「不倫慰謝料」はいくら? 大正から現代まで「593の判例」を分析した書籍が話題
不貞行為すなわち不倫の「慰謝料」に関する裁判のデータだけをしつこく集めた本が、弁護士の間で話題となっている。その本「判例による 不貞慰謝料請求の実務」(中里和伸著/弁護士会館ブックセンター出版部LABO/4860円)は、593もの裁判例を分析し、不貞行為による慰謝料請求を丹念に追った著作である。
なかでも、過去の不倫訴訟における慰謝料の請求額と認容額(裁判所が命じた慰謝料額)、裁判のポイントを一覧表にした「裁判例データ集」は画期的だ。
売れ行きは好調で、6月下旬の発売から約3週間で増刷が決まった。担当編集者の渡邊豊氏は「こんなに短期間で法律実用書の増刷が決まることは珍しく、弁護士、そして裁判官の方からも『待望の書』といった嬉しいコメントをいただいている。慰謝料請求に関する本はありますが、不貞に特化したものはなかったためではないか」と話す。
著者の中里和伸弁護士に、不倫慰謝料を求めた593例を分析した結果をどうみているのか、話を聞いた。
●裁判官によって判断がわかれるケースも中里弁護士が勤務する東京・銀座の法律事務所は、決して離婚問題や不貞問題等に特化しているわけではない。しかし、ある弁護士からのアドバイスをもとに過去の裁判例等を調べてみたところ「家族からも『何をやっているの?』と言われるほどに、どっぷりとつかってしまいました」と、話す。
日頃の弁護活動のかたわら、昨年夏ごろからファイル15冊分もの資料を集め、年末年始は執筆漬けとなったそうだ。約4か月間かけて執筆し、担当編集者の渡邊氏に原稿を渡したのは今年1月のこと。渡邊氏に「(この分量では)文字の暴力です」と冗談まじりに言われたほどの大作をしたためたが、一冊にまとめる段階で大幅に削ったという。
そこまで没頭できたのは「調べていくと、様々な新しい発見があったから」と話す。「同じような不倫のケースでも、裁判官によって真逆の判断がある。慰謝料の額にしても、高すぎたり、安すぎるなど、さまざまな矛盾と思われる箇所をみつけました」
たとえば、夫と不貞行為をおこなったクラブママに対して慰謝料請求を求めた裁判が話題になったが、昨年4月に東京地裁は「枕営業」にすぎないとして「不倫」とは認めなかった。しかし、過去における同種の複数の裁判例では「不倫」にあたると判断を示している。ほかにも、「大好き」と愛情表現を含めたメールが不法行為にあたるかが争われた複数の裁判でも、裁判所の判断はわかれている。
そのため、「交通事故の損害賠償請求訴訟では、事故等を類型化した上での判断が示されています。しかし、不倫に関してはそのような統一したルールがない。裁判所の判断が分かれている点については、統一する必要があるのではないか」と、中里弁護士は指摘する。
●社会が進歩しても、男女問題は普遍的本書では、大正時代にまでさかのぼり、不貞訴訟に関する裁判例の推移を考察している。その変遷は、女性の社会的地位の変化とも重なるようだ。
「戦後間もなくまでは、不貞相手に対して慰謝料を求める原告は、夫が圧倒的に多かったのです。妻に対する『夫の貞操義務』を裁判所が初めて認めたのは大正5年のことですが、その後も、夫の不倫を我慢せざるを得ない妻が多かったと考えられます。しかし今では、妻が夫の浮気相手に慰謝料請求を求めることは珍しくありません。
その流れを作ったとも言えるのが、昭和37年の、夫の浮気相手に、妻へ慰謝料を支払うよう命じた裁判例です。この判決が出た際には、新聞記事にもなり、記事には『妻が夫の愛人に対して行った慰謝料請求が認められた例は珍しい』と書かれています。この程度でも新聞記事になったのは、不倫訴訟そのものが社会的に珍しく、また当時の夫婦間の貞操観念が現代とは異なるものだったためでしょう」
しかし、変わらないこともある。最近は、不倫を裏付けるための証拠として、メール、LINE、Facebookが出てくるようになったが、「争われていることの本質は変わりがありません。インフラ整備がされ、社会がどんどん進歩しても、男女問題、人と人の争いは普遍的だと感じます」とも話す。
ところで、巻末の裁判例をみていくと、婚姻は続いているのにもかかわらず、配偶者の浮気相手だけに慰謝料請求を求める例が少なくないことに気づく。中里弁護士も「その気持ちはわかるのですが、『報復』のために裁判所を使うことには、疑問をもつこともあります」と違和感を感じているようだった。
「不貞行為は1人では行えないものです。しかし、浮気相手のみならず配偶者をも訴えたり、離婚するのであればともかく、浮気相手だけに慰謝料請求するのは、一貫していないのではないでしょうか」
最後に中里弁護士は、「この本の内容は、まだ十分ではないと思っています。ここに含まれない判例があれば、ぜひ教えていただきたいですね」と、読者に呼びかけていた。
(弁護士ドットコムニュース)