【インタビュー】アラン・ウィルキー氏から見た日本サッカー
今月から日本サッカー協会トップレフェリーインストラクターにアラン・ウィルキー氏が就任した。トップレフェリーインストラクターの主な業務は、プロフェッショナルレフェリー(JFAと契約するプロの審判員)をはじめとするJリーグ担当審判員たちへの指導だ。
ウィルキー氏を招聘した理由を審判委員会の松崎康弘委員長は「トップクラスの経験を持ち、日本人審判にはない強さを持っている」と述べている。ウィルキー氏に、プレミアリーグとJリーグの違いを訊いてみた。
「確かにヨーロッパの選手は日本に比べると力強い。ただ、ヨーロッパの方がゲームの展開が速いのではなく、ショートパスが多いことからテンポよく、速く見えるのでしょう。日本は逆に“速すぎる”んです。ビルドアップ時に、DFがロングボールを前線の空いているスペースに向かって蹴り、そのボールをFWが追うという展開が多い。だから、ミスが少なくパスを繋いでいくヨーロッパの方がスピーディに見えるのではないでしょうか。来日してからJリーグの試合を何試合か見ましたが、FC東京と名古屋グランパスは素晴らしいサッカーをしているという印象を受けました」
──力強さに付随するかもしれませんが、日本のサポーターからは、Jリーグの審判は細かくファウルを取りすぎるという声も聞かれます。
「確かにそうだと思います。コンタクトがあるのがフットボールで、コンタクトがあればファウルとなるプレーが起こるのですが、全てのコンタクトでファウルを取る必要はありません。最も取らなくてはいけないは、日本だけに限らず、ユニフォームを引っ張ったり、相手を掴んで動きを止めようとする行為です。これらのファウルは選手の協力なしには改善しないことというのも付け加えなければいけません」
──つまり、審判が細かくファウルを取るのは、選手がすぐに倒れるからだと。
「Jリーグでは、倒れるだけでなく、担架に乗って一旦ピッチの外に出て戻ってくる選手が非常に多いですね。1試合で5、6人見ることもあります。Jリーグの10試合で担架に乗ってピッチの外に出る選手の数は、イングランドの10年分くらいに匹敵するといっても過言ではありません。FC東京の石川直宏はスピードがあってファンタスティックな選手ですが、転ぶことも多いかもしれませんね(笑)。
つまり選手のアプローチ自体も変えなければいけないと感じています。これはアドバイスやガイダンスを行うことで変えることができるし、私の契約を終えるまでに、1%でも違いや進歩を出したい。ただ、それは私一人ではできないので、Jリーグや日本サッカー協会と協力して取り組んでいきたいと思っています」
──プレーのタフさだけでなく、Jリーグと違ってプレミアリーグでは、審判が選手から敬意を受けているように見えます。
「プレミアリーグでは審判とクラブチームでのミーティングが毎週行われています。エルボーのようなプレーを指摘したり、逆に我々審判団がミスをしていればミスジャッジを認めたり。我々は人間です。ミスを認めることも大切なのです。そういった動きが理解を得られている理由かもしれません」
──プレミアリーグに比べたら、Jリーグはそこまでオープンではないのかもしれませんね。では、選手と審判はどのように良い関係を築いていけば良いのでしょうか?
「選手と審判が、互いにリスペクトしあうことです。私も21年前、審判としてのキャリアをスタートさせた時は、他の多くの主審と同じように、選手に好かれたいという気持ちを持っていました。そんな気持ちを持っていては、正しい判定など下せませんね。それに気づくのに4年もかかりました。正しい判定を下せるようなってから、選手と良好な関係を築けるようになりました。
そしてその結果として、私の主審としての最後の試合後に、マンチェスター・ユナイテッドとトッテナムの選手たちが、それぞれのチームのユニフォームにサインをしてプレゼントしてくれました。選手が審判にプレゼントをすることは今までありませんでした。選手も私に対して同じように敬意を持っていてくれたのです。審判は人間性ではなく、正しい判定の積み重ねで選手からリスペクトされなければいけないと思っています」
ウィルキー氏の指摘はまさに日本サッカーの課題だ。稚拙なビルドアップからロングボールをむやみに蹴る行為は、イビチャ・オシム氏が日本代表監督時に改善しようとしていたことだ。また、ウィルキー氏がもっとも驚いたという、選手が簡単に倒れてすぐに担架に乗る行為は、タフなプレーが求められる海外で通用する選手が生まれない原因なのかもしれない。そういえば、現在ドイツで活躍している長谷部誠は浦和時代から簡単にボディコンタクトで倒れなかったのを思い出す。
我々、そして選手も、Jリーグの審判員は細かく笛を吹きすぎると指摘することがある。しかし、本当にそうだろうか。その前に選手はタフなプレーを心掛けようとしているだろうか。ウィルキー氏の指摘から、フィードバックしなければならないことは多い。(了)
取材・文/石井紘人
アラン・ウィルキー
イングランド出身。1991年にはUEFAカップ準決勝の副審を担当したほか、イングランド・プレミアリーグで主審、イングランドサッカー協会国際審判インストラクター上級コースのリーダーを務めた経歴を持つ。95年のエリック・カントナによる「カンフーキック事件」の主審も務めている。
石井紘人(いしい はやと)
某大手ホテルに就職するもサッカーが忘れられず退社し、審判・コーチの資格を取得。現場の視点で書き、Jリーグの「楽しさ」を伝えていくことを信条とする。週刊サッカーダイジェスト、Football Weeklyなどに寄稿している。