開成中学・高校の校長を務める柳沢幸雄氏(69)

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 高度成長もバブルも遠い昔となった今、若者は未来に希望が持てない――。そう聞けば 自ずと心配になるのはわが子、わが孫の将来である。これから先、子供たちにどんな力をつけさせればいいのか。東大合格者数ナンバーワンの有名男子校の校長が処方箋を示す。

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 この不透明な未来を子供たちは生き抜いていけるのか。子や孫を持つ人の多くが不安を覚えている。少子高齢化で、近く現役世代2人で高齢者1人を支えることになるうえ、技術立国の象徴たる東芝やシャープの経営が傾き、人工知能の発達で既存の職業の半分は消える、というレポートが発表される。そんな時代に、子供たちはどんな力をつければいいのか。

 東大とハーバード大でそれぞれ10年以上教鞭をとり、現在、母校の開成中学・高校の校長を務める柳沢幸雄氏(69)が、道筋を示してくれる。だが、柳沢氏によれば、前提条件が異なるという。

開成中学・高校の校長を務める柳沢幸雄氏(69)

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 実は、いつの時代も未来は不透明なのです。未来が安定して見えたのは、終身雇用があり、大学を卒業して公務員や一部上場企業の社員になれば一生安泰だと思われた時代。しかし、実際にそんな人生を送った人が何人いるでしょう。私は昭和22年生まれですが、東大工学部化学工学科の同級生40名中、ひとつの会社で終えた人は数人だけです。

 では、なぜ日本に終身雇用制度ができたのか。東京五輪のころ、工業化の進展でいわゆる“金の卵”が必要となり、その際、若年労働力を農村から都市に移動させるため、企業は「一生面倒を見ます」と言って親を納得させた。こうして良い大学、良い会社に入れば安泰、という意識が日本人の間に定着したのです。

日本を代表する知性の1人

 しかし、1992年末に音響メーカーのパイオニアが、50歳以上の管理職に指名解雇を通告。もう終身雇用の時代ではない、と気づかされました。つまり、終身雇用・年功序列とは経済規模が右肩上がりの、誰もが昇進できるという状況下で唯一成り立ったもの。それがなくなったから未来は不透明だ、ということではないかと思います。

 むしろ、これからの時代の変化は、今までに比べて小さいと考えています。昔、免許証の書き換えなどに行くと、5000字、6000字もの中から名前の漢字を拾い、和文タイプで打ってくれました。それだけの漢字の位置を記憶している和文タイピストは、給料がよい仕事でしたが、誰もがパソコンを使う今、彼女たちは何をしているのでしょうか。その意味で、技術の変化は昔のほうが大きかった。コンピューターが身近になり、インターネットが出現し、という以上の技術革新は、この先、あまりないと思っています。

 親が置かれている状況についても、同じことが言えます。私の父は明治生まれで、最終学歴は高等小学校でしたから、私が高校に進んだ時点で、学校で何をやっているかわからない。つまり私の親の世代は、子供がどういう教育を受けるのかわからなかった。一方、今の親たちは、自分の子供が受ける教育はすべて経験ずみなのです。

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 だが、今の日本の子供たちは、別の意味で大きな問題を抱えているという。それは、時代の先行きを心配する前に解決すべき、やっかいな問題であるようだ。

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 親は子供をどう導けばいいのか。親の究極的な望みは「自分が死んだ後も、ちゃんと自立して生きていってほしい」ということではないでしょうか。そのためにも、子供にリーダーシップを発揮できるようになってほしいと願っている。

 では、子供が成人した後、経済的に自立して生きていけるようになるには、何が必要なのか。それを考えるために、内閣府が発表した平成26年度の「子供・若者白書」における国際比較を見てみましょう。

■自信が持てない若者たち

 そこには世界7カ国の13歳から29歳の若者へのアンケート結果が載っています。そして「自分自身に満足していますか」という問いに、「そう思う」もしくは「どちらかといえばそう思う」と答えた若者は、日本では45・8%でした。ほかの6カ国、アメリカ、イギリス、スウェーデン、フランス、ドイツ、韓国はすべて70%を超えており、日本だけが際立って低い。さらには「自分には長所があると感じているか」という問いに、「そう思う」か「どちらかといえばそう思う」と答えたのは、日本では68・9%なのに対し、他国はすべて70%以上で、アメリカは93・1%に達していました。

 また、自分に「満足」して「長所がある」と思う若者の割合を年齢別に見ると、他国は年齢ごとの差が小さいのに、日本は20〜24歳でガクッと低くなっています。これはちょうど社会に巣立つ年齢。日本では教育機関と社会との間で接続のミスマッチが起きています。

 同じ白書によると、日本の若者の1割近くがニートやフリーター。引きこもりになった契機は「職場になじめなかった」と、精神的なものも含む「病気」を合わせると半数近く、続いて「就職活動がうまくいかなかった」。要するに、場になじめず、人間関係になじめないのです。

 職場になじめないのは異質性への対応力がないから。子供の世界は同じ年齢で輪切りにされていますが、会社には加齢臭がする60歳の人もいて、異質性に耐えられないのです。就職活動がうまくいかないのは、教育機関が競争を回避していることと関係があります。典型は徒競走での、お手手つないでみんな1位でゴール。こうしてずっと真綿にくるんでおき、いきなり競争がある社会に出すから、「風邪をひいて」しまうのです。

 では、なぜこんな結果になったのか。それは日本の労働生産性が低いことにつながります。大人世代が自分の責任で発言せず、周囲に倣おうとするから、子供の世界もそうなる。「子は親の鏡」といいますが、子供の世界、特に集団としての子供の世界は、親の世界の出来事を拡大再生産している部分があるんです。

 事実、日本の、それもホワイトカラーの労働生産性は非常に低い。OECDに加盟する34カ国では、21位で平均以下。G7では最低です。理由は、日本では1人で決定できるものを複数で決めるから。1人で決められる案件でも3人で決めれば、労働生産性が3分の1になってしまいます。

 では自己肯定感とはどう育めばいいのか。日本でも中学生のうちは自己肯定感が高い。開成では子供たちを自由闊達なままにさせています。教室はうるさいですが、子供は押さえつけられるとそれが習い性になり、黙ってしまうのです。

 また、オタクは尖った個性を表す良い言葉なのです。「あいつは数学が良くできる」などいろんな分野のオタクがいるから、開成は部活動や同好会の数が70もある。鉄道研究部で鉄道に関しては何でも知っているのもいます。こうして自分はこれが得意だけど、あいつはこれだと、違う個性を認め合う。それぞれの個性に優劣はありません。

■自信と自己肯定感を育む

 開成の生徒は自己判断で行動するように仕向けられます。社会とのミスマッチが起こるのは、社会では何かがあれば判断が求められ、若者はそれが怖いから。そこで開成の生徒には中学や高校の段階で、自分たちで決定する充実感を経験させます。結果、彼らは学校が本当に楽しいと答えます。

 開成中学に入学する300人のほとんどは、小学校の成績はトップだった子ですが、5月の中間試験で1クラス43人の1番から43番まで順位がついてしまう。それでも、それ以前に学校になじめるいろんな仕掛けがあるので、6月にアンケートで「あなたは学校に通うのが楽しいですか」と尋ねると、昨年は中学1年生の89・5%が「楽しい」と答え、「まあまあ楽しい」が9・8%。「あまり楽しくない」は2人だけで、「楽しくない」はゼロでした。

 この結果をもとに、学校は「あまり楽しくない」と答えた子供に細かくアプローチします。一方、「楽しい」という子供たちは放っておく。彼らは部活動などに自分の居場所を見つけ、先輩から学んでいます。部活には高校2、3年生もいますが、12歳が17歳、18歳と触れ合うのは、自分の年齢の5割上、つまり会社で40歳が60歳の部長に指導されるようなもの。こうして異質な集団になじんでいくのです。開成は運動会も中1から高3まで縦割りでチームを作り、先輩が後輩を指導するので、部活動と同じ効用があります。

 よく生徒に「10年経ったら先生はいないんだよ」と言います。先生がいない世界で新しいものを吸収するために、生徒間で学ぶ。それが社会に出てから物事を身につける基本形です。自分で選び、判断し、実行するという大人としての自己決定の手順を、学校や親が仕向けることで、自信と自己肯定感が育まれます。お釈迦様の掌の上でキント雲に乗っている孫悟空は、本人は暴れているつもりですが、広い意味で管理下にいます。同様に大人の掌の上で、子供たちが自分の判断で行動していると思えるように仕向け、社会への順応性を育てるのです。

 では、子供にどう声をかけるか。キーワードは「垂直比較」と「具体的にほめる」です。アメリカの若者の9割以上が自信を持っているのは、ほめられて育っているから。英語にはほめ言葉は山ほどある一方、けなすための単語は、私が知るかぎりpoor、stupid、bad の3つしかありません。

 実は、私たちは忘れてしまっているだけで、ほめた経験もほめられた経験もあります。それは子供が這い這いしたり、歩いたりしたとき。這い這いすれば床に落ちているものを食べるなど、危ないのに、親は子供の成長を実感して、うれしくて仕方ないのです。子供もまた、ほめられて危険を乗り越えていく。

 ところが、離乳食のころから親は叱りはじめ、それが常態化していく。しかも周りの子と比べて叱るようになる。そうなると子供は、Aをやって叱られたらBをやる。Bも否定されたら元気な子供はCをやりますが、賢い子は、親が言ったことしかしない指示待ち族になります。叱られても「おかあさんに言われたからやった」と言い訳できるからです。賢い子ほど指示待ち族になってしまうのです。

 だから、ほめる際は「垂直比較」、つまり子供の以前の状態と比べ、具体的にほめることが大切です。3カ月前に汚かった部屋が片づいていたとき、「散らかっていたのに、きれいになったね、がんばったね」と言われれば、「これからもきれいにしよう」という考えが子供に働き、「やっていいんだ」という自信や肯定感がもてる。同時に「何が望ましいのか」という親の価値観も伝わります。

■自己決定できるように

 開成は学校の中にロールモデルができます。中学2年、3年のとき悪さの塊だった男の子が、高校生になった途端に優しい先輩として後輩を指導するようになる。生徒たちはわだかまりなく自分を表現し、先輩に教わりながら、「ああいう人になりたい」と思うのです。そのため課外活動では「手を出さない、口を出さない、目では見ている」が先生たちのモットー。大学受験もそうです。開成は35年連続で東大合格者数が1位ですが、先生は誰も「東大に行け」と言いません。憧れの先輩が部活や運動会に精一杯取り組んだ後、高3から受験勉強を始めて東大に入るのを見て、「あの人でも行けるなら」と、東大を身近に感じるのです。

 先にも述べたように、自己決定を避けているのが日本社会の一番の問題。ですから一般論としても、子供に自分で決定させることが大切です。その際、大人も自分の責任を自覚し、自己決定すれば、子供も自ずとそれに倣います。

 開成野球部を描いた高橋秀実さんの『弱くても勝てます』(新潮社刊)にもありますが、顧問は方針だけを出し、練習メニューから何でも生徒たちが決めるのは、開成では当たり前。運動会、文化祭などすべてにおいて同様で、各学年の旅行なら、まず選挙管理委員会が作られ、旅行委員を募り、行き先の提案を募り、提案演説が行われたのちに投票します。北朝鮮へ行きたいという提案が出ても先生は介入せず、生徒たちに可否を議論させます。こうして合意形成の手法を学んでもらい、予算が高すぎるなど無理があれば、教員会議を行って生徒に差し戻す。旅行のパンフレットも委員が写真を集め、PCソフトを使ってデザインし、印刷所に持ち込んで作っています。

 こういう経験を重ねると、自分を知ることができます。リーダーとして人をまとめるのが得意なのか、パンフレットをまとめるほうが好きなのか。誰もがリーダーになる必要はなく、何が自分に心地良いかが大切です。私はよく生徒に、周囲を束ねて合意形成する「外に向かうリーダーシップ」と、混沌としている自分の中から自分の人生を形成する「内に向かうリーダーシップ」があると話しています。

 職業は得心した瞬間に選べば十分。自分の生涯をかけるに足る仕事を決める瞬間は、恋に落ちる瞬間と同様、いつ訪れるかわかりません。神が降りてきたら従えばいいのです。私自身、日本ユニバックという会社のエンジニアでしたが、20代半ばで水俣病患者の写真を見て、「あ、これが私の人生だ」と。化学によってこんな悲劇を起こしてはいけないと思い、大学院に入り直したのです。

 未来はいつの時代も見通せません。だから、これからの技術革新に適応できるように準備すればいい。それが自己決定できるということであり、自分を知るということです。時代によって仕事は変わります。和文タイピストだって、きっと何か別の仕事に就いたはずです。「これしかない」と思わずに柔軟であること。そうすれば環境の変化にも適応できます。

 最後に日米の社会評価の仕方について少し。日本は入社時に100点で、その後は服装が乱れている、発言がすぎる、などと減点していく。一方、アメリカは入社時は0点で、会議で良い発言をした、提案したプロジェクトで利益を出した、と加点していく。このためアメリカは評価点が青天井で、リーダーが自ずと決まり、長く務める一方、減点方式の日本では賢い人ほど減点を避け、満点付近に横並びになるからリーダーもすぐ交替する。しかし、今は日本でも加点方式の会社のほうが利益を上げ、雇用を生むようになりつつある。だから、これからの若者は躊躇せず、前向きに自己決定すべきだと思います。

特別読物「どんな時代でも生き抜ける『自立した強い子供』の育て方」より

柳沢幸雄(やなぎさわゆきお)
1947年生まれ。開成中学校・高等学校校長。ハーバード大学大学院准教授・併任教授、東京大学大学院教授を経て、2011年から現職。ハーバード大大学院では学生の採点によって選出される「ベストティーチャー」に数回選ばれる。東京大学名誉教授。工学博士。

「週刊新潮」2016年9月22日菊咲月増大号 掲載