アレックス(仮名)に話を聞いた、ダバオ市街を一望できる山の頂にあるカフェ。彼は酒の力を借りて恐怖を払拭するかのようにハイペースでビールを飲み続けた

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フィリピンのドゥテルテ大統領が「戦争」と呼ぶ麻薬撲滅作戦。そこで暗躍する“暗殺部隊”の源流が、彼の地元ダバオ市に存在する。報復を恐れて口を閉ざす多くの関係者に直撃し、謎に包まれた組織の正体に迫る渾身の現地ルポ!

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日本の安倍晋三首相がフィリピン第3の都市、ミンダナオ地方ダバオ市を訪れた1月中旬のこと。

私は同市内である人物と待ち合わせていた。クルマに乗り込んできた、浅黒い肌に丸い童顔の男は、開口一番「今も話そうかどうしようか迷っている」と語り、冴(さ)えない表情を浮かべた。

アレックス(仮名、30代半ば)と名乗る中肉中背の男は、グレーのパーカーに黒いデニム、ビーチサンダルといういでたちだが、普段は制服を着て警察官として勤務している。しばらくクルマを走らせ、市街を一望できる山の頂(いただき)のカフェに到着した。

真っ昼間だが、飲まなきゃ話せない、とばかりに彼はビールを次々に注文した。だが、なかなか口を割らない。しびれを切らした私は単刀直入に切り込むことにした。

「ダバオ・デス・スクワッドの実態について教えてほしい」

■1000人以上を手にかけた暗殺集団

「麻薬密売人300万人を喜んで虐殺する」などの過激な言動から“暴言大統領”と揶揄(やゆ)されるなど、日本でも注目度の高いフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領。「麻薬撲滅戦争」を掲げて昨年6月末に就任して以来、これまでに殺害された密売人・中毒者は7千人を超えた

だが、そのうち警察によるものは約2500人で、残る約4500人の一部は「自警団」と呼ばれる謎の組織によって殺害されている。しかも、この自警団のメンバーは政権発足から半年以上が経過した今も、誰ひとりとして逮捕されていない。

自警団の背後にはドゥテルテの存在があるといわれ、国連などの国際機関や欧米メディアからは厳しい非難が相次いでいる。司法制度が独立して機能する国では想像できないかもしれないが、それは決して根拠のない話ではない。実はドゥテルテは、過去に22年間務めたダバオ市長時代にも、現在の自警団と同じような“非公式の暗殺組織”を操って治安対策をしていたといわれているのだ。

それがダバオ・デス・スクワッドである。

ダバオ市では、それぞれの頭文字を取って「DDS」と呼ぶ。直訳すれば「ダバオ暗殺集団」。言葉の響きからイメージされるのは、得体の知れない殺し屋グループといったところか。報道によれば、ドゥテルテ市政時代、DDSに殺害された麻薬密売や窃盗などの犯罪容疑者は1千人に上るという。

ただし、ドゥテルテ自身はかつて関与をほのめかす発言をしたものの、側近や現政権側の人間はDDSの存在を一貫して認めていない。一方、人権団体や現政権に批判的な勢力は「存在する」と言い切る。双方の主張はずっと平行線をたどり、真相は闇の中だ。

人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは2009年、「DDSと警察は裏で密接につながっている」と告発する報告書を公表したが、その中でもドゥテルテの直接の関与については“疑惑”にとどまっている。これまでにDDSのメンバーが逮捕されたとの報道もなく、そもそも実在するのか否か、まさに謎に包まれた不気味な存在なのだ。

ダバオの街には、DDSというアルファベット3文字を公の場で口にしてはならないという不文律がある。それを知ったのは、昨年11月に私がダバオ市を訪れたときのこと。とある日本料理店で数人の日本人が集まるなか、「DDSは実在するのですか?」と何げなく聞いた私は、隣席から「周りにフィリピン人もいるから、その言葉を口にするのはまずいよ」と叱られた。

事情を知らない私がうかつだった。フィリピン全土で自警団による手荒な“超法規的殺人”が横行し、国内外の非難が相次ぐなか、DDSの問題も大きく報じられるようになっていたのだ。例えば、元メンバーを名乗る男はある英字紙の取材に、「ドゥテルテが8回の殺害に関与したのを目撃した」と証言し、話題となっていた。

ミンダナオ地方で15年以上英字紙の記者を続けてきたフィリピン人男性は声を潜めて言う。

DDSは存在する。それを認めない側近たちはドゥテルテを擁護したいだけだ。それに、ダバオ市のメディアは現政権に批判的なことは報道できない。もしそんなことをしたら、大多数の支持派から『麻薬の蔓延(まんえん)を放置するのか!』などと叩かれるからだ」

実のところ、ドゥテルテ市政下でダバオの治安は劇的に改善した。例えば、ダバオでタクシーに乗るとほぼお釣りをくれる。乗車拒否すら日常茶飯事の首都マニラでは考えられないほど市民は規律正しい。街は禁煙が徹底され、25時以降は酒類の販売はできない。これらはドゥテルテの市長時代に築かれ、市民の多くは彼を支持している。

大統領就任後も、国際社会から非難が相次ぐ一方で、国民の支持率は8割を維持している。この人気ゆえに、地元メディアはDDSの問題に沈黙を貫かざるをえないのだ。

そんな折、ある協力者からの情報が私の元に届いた。

「DDSに関与していたという現職警官を知っている」

■「殺害が好都合」現職警官の告白

ダバオ市街を一望できるカフェのテラス席で飲み始めて、1時間ほど経過した頃だろうか。アレックスは重い口を少しずつ開き始めた。

「DDSという言葉はメディアの造語にすぎない。そもそも実際に街で『俺たちは暗殺集団だ!』と言いふらしているわけではないから実在するか否かを証明するのは難しい。ただ、警察内部に犯罪者の殺害を実行する『機密部隊』があるのは事実だ

つまり、この機密部隊がメディアから「暗殺集団」と解釈されているということだ。

アレックスが解説した手口は次のようなものだった。

「部隊は各自治体から入手した犯罪者リストを基に、幹部の指示に沿って計画を進める。標的となるのは、麻薬の密売人や窃盗犯などの軽犯罪者が多く、まずは違法行為をやめるよう警告し、それでも従わない場合は抹殺する。部隊に警官以外の殺し屋が含まれていることもあるし、現職警官が殺害することもある」

まず見張り役を現場周辺に配置し、続いてオートバイに乗ったふたり組が標的に近づき、45口径拳銃で射殺するーーこれが主な手口だという。

それにしても、本当に警官が殺害するのか…? 念を押して確認すると、彼は私の目を真っすぐに見つめ、「イエス!!」と断言した

「詳細は差し控えるが、ある警官はふたりほど殺害した。私は手を下したことはないけれど、幹部から命令されれば従うしかない」

ただ、市長時代のドゥテルテの関与については「それはわからない。ニュースで報じられているのは知っているが」と述べるにとどまった。

警察が犯罪者を逮捕して送検し、検察が起訴して法廷で裁く。これが近代国家における司法制度の基本形だ。ところが、DDSは自治体のリストに基づき、死刑判決などとうてい下るはずがない軽犯罪者の殺害を繰り返す。なぜ、そんなことが「必要悪」としてまかり通るのか? 私がそう聞くと、アレックスは少し声を荒らげて言った。

「容疑者を逮捕し、立件するのは長期にわたる手続きが必要だ。しかも、せっかく逮捕しても保釈されればまた犯罪に手を染める。だから司法制度自体に問題がある。この状況を打開して安全な街づくりを進めるには、『殺害』で一掃するのが好都合なだけだ

実際のところ、フィリピンの司法制度はお世辞にもまともに機能しているとは言い難い。例えば、ダバオ市から西に約200km離れたマギンダナオ州で09年、報道関係者ら58人が虐殺され、国際社会に波紋が広がった事件。治安当局によって実行犯や政治家ら約200人が逮捕、起訴されたものの、事件から8年近く経過した現在も公判は継続中で、結審の見通しは立っていない。私がこれまで取材した多くの日本人殺害事件でも、大半が実行犯すら特定できないまま迷宮入りしている。

この問題は非常に根深く、短期間での改善は予算的にも文化的にも望めない。既存の司法制度に頼っていては、治安改善という根本的な問題解決にはいつまでたっても結びつかないーー。こうした事情が、DDSの暗躍の背景にあるということだ。

■関与を疑われた幹部警官の弁明は?

DDSへの警察の関与疑惑については、過去に司法の場で取り沙汰されたことがある。公務員の汚職や不正を追及する行政監察院は12年3月、DDSによるものとみられる殺害事件に関与したとして、国家警察ダバオ市本部の幹部ら警官21人に対し、減給などの処分を下した。処分理由はこうだ。

〈05年から08年までの4年間、この21人が管轄する地域で起きた殺害事件は720件に上るが、半数以上の約400件が未解決に終わった。そこには「殺害事件の減少に努めない勤務怠慢」があり、21人はDDSになんらかの関わりを持っている可能性がある

私は処分された21人のうち、幹部警官ひとりを探し当て、直撃した。

とはいえ、「DDS」という言葉自体が禁句(タブー)とされる街である。関与を疑われた幹部警官ならなおさら、そんな話を聞かれたくはないはずだ。直接取材を行なうことで、私の身に危険は及ばないのかーー。そんな一抹の不安が頭をよぎり、最初は念のため「安倍首相訪問時の警備態勢はどうですか?」などと、まったく別の話から始めた。

しばらくしてから思い切って本題に入ると、彼は急に身を乗り出し、「DDSはメディアの造語だ!」と従来どおりの主張を繰り返してから、こう口にした。

「未解決の殺害事件については、目撃者が現れなかったために立件できなかった

ただし、目撃者不在の問題については、遺族側に次のような主張がある。窃盗やシンナー吸引などを疑われた息子4人が警官らに相次いで殺害されたと訴える母親のクラリタさん(63歳)が、涙ながらに私に語った内容だ。

「実際に現場を目撃した人もいるのだが、誰も警察に証言してくれなかった。事件には警官も関与していると聞いている。だから、みんな報復を恐れて証言集めに協力してくれないんだ」

このような発言に対し、幹部警官はこう説明した。

でも、それは彼らの言い分でしかない。目撃者たちが正直に心を開けば協力する」

DDSに殺害されたとみられる容疑者と、その遺族の多くは貧困層だ。社会的弱者が犯罪に手を染め、抹殺される。報復を恐れて証人が現れないから警察は立件せず、犯人が逮捕されることもない―。このゆがんだ構造が、DDSの正体を覆い隠している。

行政監察院から名指しで処分された事実について聞くと、幹部警官はこう回答した。

「反論の機会も与えられず、自分の名前が公表されて深く傷ついた。すでに過去のことなのでコメントは控えたい。何度も言うがDDSは存在しない。それは“神話”だ!

◆後編⇒ドゥテルテ大統領の実妹も口を開いた! フィリピンの暗殺部隊の存在が突きつける「人権と民主化への根本的な問い」

(取材・文・撮影/水谷竹秀)