ライター・広尾晃さんによる「野球の記録で話したい」は、いまや人気野球ブログの筆頭といっても過言ではありません。昨年、Baseball Journalにご参加頂き、また、圧倒的な情報量で、ポータルサイト・livedoorのブログ奨学金受給対象ブログにも選ばれた同ブログについて、広尾さんに行ったインタビュー第2回は、「野球の記録」に対するこだわりを中心に話を伺っています。

南海グリーンの青少年時代|広尾晃さんインタビューvol.1

――データをつけるというのは、社会人になってからもずっとやっていたのですか?

スコアブックも打撃の記録もずっとつけてましたけど、その頃は手帳につけるしかないでしょ。あまり意味がないっていうかね。
だから、自分で勝手にプロ野球チームを作って、(架空の)選手を作って、その記録をつけていく。

――実際の選手ではやらなかったんですか?

最初は(実在の選手で)やったんですよ。でも、実態と(記録上での)乖離が出てくるのが嫌なんです。
王や長嶋が引退間近になると、ボロボロのはずなのに、こっちでは4割打ってたりするから、それが面白くない。だから、架空の選手で12球団、200人くらいを作ってね。これは記録マニアの人はみんなやりますね。
アイオワ野球連盟』というキンセラの小説があります。オタクが架空のプロ野球リーグを作って試合をして、記録をつけていく。最後はそれにのめり込むという話ですが、まさにその世界ですね。

――いわゆるファンタジーベースボールの先駆け的な?

今から思うとね。深みにはまると、歴史を作りたくなるので、遡って30年分くらいのデータを勝手に作っていくんですよ。全く虚しい作業ではありますが、これをやることによって、野球の数字に対する価値感が分かってきますね。

やってるうちに、キャリアSTATSが好きになった。一人の打者なり投手の、生涯の成績を年度別で表しているものですね。これが最高に味わい深いものになってきた。キャリアSTATSの美しさが見えてくるんです。王貞治さんみたいに、ずっと(ホームラン)40本とか、100打点とかっていうのもいますけど、浮き沈みのある選手や渋いのがいいと思えるようになるんですよ。

で、キャリアSTATSを集めるようになった。当時は『週刊ベースボール』にも一冊の中に三つか四つくらいしかない。あと、野球機構が出している年鑑っていうのがありますね。それが宝物になりました。
そして『ベースボール・エンサイクロペディア』に出会った。これを見たときは発狂しました。

一打席でもMLBの試合に出た選手の名前は全部載ってる。マクミランっていう会社が出してるんです。4年に一回オリンピックの年に発行する。その合間の年は「アップトゥデート」という薄いのを出す。
はじめてみたのは「野球体育博物館」という後楽園の下の施設でした。ここで見せて貰って、銀座のイエナ書房に売ってますっていうから、買いに走った。一時は、アメリカの野球の本を買うだけに東京に来てたんですよ。

東京に来ると、イエナ書房で好きな本を漁って買う。至福の時でしたね。インターネットができてからは、そういうこともしなくなりましたが。今も分厚い記録の本を見ると胸が高鳴りますよね。

キャリアSTATSっていうのは、野球選手の人生です。
特にマイナーも含めた向こうの選手は物凄い苦労しているっていうのがよく分かりますよね。チームもすぐに変わるし、色んなリーグにも出てるし、これは本当に味がある。キャラクターがハッキリと分かるでしょ。特にBB(Base on Balls=四球)とSO(Strikeouts=三振)の比率を見ていると、どういう選手かっていうのがほぼ分かる。ほとんど四球を選ばない選手もいれば、ベタベタに四球を選ぶ選手がいたり、この辺が面白い。

――セイバーメトリクスについてはどのように捉えているのでしょうか?

オーソドックスなものがあって、その上でセイバーメトリクスがあることで、面白いことが一杯分かってくるんですよね。基本的な野球の数字が分かっていて、セイバーメトリクスを見ると、信憑性も分かる。

ただし、今、セイバーメトリクスってどんどん新しいのが出てきていますけど、どこかで止めようと思ってるんですよ。

――言葉もどんどん増えてきますよね。

今までのセイバーメトリクスっていうのは、オーソドックスなデータを加工して出てくるものだった。例えば、WHIP(Walks plus Hits per Inning Pitched=投球回あたり与四球・被安打数合計)やRC(Runs Created=個人の得点能力)とか、IsoD(Isolated Discipline=打者の選球眼を評価する指標の一種)とかもそうですけど、従来あるデータを加工して出てくるものですから、我々でもできるし、意味も分かるんですが、今出てきているやつは、ビデオ見ながら打球の落ちた場所に一つ一つマッピングしたりしています。どこまで信用していいのか分からない。自分で数字を触って理解することができないから、実感がわかないんです。

――守備とかもそうですよね。1m四方でドットを打ってるという。

結局何のためにやってるのか分からなくなりますよね。野球のスコアで分からないことまで評価するでしょ。もう一つは、(ビデオで記録されていなかった)過去に遡って計測できないでしょ。歴史的な積み上げができない。そういうこともあって、僕はセイバーメトリクスは一定のレベル以上は使わないようにしています。

データは何年間とかで見ていくことで分かることっていうのも結構あるんですよ。
例えば、BABIP(Batting Average on Balls In Play)というデータがあります。本塁打を除く安打がフィールド内に飛ぶ確率です。これはボロス・マクラッケンいう人が考えたのですが、この数字を多くの試合で適用して「BABIPは、どのような選手もほぼ30%という数字で落ち着く」ことを発見した。つまり、打球が野手の間に落ちるのは、確率であって打者や投手の実力の問題ではない。だから、彼は安打を除き四球や三振、被本塁打だけで作った投手の査定法DIPS(Defense Independent Pitching Statistics)を編み出した。

これなんかは、過去にさかのぼって長いこと見てるから分かるわけでしょ。今、出てきた新しいセイバーのデータも、恐らく10年くらい経たないと、その信憑性は分からないですよ。
最近、セイバー関係の人はWHIPっていうデータは信憑性がないと言っている。僕がWHIPで投手を評価したら、それを言ってくる人がいます。例えば、レンジファクター(RF=守備機会+失策を守備イニングで割った数値 守備範囲の広さが分かるとされる)も意味がないっていう人が結構いる。でも信用できるものが他にないので、参考にしています。

RCやDIPSなんかもさらに進化しているようですが、少し計算式が複雑になって、ちょっとだけ数値が変わっていたりする。「それがどうした?」って思ってしまう(笑)。
どこまでいっても数字は目安でしかないし。数字を見て、それを読み解く力がなければ意味がないと思います。

――データのためのデータになっていますよね。

そうそう。しかも野球っていうのは、不公平なスポーツで、投げる人も違えば、打つ人も違う。グラウンドの大きさだって違うんだから、どこまでも精度を求めても仕方ない。野球は100m走とかとは全然違うと思います。
あくまで記録っていうのは、記録から何が読み取れるかが醍醐味であって、データ自身にそう意味はないと思うんです。

――実際野球に関する執筆を仕事ですることはあったんですか。

ないです、ないです。
南海電鉄さんがクライアントだった時期があって、南海サウスタワーホテルっていう大阪球場真横に立つホテルの会報誌を作っていたことがありました。ホテルから大阪球場が解体されていく過程が見えるんですよ。それについて書いたら、書くなって言われたことがありました。グラウンドが住宅展示場になってホームベースがまさにホーム(住宅)になるのをずっと見つめていました。

あ、思い出した。白鶴酒造さんがクライアントで、イチローがいた頃のスカイマーク(現・グリーンスタジアム神戸)の一塁側ベンチ下に白鶴のシンボルマークが付いてるんですけど、あれは私が担当しましたね。それくらいですね。野球については書いたこともない。

――では、野球についての考察やデータを公表するようになったのは?

ブログをはじめてからですね。でも、私の周りに、私がそんなに野球について書けるって知ってる人はいなかったですよ。だって、野球について話せる人はたくさんいますけど、野球のデータについて話せる人って、私の生涯でももう一人知っているくらいです。予備校が一緒だった人ですけど、彼は同じようにキャリアSTATSを集めてましたね。

――そういう人っているんですね、広尾さん以外に。

ごく少数ですがいるんですね。さっき言った野球体育博物館の本棚を見ると、「うちの本棚かな」って一瞬錯覚するんです(笑)。うちにあるのと同じような柄の本がたくさん並んでいますから。

実は野球は二番目か三番目の趣味でして、落語や相撲、お寺なんかの情報も収集していますし、書きたいなと思っています。

――広尾さんは、みちくさ学会(散歩コンテンツ)にも参加されていますよね?

今忙しくて、あまり書けていないんですけども、お寺は1万7千か寺件くらい回っていて、これについては真剣に仕事にしたいなって思ってますね。あと、モータースポーツね。言い出したらキリがないけど(笑)。