ブロックが思考を補助してくれる(筆者撮影)

名門進学校で実施されている、一見すると大学受験勉強にはまったく関係なさそうな授業を実況中継する本連載。第16回は横浜市中区の中高一貫校「聖光学院」を追う。

グループワークが基本。解説はほとんどなし


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栄光、浅野と並んで、神奈川御三家の一角として知られる聖光学院中学校高等学校。カソリック系のミッションスクールで、創立は1958年と比較的新しい。オフコースの小田和正は同校卒業生で、「my home town」は聖光学院時代の情景だといわれている。

東大合格者数トップ10に名を連ねる進学校として有名だが、大学受験とは直接関係のない教養教育にも力を入れている。中でも「聖光塾」は、教科の枠を越えた選択制総合教養講座のシリーズだ。

2017年に実施された講座の中から、中1を対象にした「レゴ®ブロックで学ぶ数学」をリポートする。担当は同校卒業生でもある数学科の名塩隆史教諭。夏休み期間中に1日3時間×5日間行われる。見学したのは初日の授業の様子である。

「何色でもいいので、3色のブロックを6個ずつ取っていってください」

教室の片隅には無数のレゴ®ブロックが用意されている。生徒たちはブロックとテキストとして使う小冊子をそれぞれ取っていく。

「この授業は私語を推奨しています。みんなでワイワイガヤガヤ相談しながら進める授業なので、仲のいい人とグループを作ってくれて結構です」

机は4〜5人でグループになるように向かい合わせにセッティングされている。

「小冊子に5日分の課題があります。<問題>という課題についてはあとで解答を渡します。しかし<研究課題>という課題については、解答は渡しません。解説もしません。わかるまで自分で考えてください。ただし1人で考えていてもらちが明かない課題が多いですから、積極的に友達と相談してください。

数学の知識を増やすのではなくて、みんなで考えましょうという授業です。授業が終わってからも考えて、あとから質問に来てくれるのはOKです。考えてもわからなくて、行き詰まってしまったら、ブロックで好きなものを作ってくれてもいいです。意外とそんなことをしているときにひらめいたりしますから」

レゴ®ブロックを使って数学の問題を考えることで、「紙では不自由な3次元での思考が容易になる」「(区別する目的で)色を積極的に利用できる」「かけ算(面積・体積)との相性が極めてよい」「数学の重要な考え方を、視覚と触覚を通じて記憶に残しやすくなる」などのメリットがあるという。

ブロックとしてつなげて使うだけでなく、単に配置したり、立てかけたりと、解く問題の種類によって使い方も変わる。


グループワークをしながら授業が進む(筆者撮影)

素因数分解をブロックで表現

初日のテーマは「素因数分解と指数法則」。簡単にいえば、約数や倍数にまつわる問題だ。最初に本日のブロックの使い方を説明する。たとえば360は、「2の3乗×3の2乗×5」と素因数分解できる。そこでブロックを素数に見立てて、[2 2 2 3 3 5]のように並べる。黄色のブロックを2、赤のブロックを3、青のブロックを5だとすれば、360は[黄 黄 黄 赤 赤 青]と表現できる。

さらに、最大公約数とは複数の数字を表すブロックの共通部分を抜き出したものであり、最小公倍数とは複数の数字に含まれる各色のブロックの最大個数を組み合わせたものであることを、実際に手を動かしながら確認する。手元にブロックがないと説明が難しいので、これ以上の説明は割愛する。


黄色=2、赤=3、青=5とした場合(筆者撮影)

ブロックを用いて

いよいよ<研究課題1・1>。本日の目玉だ。小学校で習ったすだれ算による最大公約数・最小公倍数の求め方の原理を、ブロックを用いて説明する。問題文はこうだ。

<問題>
最大公約数についてはこの求め方に何ら疑問の余地はないであろうが、最小公倍数についてはこの手法で正しく計算できているか甚だ疑問であろう。そこで、このすだれ算による最小公倍数の求め方が正しいことを解明せよ。(このすだれ算を素数ブロックで表現して考えよう。また素因数分解による方法でも求めてみよう。)

すだれ算をしてみると、60と120と108と450の最大公約数は左端の2数の積をとって2×3=6とわかる。同じく最小公倍数は左端の5つの数2、3、2、3、5と、1番下の4つの数1、2、3、5の積の積をとって、2³×3³×5²=5400となる。


2×3=6が最大公約数(図表:名塩隆史教諭提供)


2×3×2×3×5×1×2×3×5=5400が最小公倍数(図表:名塩隆史教諭提供)

毎年クラスの半数近くが答えにたどり着くように

「この問題は10年前からこの講座で扱っていました。しかしこの原理を解明できるのは毎年1人か2人でした。ところが、レゴ®ブロックを導入してから毎年クラスの半数近くが答えにたどり着くようになったんです」(名塩教諭)

やはり活発に議論をしているグループの進みが速い。「できた!」と思った生徒から手を挙げて、名塩教諭に口頭で説明する。「みんなの答えをパクったらできた!」という生徒もいる。

実際にブロックで表現してみる(写真)。すだれ算を進めていくうちに4つの数字がすべて1個ずつのブロックに分解されていくのがわかる。


ブロックですだれ算を表現してみると…(筆者撮影)

「要するに、だるま落としです。4つの数字をそれぞれ3色のブロックで積み上げて、だるま落としの要領ですべてのブロックを落としていきます。共通する約数は1回で落とします。すだれ算をすることで、4つの数字の中で、黄色、赤、青のブロックをそれぞれ最大でいくつ使っているかがわかるのです」

120が、2(黄色)を最も多く3個使っている。108が、3(赤)を最も多く3個使っている。450が、5(青)を最も多く2個使っている。これらを合わせれば、[黄 黄 黄 赤 赤 赤 青 青]=2³×3³×5²=5400となる。

これが最小公倍数を求めるためのすだれ算の原理である。小学校時代以来の謎が解けたという人も多いのではないだろうか。

ブロックから発想を得て中学入試問題を作ることも

ここまでで約90分。授業の半分の時間が終わった。10人程度が答えにたどり着いた。しかし、授業の中で<研究課題1・1>の解説はしない。授業中に解けなかった生徒は授業が終わってから続きを考えることにして、次の指数法則の問題に進む。

同様に、2日目は「自然数のかけ算と面積図・樹形図」、3日目は「規則性の発見と数列の和」、4日目は「色と点と線で考える」、5日目は「数える数学」というテーマについて、ブロックを用いて考える。

テキストをめくると、ところどころに、聖光学院の中学入試で出された問題が、実はブロックから発想を得て作られたものであったことなどが種明かしされている。

名塩教諭自身、聖光学院の生徒だったときに数学オリンピックに興味があった。しかし当時の聖光学院には数学オリンピックに対応するためのノウハウがなかった。教員や先輩たちから指導を受けることができる他校の生徒たちを見てうらやましいと思った。それがきっかけでこの講座を思いついたというのだ。


数学が得意でない生徒でも、楽しく数学への理解が深まる方法はないか模索していたときに気がついた!(筆者撮影)

講座が人気になると、数学が得意でない生徒も参加してくれるようになった。そういう生徒でも楽しく数学への理解が深まる方法はないか模索していたとき、3年ほど前に、積分の概念をブロックで説明できることに気づき、「これだ!」と思った。それからさまざまなシーンでブロックを活用するようになった。

「手を動かしながらじっくり考える過程で得られるいろいろな発想を、数学以外の領域で生かせるようになってもらうことが最終的な目的です。特にレゴ®ブロックは無意識に手を動かしてできるオブジェが、意外とデザイン性に富んでいることもあるので、その意味ではアートとも結び付くと思っています」