過去5年での最高記録更新は必至か?

写真拡大

■震災への予感がうむ不思議な緊張感

NHKの朝ドラ『あまちゃん』が快進撃を続けている。4月の放送開始初回から視聴率20%超を達成、その後も人気を保ち、毎朝、2000万人以上もの熱い視線を集めている。

同枠は半年クールで東京・大阪の局が交互に制作、『ゲゲゲの女房』(2010年度上半期)、『カーネーション』(2011年度下半期)、『梅ちゃん先生』(2012年度上半期)等、近年でも人気作品はあった。けれど今期の『あまちゃん』の場合、いささか様相が異なる。視聴率以上に話題性が突出しているのだ。たとえば「週刊現代」「週刊ポスト」のビジネスマン週刊誌や女性週刊誌ではこのところ毎週、数ページもの『あまちゃん』特集記事を組んでいる。私自身が毎週コメントを求められ、遂には「女性自身」に〈週刊『あまちゃん』批評〉なる連載まで持つことになった。週刊誌に限らない。新聞やテレビでも“あまちゃん現象”と騒がれている。なぜ、1つのドラマがこれほどの話題を呼んでいるのだろう?

ストーリーを簡単に紹介しよう。

母の故郷、東北の海辺の街へ、東京から連れていかれた娘・天野アキが、祖母・夏のもと、海女を目指す。これが前半の故郷編だ。ヒロインにオーディションで選ばれた能年玲奈は、透明感のある美少女で、溌剌とした演技が一躍脚光を浴びた。母・春子に小泉今日子、祖母・夏に宮本信子と、存在感のある女3世代がドラマの主軸である。

これに地元駅長の杉本哲太、観光協会長の吹越満、海女仲間の渡辺えりや木野花、美保純らクセ者揃いの脇役陣がからみ、毎度、面白おかしいセリフと怪演を競い合って笑わせる。

脚本の宮藤官九郎の功績大だ。クドカンの愛称で今や若者のカリスマとなった。サブカル的ドラマの印象の強い宮藤ではある。日本中のお年寄りまでが毎朝観る保守的なNHKの朝ドラはアウェーとも言えた。が、番組初回に「じぇじぇ」という驚きを表す方言を多用、あっという間に全国的流行語となる。見事に視聴者の心をつかんだ。

クドカンといえば小ネタだ。過去のドラマやマンガ、お笑い等のマニアックなギャグネタをセリフにてんこ盛りにする。視聴者らがツイッターでハッシュタグをつけてネタ解析を競い合うのが毎朝の光景ともなった。当然、ネタの意味がわからない年配層も多数存在するが「わかる奴にだけ、わかればいい」と開き直ったセリフがドラマ内で飛び出す始末だ。登場人物のイラスト化=通称“あま絵”がネット上に飛び交っている。江口寿史ら有名マンガ家も自主参加した。朝ドラを起点として“あまちゃんカルト”とでも呼ぶべきネットワークが広がりを見せている。

音楽担当の大友良英の仕事も重要だ。心弾む明るいマーチのようなオープニング曲が、このドラマのイメージを決定づけた。多種多様な楽曲が流れる『あまちゃん』は、心楽しい音楽劇だ。

ちなみに宮藤官九郎は宮城出身、大友良英は福島育ちと両者とも東北に縁がある。ドラマの起点は2008年で、やがて不可避的に2011年3月11日を迎える。ドラマの舞台となる東北の海辺の街はどうなるのだろう? 登場人物たちの運命は? 大震災への予感が、この明るいお笑いドラマを観る者に不思議な緊張感をもたらしている。東日本大震災から2年半近くが過ぎたが、いまだこの戦後日本最大の災厄を正面から描いたテレビドラマは存在しない。それがNHKの朝ドラで、宮藤官九郎の脚本によって実現するとは感慨深い。既に宮藤は震災の場面を書き終えたという。どんな形でそれが映像化され、視聴者らはどう受け止めるのか、このドラマの成否を分ける大きなクライマックスともなるだろう。

■「アマノミクス」が地元を活性化させる

私が放送開始から『あまちゃん』に着目したのは、それがNHK朝ドラ史上初のアイドルドラマだからである。アイドルが出演しているドラマという意味ではない。アイドルが重要なテーマになっているドラマなのだ。

冒頭は1984年、若き春子がアイドルになるため海辺の街から家出する。1984年は小泉今日子にとっても重要な年だ。デビュー3年目、海をテーマとした『渚のはいから人魚』で初めてオリコンで1位を獲得。キョンキョンがトップアイドルに輝いた年なのだ。

1984年で時間の停止した春子の部屋には、松田聖子やチェッカーズ等、80年代アイドルのポスターが貼られ、アイドルグッズがあふれている。娘・アキはその部屋に住み、いわばアイドルの文化継承を果たす。海女姿の彼女は、親友のユイ(橋本愛)と共に地元アイドルとして脚光を浴びる。これは“可愛すぎる海女”として数年前、実際に若き海女さんが人気者となったエピソードをモデルにしている。

アベノミクスならぬアマノミクスなる言葉を耳にするようになった。『あまちゃん』効果での景気浮揚を言う。ロケ地の岩手県久慈市には観光客が殺到して、交通規制する騒ぎに及んだ(※1)。地元の達増拓也岩手県知事はツイッター上でうれしい悲鳴を上げている。岩手のみではない。全国各地にアイドル的な海女さんが登場しているとテレビや週刊誌が盛んに報じている。こうした地元アイドルは既に十数年前から多数存在したが、『あまちゃん』によって広く注目を集めることになった。

ドラマは後半の東京編に突入、地元アイドルの代表としてアキは上京する。GMT47なるアイドルグループの一員となるのだ。これは明らかにAKB48のパロディだろう。プロデューサーの荒巻(古田新太)は秋元康をデフォルメしたようなキャラクターで怪演する。現在はAKB48に代表されるグループアイドルの全盛期だ。同グループのプロデューサーである秋元康は、1980年代半ば、おニャン子クラブの仕掛人として脚光を浴び、小泉今日子の『なんてったってアイドル』を作詞した。80年代と現在のアイドルブームをつなぐキーパーソンだ。そんなアイドルの歴史的人物に『あまちゃん』は批評的に介入する。アイドルというジャンルが歴史の厚みを持ったがゆえに、こうしたドラマが成立したとも言える。

小泉今日子がアイドルになれなかった主婦・天野春子を演じるのが面白い。薬師丸ひろ子扮する女優・鈴鹿ひろ美の影武者=吹き替え歌手だった――という過去が明らかになる(小泉今日子と薬師丸ひろ子の80年代二大アイドルが1つのドラマで初共演を果たした)。

この回が放送された日に、件の楽曲『潮騒のメモリー』が天野春子名義で現実にCD発売されることが発表された。既に着うたランキング1位を獲得している。ドラマの中で叶えられなかった春子の夢が、この現実に達成されたのだ。しかも、それは歌手・小泉今日子の14年ぶりの新曲でもある。今年の『紅白歌合戦』に小泉が出演するのは確定したと言ってもいいだろう。

小泉今日子のみではない。ドラマ内のアイドルグループ・アメ横女学園の『暦の上ではディセンバー(※2)』は既に配信され、人気を呼んでいる。能年玲奈と橋本愛のユニット・潮騒のメモリーズも『紅白』に出演する公算は高い。今年の『紅白』は、あまちゃん組が占拠する事態となるだろう。『あまちゃん』は単にアイドルを描いたドラマではない。ドラマから現実にアイドルが、アイドルの楽曲が次々と輩出されている。アイドルとは何か? アイドルという虚構を演じることだ。影武者と実体、虚構と現実のテーマが『あまちゃん』には貫かれている。いや、ドラマ内の虚構(アイドル)をテコに現実を変革しようとする強い意志が見える。それがNHK朝ドラの制作陣によって、確信犯的に意図されていたことに、私は驚きを禁じえない。

アベノミクスは金融緩和と財政出動によって実体経済を回復しようとする。だが、一般大衆の好況感は満たされない。アマノミクスは単なる言葉遊びではない。ドラマ=虚構によって現実を活性化すること。寂れた海岸が『あまちゃん』の聖地に、地元の女の子たちが地元アイドルとして輝く。「観光海女は人を喜ばせるのが仕事」とアキの祖母・夏ばっぱは言った。アベノミクスからアマノミクスへ! ドラマ『あまちゃん』の大ヒットには、アイドルによる日本再生の鍵が隠されている。

※1:ロケ地となった岩手県久慈市の小袖海岸では、放送開始直後の4月20日より土日祝日の「マイカー乗り入れ規制」を始めた。放送終了後の10月末日まで続く予定。観光客は久慈駅からバスを利用して現地に向かう。
※2:劇中歌の『暦の上ではディセンバー』は6月29日に発売。一方、『潮騒のメモリー』は、7月20日の放送回で、音痴の鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)に代わり、天野春子(小泉今日子)が吹き替えていた事実が明かされるまで、発売が控えられていた。

(答える人=中森明夫(アイドル評論家))