東京大学大学院経済学研究科教授 柳川範之(やながわ・のりゆき) 1963年生まれ。88年、慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業。93年、東京大学大学院博士課程修了。経済学博士。96年、東大助教授。2011年より現職。『法と企業行動の経済分析』『東大教授が教える独学勉強法』など著書多数。

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古来、勉強には独学というやり方がある。しかし「意志薄弱な自分には無理」と思い込み、敬遠する人が少なくない。普通の人が、学校や先生の助けを借りずに満足のいく結果を出すことはできるのか。高校・大学時代を独学で過ごし、東大教授になった柳川氏は「心配ご無用」と太鼓判を押す。その理由とは?

■「唯一の正解」を学ぶだけではダメ

いまでこそ大学で学生に教える仕事をしていますが、私は中学校卒業以来、大学院に入るまで「学校」へ通ったことがありません。高校生に当たる時期には、父の仕事の関係でブラジルに住んでいたこともあり、日本から取り寄せた教科書と参考書で自習していました。その後、大学入学資格検定(大検)に合格すると、今度は慶應義塾大学経済学部の通信教育課程を受講しました。

そんなわけで、東京大学大学院に入学して伊藤元重教授(現学習院大学教授)のもとへ通うようになるまで、私にとって、勉強とはほとんどが独学を意味しました。でも、それで何の不都合もなかったばかりか、いま振り返ると、独学こそ現代人にふさわしい勉強法だと思っています。

「先生から教わった答えを正確に覚える」。これは通常の学校教育の基本といっていいでしょう。しかし、問いに対して最初から正解があるという前提が成り立つのは、実は学校というフィクションの世界だけです。

たとえば、仕事に唯一絶対の答えがありますか? 誰かが成功したやり方をそっくり真似ても、うまくいくとはかぎりません。時々刻々と変化する市場や移り気な消費者のニーズを読み解き、その都度最適解を自分で考え結果を出す、ビジネスパーソンに日々求められているのは、そういうことのはずです。もちろん、簿記のルールに従って売り上げを仕訳するといった、正解のある仕事もありますが、逆にいえば正解があるのは、そういう単純なものだけなのです。

また、多くの人は、役に立つ知識や情報を頭に詰め込むのが勉強だと思っているようですが、それも正しくありません。たしかについ最近まで、他人より多くを知っている百科事典のような人の有用性は、会社でもそれなりに高かったといえます。

ところが、現在では、誰もがスマートフォンを持っているじゃないですか。それを使えばわからないことはすぐに調べられるし、仕事に必要な資料もデータにして持ち運べるので、細かく覚えていなくても大丈夫。知っているということの価値は大きく下がってしまいました。つまり、知識や情報を覚えるのは、もはや勉強の目的として適当ではないのです。

では、現代の勉強とは何か。それは自分で考え、自分なりの答えを出せるようにする、あるいは、自分で判断を下せるようにするための頭の使い方を学ぶことです。知識や情報をただ暗記するのではなく、それらを加工して自分なりの新しいアイデアや理論につくりかえることだと、いい換えることもできます。

そして、それに向いているのが独学です。

■仲間や先生がいればなおよし

独学というと、1人で机に向かって黙々と本を読むといった孤高の作業をイメージする人が多いかもしれませんが、私のいう独学は、必ずしもそういうスタイルを指すものではありません。自分でテーマを決め、自分でプランニングをして主体的に学んでいくという意味での独学です。

だから、必ずしも1人でなければならないということではありません。むしろ、情報交換ができて刺激にもなる仲間はいたほうがいいし、先生にべったり依存するのでなければ先生がいてもいいのです。ちなみに私は、大学の通信教育課程の参考書となっていた『国際貿易』の著者である伊藤元重先生の授業に潜り込み、質問をしたのがきっかけで、伊藤ゼミにも参加させてもらっていました。

ところで、独学が優れていると思う一番の理由は、自分のペースで勉強ができるという点です。とくに社会人の場合は仕事があるので、学校に通って勉強しようにも、その時間を捻出するのが難しいと思います。その点独学なら、時間と場所を選びません。仮に勉強にあてられるのは1週間に1時間が精いっぱいだとしても、1年間続ければ53時間になります。もし何もやらなければゼロ。この差は決して小さくないのです。

自分と相性のいい教材を選べるというのも、独学のメリットでしょう。どの著者の書き方を理解しやすいと感じるかは人それぞれ。名著といわれる本でも、説明や論旨の展開がその人の理解のパターンに合っていないと、いくらがんばって読んでもなかなか頭に入ってきません。学校だと全員が同じ教材で勉強させられるので、合わない人は悲劇ですが、独学なら相性のいい本で、効率よく勉強することができます。

■意志の強い人しか独学に向かないか?

本の読み方にも触れておきましょう。新しい分野を学ぶ際は、入門書を3冊買ってください。それで最初に全体を俯瞰してから、そこで紹介されている論文や資料に芋づる式に当たっていくと、比較的楽に理解することができます。

それから、同じ本を2回読むこと。1回目はざっと目を通し、そこに書かれていることをひととおり頭に入れます。それができたら今度は「逆のケースで考えたらどうだろうか」「この部分は前の記述と矛盾しないか」というように、内容を疑ったり批判したりしながら読むのです。本はそういうふうに読んで、はじめて理解が深まるのです。

読み進む際には、要点に傍線を引いたり、ノートやメモを取ったりしないのがポイントです。要点を抜き書きしてきれいにまとめると、いかにも勉強した気になりますが、実際は書くことで安心して、記憶が薄れてしまうのです。それに、本当に重要なことは、勉強していると何度も出てくるので、書かなくても自然と頭に定着します。反対に、書かなければ覚えられないのであれば、そこは覚える必要がないのです。

このように、独学はいいことずくめの勉強法なのですが、私がこういうと「自分は意志が弱いので独学には向いていません」という人がときどきいます。

でも、安心してください。私もかなりの怠け者です。それでも独学は務まりました。なぜなら、自分で立てた目標の3割でも実現できればいい、と割り切っていたからです。だいたい、決めたら必ず最後までやりとおす人は、めったにいません。人間はつい怠けたり、ときどきやる気が出なくなったりするのが普通なのです。独学で大事なのはやり続けること。だから、3割できれば上等なのであって、それくらいの気持ちで取り組めばいいのです。

東京大学大学院経済学研究科教授 柳川範之 構成=山口雅之 撮影=永井 浩)