働き方改革のせいで廃止される手当2万円
■日本郵政グループ、「住居手当の廃止」の次は何か?
政府与党が国会に提出した「働き方改革関連法案」が4月下旬、ようやく審議入りした。法案の目玉は、ふたつある。
(1)「罰則付き時間外労働の上限規制」の導入
(2)正社員・非正社員の格差是正を目的とする「同一労働同一賃金」の実現
今年の春闘では、労使が法案成立を見越した交渉を行った。その中で、日本郵政グループの「住居手当廃止」に注目が集まった。
同社は正社員のうち、転居を伴う転勤のない条件の正社員(約2万人)のうち、住居手当を受け取っている約5000人を対象に、住居手当を廃止する。毎月の支給額は最大2万7000円で、年間では最大32万4000円の減収になる。
報道によると、廃止のきっかけは今春闘での労働組合側の要求だった。非正社員の待遇改善を求めて、正社員だけに認められている住居手当や扶養手当など5つの手当を非正社員にも支給するように求めた。これに対し、会社側は「年始勤務手当」は非正社員への支給を認めたが、一部の正社員の住居手当廃止を逆提案してきたという。
▼「非正社員の賃金を上げずに、正社員の処遇を下げる」
一見すると「同一労働同一賃金」に名を借りた人件費削減のようだが、そう単純ではない。同社は、非正社員の夏のボーナスに技能や勤務時間に応じた特別加算や、時給制契約社員の年間賞与の引き上げを約束している。おそらく正社員の人件費を削った部分を非正社員に充当することで帳尻を合わせ、同一労働同一賃金(パートタイム・有期雇用労働法)の法制化に伴うリスクを回避しようと考えたのだろう。
それでも結果として正社員の処遇は下げられたことになる。それでいいのだろうか。
同一労働同一賃金問題の議論が始まった当初から「格差是正のために非正社員の賃金を上げるのではなく、正社員の処遇を下げる」ことが懸念されていた。法律の本来の目的は非正社員の待遇を正社員と同じにすることにある。そうなるとボーナスや諸手当が増え、当然、人件費も増えることになる。
人件費を増やすにしても、それに見合った収益が上がらなければ難しい。業績が向上しなければ、正社員も含めた賃金体系の見直しも避けられない。
■賃金制度見直しなら、会社はまず「諸手当」に目をつける
実際にパートタイム・有期雇用労働法の法制化を危惧している企業も少なくない。大手流通業の人事部長はこう語る。
「当社の仕事の基幹従業員は非正社員であり、これまでも労働組合の要求に応じて非正社員にボーナスを支給したり、福利厚生制度の充実を図ったりしてきました。でも法制化されるとそれだけではすまないでしょう。ボーナスを支給してもその金額が正社員よりも極端に低いということで法廷闘争に持ち込まれるかもしれません。もちろん今の業績では正社員と同等の待遇になんかできません。諸手当の支給の可否を含めた現行の賃金制度全体を見直す必要があるでしょう」
正社員を含めた賃金制度全体の見直しをするとなれば、会社側が真っ先に手をつけるのが諸手当だろう。
すでに2016年12月に政府の「同一労働同一賃金ガイドライン案」が示されている。パートタイム・有期雇用労働法は、非正規労働者に均等待遇を義務づけるとともに「待遇差の内容やその理由等」に対する説明義務を課すもので、ガイドライン案を法的に根拠づけるものだ。
▼待遇差が「合理的と言えない」ものが見直しの対象
ガイドライン案では、基本給、ボーナス、各種手当などについて、正社員とパート・有期雇用労働者の間の均等・均衡待遇の実現を求めている。
手当については、
・役職手当
・特殊作業手当
・特殊勤務手当
・時間外労働手当の割増率
・通勤手当・出張旅費
・単身赴任手当
・地域手当
など、同じ仕事をしていれば同じ額を支給する。
また、仕事内容とは直接関係のない、食事手当や社宅、保養施設などの福利厚生施設の利用は正社員、非正社員の区別なく同じにすることを求めているのも大きな特徴だ。
法律では、待遇差について客観的かつ具体的な実態から合理的な説明義務が求められるが、このうち正社員と非正社員の間の待遇差が「合理的と言えない」ものが見直しの対象になる。
■狙われやすいのは、住宅手当・配偶者手当・家族手当
基本給やボーナスは、仕事の成果や貢献度の違いで格差を設けることについてある程度合理的な説明が可能だろう。しかし、諸手当については非正社員にのみ支給しないという合理的説明は極めて難しい。
実際に正社員に支給し、非正社員に支給していない手当は多い。日経リサーチの調査(「柔軟な働き方等に係る実態調査(2668社)」2017年3月)によると、正社員に支給している手当(※)は平均6.9種類なのに対し、非正社員は3.0種類と大きな開きがある。
※主に通勤手当など。所定外賃金(時間外手当、深夜手当など)は除く。
とくに、住宅手当、配偶者手当、家族(扶養)手当といった仕事の出来・不出来とまったく関係のない属人手当といわれるものを非正社員に支給しないのは完全にアウトだろう。
▼「家族手当」従業員1000人以上なら2万1671円
では、どうするのか。
非正社員にも支給するのか、手当そのものを廃止するのか2つに1つしかない。日本郵政グループが選択したのは住居手当の廃止だった。住居手当の支給額は、最大で年間32万4000円と金額が大きい。さらに、これと同じくらい金額が大きい「家族手当」(※)の削減についても労働組合と継続協議中だという。
※会社が社員の生活を支援する目的で、扶養する家族人数に応じて基本給とは別に任意で支給。支給の有無は、会社の就業規則などにより異なる。支給額は、扶養配偶者の人数によって変わる。支給基準は、税法上の扶養配偶者(年収103万円以下)とするケースが多い。
ちなみに、厚生労働省の「就労条件総合調査結果」(2015年)によると、「家族手当」は平均では月1万7282円、従業員の人数別にいうと、1000人以上:2万1671円、300〜999人:1万7674円、100〜299人:1万5439円、30〜99人:1万2180円と、大企業であるほどその額も多い。
一方、トヨタ自動車では今春闘で期間従業員の家族手当について、正社員と同等の子ども1人つき2万円を支給することを決めている。高収益企業のトヨタはこのようなことができるのだろうが、収益に苦しむ企業は住居手当や家族(扶養)手当の廃止を打ち出すことも大いにあるだろう。
■最悪は、非正社員の処遇そのままで正社員の処遇切り下げ
日本郵政グループは正社員の処遇を削り、非正社員の処遇向上を図っているのでまだよいほうかもしれない。もっと恐ろしいのは非正社員の処遇はそのままにして「同一労働同一賃金」というお墨付きを得て、正社員の給与など処遇の一方的切り下げを行う企業が出てくることだ。
そもそもパートタイム・有期雇用労働法の趣旨は、差別や不利益な扱いを受けている労働者の待遇を引き上げることだった。労働者の待遇の引き下げに使われては本末転倒だ。男女差別を禁止する法律を逆手に取って、男性の処遇を引き下げて男女平等とすることが許されないのと同じことだ。
正社員の処遇を切り下げて非正社員と同じにするのは明らかな脱法的行為だ。今後そうした企業が出てこないか。注視したい。
(ジャーナリスト 溝上 憲文 写真=iStock.com)