球でも大切な後背筋の動きを引き出し。推進力を付ける。
さらに手と腕に逆の動きを出すことでスムーズな肩と腕の動きを作り、肩に余分な力が入り、上腕と肩の骨が衝突して生じる「スイマーズショルダー」と呼ばれる症状を防ぐ。といったような様々な効果が生みだせる優れものだ。
では、「座って5分」・「立って5分」といった形で交互に使用するトレーニングも実践してもらおう。確かに今井さんですら息が荒くなるハードトレーニングの中で、様々な部位の筋肉が動いているのがひと目で判る。最も野球で鍛えにくいと言われる「腕」のトレーニングも、2種類を掛け合わせると負荷をかける中で様々な動きが鍛えられる。
となれば、水泳から今回教えてもらったことを頭に思い描きながらエルゴメーターを使用すれば、文字通り「全身」を鍛えられるはず。これは、あくまでトレーニングの一例。現在は、水泳トレーニングをオフシーズンに導入しているチームも、あるが、ぜひ他競技で実施しているトレーニングも取り入れてこの冬、球児のみなさんもハードトレーニングへチャレンジしてほしい。
(文・寺下 友徳)
<今井 亮介氏のプロフィール>今井 亮介(水泳元日本代表)・福岡県福岡市出身・東福岡高校―早稲田大―南カリフォルニア大学卒・現在は株式会社ワンダーイヤーズ代表取締役
■エルゴメーターとは?
注目記事・【11月特集】オフシーズンに取り組むランメニュー