ヘッドハンティング
プロ野球で死球による痛ましい事故が相次いでいる。8日に行われた読売ジャイアンツ対阪神タイガースの第3回戦では、ジャイアンツの亀井義行が、タイガースの投手、小嶋達也から頭部に死球を受け、負傷交代。救急車で病院に搬送され、鼻骨骨折と診断された。
そのタイガースでは、10日の対広島東洋カープ第1回戦で、藤井彰人がカープの大竹寛から顔面に死球を受けた。翌日広島市内の病院で精密検査を受けた藤井は、左頬骨の骨折と診断された。
米メジャーリーグには、「敵から受けた痛みは、どんなに痛くても痛そうにするな」という不文律がある。また投手は状況が許す限り、打者の首から下にぶつける権利が認められているし、打者も体にぶつけられた際はマウンドに突進するのを自重する。
だが、これはあくまで首から下への投球の話だ。首から上、つまり頭部への死球は故意であれ、過失であれ、痛ましい事故や大乱闘の原因になる。
1920年、クリープランド・インディアンスのレイ・チャップマンが、ニューヨーク・ヤンキースのカール・メイズから頭部に死球を受け、その12時間後に死亡した。
またセイバー・メトリクスの始祖、ビル・ジェームズによると、1909年から1920年に4人のマイナーリーガーが死球でその生涯を終えた。
フィクションの世界では、満田拓也の野球漫画「MAJOR」(小学館)で、主人公の本田吾郎の父で、プロ野球選手の本田茂治が、頭部への死球が引き金となって死亡した。
リチャード・ローゼンのミステリー小説「ストライク・スリーで殺される」(ハヤカワ・ミステリ文庫)では、主人公でメジャーリーガーのハーヴェイ・ブリスバーグが犯人に、ボールで頭部を狙われ殺されかけるシーンがある。
頭部への死球は「ビーン」「ビーン・ボール」「ダスト」「ダスト・ボール」「ブラッシュバック」「ノックダウン」「シェーブ」「バーバー」、その行為自体は「ヘッドハンティング」と呼ばれている。
ヘッドハンティングは公式規則で禁止されている。規則には、「スポーツマンシップに反し、非常に危険な行為である。そのような行為は非難されるべきであり、実際に非難されている」とある。
審判団も、投手のヘッドハンティングに目を光らせている。違反者には当然、退場処分を下すのだが、その後の報復に発展しないよう、両球団に厳重に注意している。
審判団によるチェックの能力も向上している。30年間以上も野球記者の経験を持つ、ボルティモア・サン紙のピーター・シュマック記者は、「審判は以前よりも、ビーン・ボールを投げそうな投手を名指しで指名できるようになった」としている。
だが、投手陣はヘッドハンティングの正当性を主張している。ホームプレートに覆いかぶさるようにして打席に立つ打者に対しては、ヘッドハンティングも辞さない投球で警告を発している。
古くはアーリー・ウィン、ドン・ドライスデール、ボブ・ギブソンらに始まり、2003年のアメリカンリーグ・チャンピオンシップ・シリーズでは、 ヤンキースのカリーム・ガルシアと、ボストン・レッドソックスのペドロ・マルチネスによるビーン・ボールの応酬があった。
1910年のセントルイス・ポストディスパッチ紙には、「最も偉大で、最も効果的なボールがビーン・ボールだ。(中略)それは、あくまでバッターの頭のあたりに投げるもので、ぶつけるものではない。それでもバッターを怖がらせるには有効で、恐怖心に駆られたバッターはのスイングは逃げ腰になるだろう。まさに芸術的な投球だ」と、ヘッドハンティングを支持する一文が掲載された。
また、1980年代に行われた懲罰委員会では、アメリカンリーグのボビー・ブラウン当時会長がヘッドハンティングへの厳罰を提案したが、周囲からの猛反発に合い、導入は見送られた。
打者は、打席の外でも狙われることもある。ブルックリン・ドジャース(現ロサンゼルス・ドジャース)のヒュー・ケーシーは、まだ打席に立っていないセントルイス・カージナルスのマーティ・マリオンの頭部にボールを投げつけた。
投球練習中、マリオンが投球に合わせて素振りをしていたことに、ケーシーは激怒。素振りをやめるよう言ったのだが、ついに実力行使に踏み切った。
デトロイト・タイガースなどでメジャー経験のあるジム・バニング上院議員は現役時代、ヤンキースのミッキー・マントルに死球を与えたことがある。
これは、ヤンキースのベンチがバニングの球種を見抜き、口笛で打席のマントルにサインを出していたため。バニングはベンチに投げる代わりに、マントルへの死球で警告を発した。
ヘッドハンティングを巡っては、審判団が目を光らせていることは、先に紹介した。各野球団体も、ビーン・ボールに異を唱えている。
だが、2006年にはアマチュア球界で、ヘッドハンティングの習慣を事実上認める司法判決が下された。
事件が起きたのは2001年。コミュニティ・カレッジ同士の練習試合で、リオ・ホンド・ロードランナーズというチームに属していた19歳のホセ・アビラが頭部への死球を受け、散発性の発作に苦しむことになった。
この死球は相手チームからの報復死球で、アビラ側がシトラス・コミュニティ・カレッジを、投手たちの監督不届きで訴えた。
下級裁判所ではアビラ側が勝訴し、事件はカリフォルニア州最高裁に持ち込まれたのだが、そこでは6対1でアビラの敗訴となった。コミュニティ・カレッジの選手は、対戦校から損害賠償を受け取れないと判断されたのだった。
「ビーン・ボールは野球につきもののリスクである」とは、判決を下したキャスリン・ミクル・ウェルドガー判事。「打者を狙った故意投球は、『ブラッシュバック』『ビーン・ボール』『チン・ミュージック』といった野球の専門用語として、慣習上受け入れられている」「良くも悪くも、故意投球は野球の根幹をなすものであり、競技につきもののリスクである。それは、警察が取り締まるような不正行為というわけではない。仮に、シトラス・カレッジの投手が故意にアビラを狙って投げたものだとしても、彼の行為は野球における通常の行為の範疇を逸脱するものではない」と、判決理由を述べた。
冒頭で紹介した2件の頭部への死球は、状況からヘッドハンティングとは言い難い。だが、故意、過失を問わず、ビーン・ボールが痛ましい事故を招いた点は、否めない。
そのタイガースでは、10日の対広島東洋カープ第1回戦で、藤井彰人がカープの大竹寛から顔面に死球を受けた。翌日広島市内の病院で精密検査を受けた藤井は、左頬骨の骨折と診断された。
米メジャーリーグには、「敵から受けた痛みは、どんなに痛くても痛そうにするな」という不文律がある。また投手は状況が許す限り、打者の首から下にぶつける権利が認められているし、打者も体にぶつけられた際はマウンドに突進するのを自重する。
1920年、クリープランド・インディアンスのレイ・チャップマンが、ニューヨーク・ヤンキースのカール・メイズから頭部に死球を受け、その12時間後に死亡した。
またセイバー・メトリクスの始祖、ビル・ジェームズによると、1909年から1920年に4人のマイナーリーガーが死球でその生涯を終えた。
フィクションの世界では、満田拓也の野球漫画「MAJOR」(小学館)で、主人公の本田吾郎の父で、プロ野球選手の本田茂治が、頭部への死球が引き金となって死亡した。
リチャード・ローゼンのミステリー小説「ストライク・スリーで殺される」(ハヤカワ・ミステリ文庫)では、主人公でメジャーリーガーのハーヴェイ・ブリスバーグが犯人に、ボールで頭部を狙われ殺されかけるシーンがある。
頭部への死球は「ビーン」「ビーン・ボール」「ダスト」「ダスト・ボール」「ブラッシュバック」「ノックダウン」「シェーブ」「バーバー」、その行為自体は「ヘッドハンティング」と呼ばれている。
ヘッドハンティングは公式規則で禁止されている。規則には、「スポーツマンシップに反し、非常に危険な行為である。そのような行為は非難されるべきであり、実際に非難されている」とある。
審判団も、投手のヘッドハンティングに目を光らせている。違反者には当然、退場処分を下すのだが、その後の報復に発展しないよう、両球団に厳重に注意している。
審判団によるチェックの能力も向上している。30年間以上も野球記者の経験を持つ、ボルティモア・サン紙のピーター・シュマック記者は、「審判は以前よりも、ビーン・ボールを投げそうな投手を名指しで指名できるようになった」としている。
だが、投手陣はヘッドハンティングの正当性を主張している。ホームプレートに覆いかぶさるようにして打席に立つ打者に対しては、ヘッドハンティングも辞さない投球で警告を発している。
古くはアーリー・ウィン、ドン・ドライスデール、ボブ・ギブソンらに始まり、2003年のアメリカンリーグ・チャンピオンシップ・シリーズでは、 ヤンキースのカリーム・ガルシアと、ボストン・レッドソックスのペドロ・マルチネスによるビーン・ボールの応酬があった。
1910年のセントルイス・ポストディスパッチ紙には、「最も偉大で、最も効果的なボールがビーン・ボールだ。(中略)それは、あくまでバッターの頭のあたりに投げるもので、ぶつけるものではない。それでもバッターを怖がらせるには有効で、恐怖心に駆られたバッターはのスイングは逃げ腰になるだろう。まさに芸術的な投球だ」と、ヘッドハンティングを支持する一文が掲載された。
また、1980年代に行われた懲罰委員会では、アメリカンリーグのボビー・ブラウン当時会長がヘッドハンティングへの厳罰を提案したが、周囲からの猛反発に合い、導入は見送られた。
打者は、打席の外でも狙われることもある。ブルックリン・ドジャース(現ロサンゼルス・ドジャース)のヒュー・ケーシーは、まだ打席に立っていないセントルイス・カージナルスのマーティ・マリオンの頭部にボールを投げつけた。
投球練習中、マリオンが投球に合わせて素振りをしていたことに、ケーシーは激怒。素振りをやめるよう言ったのだが、ついに実力行使に踏み切った。
デトロイト・タイガースなどでメジャー経験のあるジム・バニング上院議員は現役時代、ヤンキースのミッキー・マントルに死球を与えたことがある。
これは、ヤンキースのベンチがバニングの球種を見抜き、口笛で打席のマントルにサインを出していたため。バニングはベンチに投げる代わりに、マントルへの死球で警告を発した。
ヘッドハンティングを巡っては、審判団が目を光らせていることは、先に紹介した。各野球団体も、ビーン・ボールに異を唱えている。
だが、2006年にはアマチュア球界で、ヘッドハンティングの習慣を事実上認める司法判決が下された。
事件が起きたのは2001年。コミュニティ・カレッジ同士の練習試合で、リオ・ホンド・ロードランナーズというチームに属していた19歳のホセ・アビラが頭部への死球を受け、散発性の発作に苦しむことになった。
この死球は相手チームからの報復死球で、アビラ側がシトラス・コミュニティ・カレッジを、投手たちの監督不届きで訴えた。
下級裁判所ではアビラ側が勝訴し、事件はカリフォルニア州最高裁に持ち込まれたのだが、そこでは6対1でアビラの敗訴となった。コミュニティ・カレッジの選手は、対戦校から損害賠償を受け取れないと判断されたのだった。
「ビーン・ボールは野球につきもののリスクである」とは、判決を下したキャスリン・ミクル・ウェルドガー判事。「打者を狙った故意投球は、『ブラッシュバック』『ビーン・ボール』『チン・ミュージック』といった野球の専門用語として、慣習上受け入れられている」「良くも悪くも、故意投球は野球の根幹をなすものであり、競技につきもののリスクである。それは、警察が取り締まるような不正行為というわけではない。仮に、シトラス・カレッジの投手が故意にアビラを狙って投げたものだとしても、彼の行為は野球における通常の行為の範疇を逸脱するものではない」と、判決理由を述べた。
冒頭で紹介した2件の頭部への死球は、状況からヘッドハンティングとは言い難い。だが、故意、過失を問わず、ビーン・ボールが痛ましい事故を招いた点は、否めない。
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