さいたまネクスト・シアター第5回公演
「2014年・蒼白の少年少女たちによる『カリギュラ』」撮影:細野晋司 提供:彩の国さいたま芸術劇場

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10代のとき、趣味も食欲も将来のビジョンもなく生きていた若者が、たまたま入った蜷川の劇団で1日1日の大切さに目覚め、ひたむきさが現出していく。
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──これからのビジョンはありますか?
内田 蜷川さんに最近しきりに言われるんです。せっかくここまで来たのだから、もうちょっと健康に気をつけろって(笑)。
──これも蜷川さんから伺ったことで、偏食というか、ほとんどご飯を食べないそうですね。
内田 カロリーメイトを食べています(笑)。食べることはともかくとして、確かに、せっかくいい体験をさせてもらっているのだから、蜷川さんが演劇でやろうとしていることをもっとうまく体現できたらと思います。
──食が細いのもあるのか華奢ですけど、体は鍛えています?
内田 鍛えなきゃ。ささやきの台詞を語る上でも身体的な鍛錬も必要だとしたら、何かやらなきゃいけないと思います。
──ささやき声は内田さんの個性と思って良いのでしょうか。
内田 いや、でも、ぼくも、ささやき声ばかりではなく、大きいところは大きくないですか? 
──「鴉よ、おれたちは弾丸をこめる」では張った声を出していました。動きも機敏で。
内田 必要なければ張る必要ないし、必要あったら張ればいいという考え方なんです。あくまでも役の感情に即して、なんでもかんでもいわゆる舞台調に声を張ろうと思って出すことはないです。
──ぼそぼそ話すのが現代的で、張っているのは旧時代ってことでもなく?
内田 たぶん、蜷川さんがおっしゃっているのは、様式ではなく、リアルな感覚を大事にすることだとぼくは思っています。万が一、現代劇や先行する世代(6、70年代)の演劇で声の出し方が違うとしたら、それも感覚が違うのだとぼくは解釈しています。だから、先行する世代の演劇である「鴉〜」の青年は、自分の思いを大きく弾丸のように言わないといられなかったのだと解釈しています。これも、稽古の最初に、蜷川さんに言われたことなんです。
──「ハムレット」のフォーティンブラスはなぜ、ささやき声になったんですか?
内田 稽古の最初のほうでは、ちゃんといままでの形式──武装した次世代の王様としての朗々としたしゃべりか方をしていたのですが、本番が近づいたところで変わったんです。それについてぼくが思ったのは、「立派な王」という噂を周囲でされているものの、実際のところはどうなんだろう? と。まわりは勝手に戦争のために彼を持ち上げているけれど、もしかしたら彼自身はそんなに闘いたくない人物かもしれないと解釈しました。

──面白い解釈ですね。ところで、内田さんはネクスト・シアターの「ハムレット」にも出演していますが、そのときは何役でした?
内田 劇中劇のルシエーナスです。そのときがぼくの裸の最初です(笑)。ただ、あれだけは、前からそういう衣裳に決まっていたものです。
──その後、13年の「ヴォルフガング・ボルヒェルトの作品からの九章─詩・評論・小説・戯曲より─」、14年の「カリギュラ」と主役に抜擢されて、外部公演にも出演するようになって。いま、どんな気持ちですか?
内田 正直、「リチャード二世」というシェイクスピア劇のタイトルロールをやることになろうとは思っていませんでしたし、時が経つのは早いなあという感嘆と、この状況に、まだ体力や精神面がついていってないという焦りがあります。でも、ネクストに入ってよかったなと思っています。以前の自分があまりにも適当に生きていたというか、何も知らずにただ状況から逃避して生きて行くよりは、ネクストで逃げられない状況に追い込まれ揉まれたことはよかったです。いまは、仕事するのは大変だなというのと、人間生きていくのは本当は大変なことなんだなって痛感しているところです。
──適当で逃避していたんですか? 大学では何を学んでいましたか? 
内田 映像学と身体学と、その共通領域である生態心理学や認知科学などを学びました。
──卒論は?
内田 サブカルについてです。本当はあまりサブカルが好きではないのですが、
合格点をもらいやすいと聞いたので(笑)。
──演劇経験は?
内田 学生の頃、演劇サークルに入っていました。そのときは主にミュージカルを。
──ミュージカル?
内田 それほど本格的なものではないです。大学自体、男子生徒が少ないのもあって、映像身体もめっきり男が少なかった上に、男子はだいたいが映画監督をやりたかったんですよ。だから演劇をやりたがる男子も少なくて、ちょうどふらふらしていたぼくがかり出されました。男がいないと成立しない作品も多いので、ぼくに受容があったというだけなんです。
──内田さんは映画監督をやりたかったわけではない?
内田 全然やりたくなかったです(笑)。
ーーそれがなぜネクストに?
内田 ぼくは監督になりたいわけではないどころか、将来やりたいことがなかったんです。やがて、就職活動をがんばらないといけないときにきて、挑むことをしないで現実から逃避していたんです。そしたら、さいたま芸術劇場のそばに住んでいる友達が、ネクスト・シアターのオーディションの情報を聞きつけて、何もしたいことがないならば受けてみたらと教えてくれて、それで受けました。
──入ってみてどうでした?
内田 舞台をやると、稽古から本番まで一応、1ヶ月か2ヶ月が埋まるじゃないですか。そして最後、形になって終わることの繰り返しで、生きていることがつまらなくなくなりました。とにかく1日がはじまって1日が終わり、それが1週間になって1ヶ月になって・・・という実感があるのが舞台のいいところですね。それと、今までにない感覚でいうと、蜷川さんが俳優たちに向かってしてくれる話を聞くのが好きです。これまで味わったことのない感覚が得られます。

──シェイクスピアの魅力はどこに感じていますか?
内田 ええ!? ・・・・見ると、ぼくはなんの問題にも直面してないなってことを自覚できるかもしれないですよ。
──自覚してからどうしたらいいと思いますか?
内田 自覚したあと、そこから先はどうするかは人それぞれだと思います。
──自分は現代の若者を代表していると思います?
内田 去年ぐらいからすごくそう言われているのですが、自分じゃちっとも思わないんです。「太陽2068」はコクーンで上演されたので、渋谷に通っていたのですが、渋谷の街を行き交う人たちを見ていると、こういう人たちをぼくが象徴しているなんて思えないんだけどな・・・と不思議な気持ちになりました(笑)。
──ところで、「ハムレット」の稽古場でお目にかかったときにしていたシルバーのマリア様のペンダントはフランスで買ったものですか?
内田 あ・・・(楽屋の鏡前に置いたペンダントのほうを見ながら)、そうです。一昨年のパリ公演のときフランスで買いました。
──なぜ買ったのですか?
内田 なぜ? ・・・せっかく海外公演に行っても、ぼくはほとんど観光をしないんです。ほかの俳優たちは、見る場所やご飯を食べるところを計画して、朝ご飯の前から出かけて、どん欲に観光していますが、ぼくはそういうのが無理で。特に、去年の海外公演では喉をつぶしたので、ますます観光は無理でした(笑)。一昨年は、このままではまずい、せめて一度はどこかへ行こうと考えて教会を思いついたんです。ペンダントはそこで買いました。
──一昨年買ったものをいまだに身につけている。
内田 (また鏡前を見ながら)ふだんはいつも身につけているんです。いまのままの自分じゃいけないという気持ちを常に忘れないために。映画などを見ると外国の人はよくクロスのペンダントなどをお風呂に入るときも寝るときもずっと身につけていますよね。たぶん信仰のしるしだと思いますが、信仰をもって生きている人間は、何ももたない人間よりも上等なんじゃないかという気がして、せめてぼくもひとつ何かをずっと身につけていたら、信念をもてるかもしれないと。完全に思い込みですけど(笑)。あまりにいつもつけているため、役のアクセサリーとして本番でもつけることが多くなっています(笑)。
──フォーティンブラスもつけていました?
内田 はい。カリギュラでもつけていました。いつもは服の下につけているんですけど、劇中、服を脱ぐ役が多いから、つけているのがわかってしまうんですね。「リチャード二世」ではあえて身につけないで、鏡前に置いておこうかなとも考え中です。
──確たる意思をもって身につけたり外したりしているわけですね。
内田 はい。自分が何ものでもないと自覚し、何かにならなきゃいけないと思ってつけています。
──そういう思いは蜷川さんのお話を稽古場でいつも聞いているからでしょうか。
内田 そうですね。蜷川さんはカリスマ性があるから、影響力は大きいです。ぼくは演出家ではないので、蜷川幸雄の演出方法を継承することはできませんが、俗にいう「蜷川幸雄の遺伝子」ですか? そういうものを俳優としてもっとうまく取り入れることはひとつ大きな目標です。

内田健司はなんだか不思議な青年だった。言葉数は多くないが愛想がないわけではなく、口調は柔らかいが、スッと本質を突く。そして、痩せたカラダの作り出す陰影が言葉以上に見るものの想像を膨らませる。
彼の鎖骨の窪みや細長い指が動くのを見ていると、蜷川幸雄が少年(青年)のカラダを舞台で晒すのは、それこそがその人物の真実だからなのかなあと思う。偽りのない筋肉や皮膚の動きはダイレクトに心に刺さる。声も同じで、その声の響きでウソもホントもおそろしいほどわかってしまうものだ。
裸のカラダ、裸の声で、内田健司のリチャード二世は、世界のどんな真実を見せてくれるのか。4月5日に幕が上がる。

うちだ・けんし 1987年生まれ。2011年、さいたまネクスト・シアターのオーデイションに合格。「2012年・蒼白の少年少女たちによるハムレット」「2013年・蒼白の少年少女たちによる『オイディプス王』」「ヴォルフガング・ボルヒェルトの作品からの九章─詩・評論・小説・戯曲より─」
「2014年・蒼白の少年少女による『カリギュラ』」「太陽2068」などに出演。

[公演情報]
「リチャード二世」

演出 蜷川幸雄
作 ウイリアム・シェイクスピア
訳 松岡和子
出演 さいたまネクスト・シアター さいたまゴールド・シアター
彩の国さいたま芸術劇場 インサイド・シアター(大ホール内)
4月5日〜19日

初日はすでに完売。急げ!