不況・少子化・過疎化に負けない大躍進!

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■なぜ同じクルマを高い店で買うのか

11年連続で顧客満足度がダントツ日本一――。

高知空港から約30分のロードサイドに、ネッツトヨタ南国はある。自動車のディーラー関係者でその名を知らぬ者はいない。何しろ、全国のトヨタ販売会社(約300社)の中で、調査開始以来、顧客満足度トップの座を1度も譲ったことがないというのだから。

地方の小さなディーラーのどこにそんな魅力があるというのか。もしや驚愕の販売ノウハウや客が泣いて喜ぶ値引きがあるのだろうか。

「すぐできるノウハウなどまったくありません。当社はむしろノウハウ習得とはまったく逆の組織です。さらに、この辺りは10社以上の同業者がひしめき合う超激戦区で、値引き攻勢に出る店も少なくありませんが、私たちはほとんどしません。すぐそこにも同じトヨタ系列のディーラーが、同じクルマをより安価で販売しています。

それでもお客様に支持されるのは他社とは『人』が違うからです。創業以来、大事にしてきたのは人材採用です。一般に60%といわれる採用の成功率を、毎年1%ずつ高め、30年積み重ねたものが花開いたのです。1人あたり200時間面接して、就職希望者が、当社と価値観が共有できるのかを見極めるのです」と、同社取締相談役(10年秋まで会長)の横田英毅は語る。

言うまでもなく、ここ数年、国内の自動車業界は厳しい状況にある。苦戦を強いられ、前年比3〜4割も販売台数が減少したり、閉店したりした同業者も数多い。とりわけ急速に過疎化・高齢化が進んでいる高知での生き残りは、容易ではない。

そんな中、ネッツ南国は年々、驚異的に来客数を伸ばし、新車販売台数・年間売り上げとも毎年記録を更新してきた。それらの数字は、10年前と比べると、約2倍にも及んでいる。店頭集客で、価格勝負はしないネッツ南国店。値引きもないのに連日、客で賑わう。顧客は安く買いたいなら、すぐ近くにある別のトヨタ車ディーラーに行けばよいと知っている。

ではなぜ、最終的な結論が「ネッツ南国で買いたい」になってしまうのだろうか。

まず、他社販売店と目に見えて違うところは、店舗の内装だ。まるで一流ホテルのラウンジのような雰囲気をもっている。ディーラーにもかかわらず、ショールームに自動車の展示が1台もない。顧客はそこへ商談の予定などなくても、ぶらりとやってきては、250円で提供される朝ごはんを食べたり、コーヒーなどを飲んだり雑誌を読みながら寛いでいる。定休日はなく、他店よりも朝早くから夜遅くまで営業する。顧客の購入検討時に試乗できる時間は丸2日。試乗車の数も30車も用意するなどサービスは他を圧倒する。

来客数の平均は平日で100人以上。週末ともなると500人以上。年間でのべ10万人以上にも達する。

■客の無知につけ込む営業

「お客様は口では『(価格を)とにかく安くしてほしい』と言いますが、実際に値段だけで決めている人は、経験上ほとんどいません。一般の販売店であれば営業マンを、当社のお客様であれば『ネッツ南国』を信頼して購入するのです」と、キャリア13年の営業スタッフ主任・坂本進二は言う。

2度目以降の来店ならば、自分の担当者ではない従業員からも「◯◯様、いらっしゃいませ」と名前付きで出迎えられる。これもロイヤルカスタマー気分を味わえるに違いない。

実はこれは、1度目の来店時に、従業員がクルマのナンバーの下4桁と車種をパソコン入力しておき、次回それを打ち込めば名前とともに来店履歴、趣味、家族構成、コーヒーの砂糖・ミルクの有無、子供の飲み物の好みなどの情報が瞬時に出てくるシステム。これを全従業員が活用し、情報共有している。内装もシステムも従業員からの提案だという。

さらに販売の現場では、顧客の家族構成や給与水準を考え、グレードの低いクルマの購入を提案していることもよくあるという。顧客目線での考えつくされた内装、システムづくりに加え、自分たちの利益をも度外視した提案があれば顧客が信頼するのもうなずける。そんな顧客満足を自発的に追求できる従業員はどのようにして生まれるのだろうか。

他のカーディーラーでは、ノルマ達成のため血眼で家庭へ飛び込み営業し、ショールームを訪れた顧客で脈ありと見るなり自宅まで追いかけ回す、といったガツガツした手法も決して珍しくない。値引きをエサに顧客をおびき寄せ、無知につけ込んで高価なオプション装備を買わせることもある。業績は、ひとえに営業マン個人のコネと根性で成り立っており、営業マン同士の連携や情報の共有など、そもそもありえない世界なのだ。

人材開発を手がけるビスタワークス研究所代表・大原光秦(2007年までネッツ南国人材開発室長)によれば、ネッツ南国の従業員の人格に等しく備わっているのが「(顧客を含む)自分以外の人を少しでも幸せにしたい」という人生・労働哲学だという。大原はこう続ける。

「東日本大地震が起きたとき、私は出張で仙台にいて一時的に避難所暮らしをしました。

印象に残ったのは、被災地の方々はお互い助けあい、『自分より困っている人優先』のマインドだったのに対して、その直後に行った大阪では違法駐車したのに『あいつも停めてるやないか』とエゴ丸出しの人がいたこと。ある学者は『人間は逆境の中では優れた生き物だが、富や栄光を手に入れると、目的を失った生き物になってしまう』と言っています。

当社の従業員には、マニュアルはありませんし、上司は何も教えません。書類のつくり方など最低限のことだけ伝えて、販売の最前線へ送ります。そうすると、お客様のちょっとしたことに気づこうと自然に努力し、また同僚と連携しなくてはいけないというマインドができあがるのです」

■正座3時間で得たものとは

あれこれ上司が指示しないことで、人の心を慮り、顧客や同僚との「つながり」を常に考える頼もしい従業員が生まれる。

「何かのマニュアルを与えればミスは確実に減るでしょうし、売り上げは簡単に伸びるでしょう。しかし逆に従業員の思考が停止してしまう。お客様へのよりよい応接を自分自身で模索するプロセスや失敗の中にこそ、大事な気づきがある。そんな経験と努力を通じて従業員には人生の勝利者となってほしいのです」(大原)

入社2年目の営業スタッフ・門田真季は入社9カ月の頃、休暇を利用して東京ディズニーランドへ行った。

すると、そこへ会社から緊急電話。契約書への実印捺印の依頼を契約者とその親族へ手紙1つで済ませようとしたことが、親族の逆鱗に触れたのである。高知にトンボ返りした門田は単身クルマで2時間かけて親族宅へ。正座で説教を3時間聞いた。軽率だったのは自分。言い訳はせず真摯に謝罪した。すると契約者の親族は全く想定外の話をはじめた。

「私も、あんたからクルマ買いたい」

契約解消も覚悟した門田だったが、誠実な姿勢が実を結び、余計に1台売れてしまったのだ。

何も教えないのだから当然、新人は失敗する。しかし、「失敗を強いモチベーションに変えられるのも、自ら学ぼうとする姿勢がなくてはできない」(大原)のだ。

ある男性客からは、こんな手紙が送られてきた。

「ネッツトヨタ南国で私は幸せをいただきました。いつかまたこちらで新車が買えるように、毎日を積み重ねていきたい」

売る側も買う側も気持ちいい、感動的なショッピング。言ってみれば、ストーリーのある買い物をするため、週末には遠く本州から駆けつける顧客も少なくない。

「お客様の気持ちを汲む、察知する。そうした習慣を従業員たちが身に付け連携していけば、いつもは修理や車検など用事があるときだけ来店するお客様も、自然と当社のファンになってくださり、気軽に『ちょっと寄ってみようか』となる」(横田)

これだけ顧客に愛されているネッツトヨタ南国であるが、過去には大きな試練を乗り越えなくてはならなかった。1999年頃、景気低迷の影響でネッツトヨタ南国が業績不振に陥ったときのこと。「顧客満足度は高いのに売り上げがあまりついてこない」状態になったのだ。高いサービスがそのまま売り上げにつながらない。他ディーラーがネッツトヨタ南国をそのまま手本にできないのもそんな「危険」を察するためだろう。

当時の幹部にも迷いが生じた。積極的な勧誘をしないのが原因なのではないか。これ以上の業績悪化を食い止めるため、現場で顧客に購入を強いたり、価格交渉などを求める「新たな顧客」も獲得すべきではないのかと、一部の幹部が考えはじめたのだ。

■売ろうとしないのになぜ売れるのか

顧客が不満に思っている価格面を解消し、営業マンのノルマ制を導入すべきか、それとも今まで通りの販売を続けるべきか。大原はこう言う。

「あの当時、売り上げが思っていたほど伸びなかったことから、会社の中に2つの方向性が混在してしまったのは事実です。しかし、ネッツトヨタ南国は、普通の会社に戻ることよりも、より自分たちの強みを徹底的に追求することにしました。短期的な売り上げ減は覚悟して、『安く』『便利』ではなく、もっと『いつでも』『みんな』『親切』を貫くことにしたんです。

お客様の口から出る不満を解消するだけではなく、当社では『経営品質』の強化に重点を置くようになったのです。つまり短期的な売り上げをそれほど気にすることなく、車検や点検、買い替えなど、顧客とより長く、より密接に付き合うことで利益を生めるようにと考えたのです」

その「経営品質強化」実現に不可欠なのが、従業員間の連携だった。一致協力して顧客に尽くすことは、同時に働く側全員の満足や、仕事のやる気にもつながった。

99年はまさにターニングポイント。80年の創業以来、同社は訪問販売を一切禁止とするなど、既存ディーラーのマーケティングのノウハウを破壊してきたが、このときさらに何が何でも「営業=売らんかな」という従来型の価値観を完全に捨て去るという勇気ある決断をしたのである。顧客満足度11年連続1位などの快進撃は、いわば、「売ろうとしないで、売れる」というネッツトヨタ南国ならではのポリシーが功を奏したのだ。

同社は朝礼を貴重な情報共有の場として、大切にしている。前日の販売実績を詳細に報告しあうのだ。担当した営業従業員が、顧客の初来店日、家族構成、勤務先、ニーズは何だったかなどを事細かに報告、分析する。

販売実績を拍手して賞賛することが朝礼の目的ではない。「何が顧客の心を購買に導かせたか」を探るのだ。自分の顧客名簿に似た家族構成や、同じ問題を抱えている人はいないのか。同じ勤務先の人であれば、同僚のクルマの購入を見て刺激を受けるのではないかなど、従業員が仮説と検証を繰り返していく手がかりなのだ。門田は言う。

「朝礼はいつも長く、時には120分にも及びます。2010年、自動車補助金が出ることをテレビCMでしつこいぐらいに“こども店長”が告知していました。まさかお客様の中にその制度を知らない人がいるとは誰も考えなかった。

しかし、ある日の朝礼で、その補助金制度をまったく知らないお客様がいて、その制度をお教えしたら契約に結びついたという報告があったんです。みんな大慌てで自分の顧客名簿の中にそのような人がいないか入念にチェックしました(笑)」(門田)

11年、自動車業界全体が補助金制度の追い風を受けたが、その中でもネッツ南国は突出して売り上げを伸ばしている。信頼する同僚同士の情報共有の勝利である。

■なぜ不人気業種が人材採用に有利か

ラウンジの連携にも特徴がある。ここにはフロアマネジャーが1人もいない。通常、司令塔役や現場責任者なしでは指揮系統がバラバラとなり効率のいい接客ができない。だが、同社ではあえてフロアマネジャーを置かず、従業員がそれぞれ自律的に動き回り、人手が不足していたらサポートに走る。それは、さながらサッカー選手のようである。ピッチでポジションを自在にチェンジさせて、攻めたり守ったり、同僚と連携するのだ。

「ここで動く従業員はフロア全体を頻繁に見回しています。きっとノルマに汲々とするディーラーの営業よりずっと守備範囲が広いはずです」(横田)

新車・中古車販売など営業スタッフ内には班が設けられているが、大きな企業にありがちなセクショナリズムなど障壁もないという。社内コミュニケーションをよくするためによく言われる「報告・連絡・相談」について、大原はこう話す。

「当社は報連相の『ルール』はいらない、と考えています。そういう形式的に押しつけたものではなく、自分たちが必要と感じる自然な形での濃密なコミュニケーションを積み重ねていくことが大事なのです。

アメリカのように、ルールをつくり、結果をまず求めてしまうと、経験のある上司が徹底的にノウハウを叩き込むところからはじまります。すると、短期的には効率がいいのですが、いつまでも思考力が高まらないため、さらに上司が管理し、マニュアルをつくらなくてはならない悪循環になります。

逆にうまくいかないことは承知のうえで、まず経験をさせ、人間関係への気配りや思考の質を高めます。すると結果が出るようになり、モチベーションも上がるという相乗効果を生むのです。これこそ本来の日本型組織の強さであると考えます」

上司の指示を待って動くのではなく「お客様に喜ばれるには」を常に頭に置き、同僚と連携しながら適切な行動を心がける行為が顧客に感動を与えるのだ。

取材はラウンジの一角で行われたが、確かに営業スタッフ同士でさりげなくアイコンタクトをとったり、すれ違いざまにこまめに情報交換したりする様子が見られた。誰に命令されたわけでもなく、ルールがあるわけでもないが、フロア全体を10分間に1度はスタッフの誰かが巡回し、顧客が「ちょっとすみません」と要望を言いやすいようにしている。

社員採用時には、前述のように1人あたり200時間もかけて面談する。幹部たちが繰り返し学生に問うのは「何のために働くのか」だ。今の学生の会社選びの基準は、会社の知名度、規模、給与・賞与の高さ、福利厚生などに偏りがちだ。

「実は、不人気職種の自動車ディーラーは、人材採用が有利なんです。知名度や給与水準などを満たそうと手をあげてくる応募者はいませんから(笑)。

何のために自分が働いているのかがわからないのなら、正直それは、牛や馬と同じではありませんか。再三にわたって『なぜ』を繰り返すことで、人の役に立つことや自分の成長そのものが『喜び』なのだと気づいてくれた人を採用するのです。自動車販売を通じて、お客様や同僚との絆を深めるプロセスこそが『喜び』と気づくこと。それがネッツトヨタ南国の原動力なのです」(横田)

(文中敬称略)

※すべて雑誌掲載当時

(大塚常好=文 芳地博之、プレジデント編集部=撮影 ビスタワークス研究所=写真提供)