月の「チリ」は人体にとって極めて危険でDNAを損傷することもあることが判明
By NASA Goddard Space Flight Center
アポロ計画で人類が月面に降り立った時の映像を見ていると、宇宙飛行士の足で地表の「チリ」がフワッと舞い上がる様子を見ることができます。外観からは何の変哲もないように見える月のチリですが、最新の研究からは月のチリは地球のものとは全く様子が異なり、人体の細胞のDNAレベルにまで影響を及ぼす可能性があるという極めて危険なものであることが明らかになっています。
https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/2017GH000125
Moon Dust Could Give Astronauts Permanent DNA Damage, Study Finds
https://www.livescience.com/62590-moon-dust-bad-lungs-brain.html
1972年12月に打ち上げられたロケット「アポロ17号」で月に行ったハリソン・シュミット宇宙飛行士はミッションの中で月面歩行を実施しており、2018年5月現在では月面に足跡を残した最後の人物となっています。そんなシュミット氏は、月面歩行を終わらせて月着陸船の居住区画に戻ってきた際に、相当量の月のチリを肺に吸い込んでしまいました。
するとその後一日中、シュミット氏は涙が止まらなくなり、喉に不調をきたしてクシャミが止まらない状態になってしまったとのこと。シュミット氏はその状況を「月花粉症(lunar hay fever)」と呼んでいたそうですが、実際のところこの症状は花粉症のようなアレルギー反応によるものではなく、月に存在する極めて微細なチリによって影響を受けたものだった可能性があることが、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の研究チームによる最新の研究によって明らかにされました。
月の表面に存在するチリは、そのほぼ全てが隕石の衝突によって作り出されているものです。また、月には大気や水が存在しないため、地球のように風に乗ったり波にさらわれたりする間に風化することがありません。そのため、月のチリは非常に鋭利で、かつ表面が研磨剤のようにザラザラした状態になっています。
By NASA Goddard Space Flight Center
また、大気がないことで月には常に大小の隕石が降り注いでいるため、月の表面は常に静電気が帯電している状態になっているとのこと。下敷きを使って髪の毛を逆立てる実験と同じように、月の表面では微細なチリが静電気と弱い重力のおかげで宙に漂った状態になります。もちろん、宇宙飛行士は宇宙服を着て船外活動を行うために、宙に漂うチリを直接吸い込むことはありません。しかし、活動後に宇宙船に戻り、宇宙服を脱ぐ際にその表面に付着したチリを吸引してしまう十分に考えられます。そしてこのチリを生き物が吸い込むと、細胞レベルでさまざまな影響が現れることが研究によって明らかにされています。
By NASA Goddard Space Flight Center
研究チームは、アリゾナ州の火山灰やコロラド州で採取した溶岩のチリなど、地球にある物質をもとに月のチリを再現したものを5種類用意し、どのような影響が及ぶのかを調査しました。チリはその粒状性をもとに3つのグループに分けられており、それぞれを人体から採取した肺の細胞とマウスの脳細胞を培養したものに付着させたときの様子が観察されています。
チリの付着から24時間後に細胞の様子を観察したところ、3つ全てのグループで脳と肺の細胞が死滅していることが確認されました。中でも、大きさが数ミクロンレベルのチリが最も攻撃性が高く、細胞の90%が死滅に追いやられていたとのことです。また、破壊されていなかった細胞においてもDNAが損傷していることが確認されており、もしこのDNAのダメージが修復されないままで残されると、後にガンや神経変性病を引き起こすことにもつながります。
研究チームは「将来の宇宙探査において、月のチリを吸い込まないようにすることが重要であることは明らかです」と論文の中で述べています。2017年12月にはアメリカのトランプ大統領がそれまでの方針を変え、人類を月へ送りこむ計画にゴーサインを出しており、今後はアメリカやロシア、中国を中心に人類の宇宙進出が進められるものとみられています。NASAではこのような問題に対処するための研究を進めており、電磁力で月のチリを完全に除去する「Electrodynamic Dust Shield」の手法などが研究されています。
Electrodynamic Dust Shield for Space Applications
(PDF)https://ntrs.nasa.gov/archive/nasa/casi.ntrs.nasa.gov/20160005317.pdf