ウイスキー、ロレックスからディズニーグッズまで 転売というビジネス 2年間の密着取材で迫った実像とは
ここ数年、新商品や限定品などをネット上で高額転売する人たちへの非難の声は高まるばかりだ。それなのにどんどん増えている“転売ヤー”と呼ばれる人々。そもそも彼・彼女らには一体どのような背景があり、どういった行動原理を持って転売界隈を暗躍しているのだろうか?
発売告知の段階で50万超インプレッション
現在発売中のノンフィクションライター・奥窪優木氏による『転売ヤー 闇の経済学』(新潮新書)は、顔の見えない“転売ヤー”一人一人に強烈なスポットライトを当てた必読の名著。ポケモンカード、ディズニー商品、羽生結弦グッズ、PS5、スマホ、ロレックス…。約2年に渡って“転売ヤー”たちに取材・同行した奥窪氏だからこそ書けた転売の実情とからくりは、まさに“あなたの知らない世界”状態だ。
それだけに皆が覗いてみたいと思う。本書発売告知のニュースはX上で50万超のインプレッションを記録。この反響を「転売ヤーが現代社会のホットトピックになっている証拠」と指摘する奥窪氏が転売ヤーに興味を持ったのは、コロナ禍に起きたマスク転売騒動だった。
きっかけは大掛かりなマスク転売
「国をまたいだ中国人のマスク転売業者を取材して驚いたのは、転売とは商品を単に右から左へ流すものではないということ。実際は背景に大きな組織がいたりして割と入り組んでおり、かなり大掛かりでした。コロナ禍が明けると今度はマスクとは関係ない転売ヤーたちの活動が話題になり、金儲けの為ならば法を犯すことも厭わない裏社会の人たちも“今は転売が熱いぞ!”と言い始めた。転売市場の活性化を肌で感じました」
時を同じくして、ネット上でも“転売ヤー”を非難する声が散見されるようになった。しかし「みんなが転売ヤーにムカついてはいるけれど、その実態に対するイメージは実はふんわり。どんな人間がやっているのか?という点にはフォーカスされていなかった。転売ヤーも人間なので、転売に手を染める背景は必ずあるはず。その実像を浮き彫りにすることが、転売ヤー問題への議論を深める一助になるのではないかと思った」と本格的に取材を進めることにした。
日本人はもちろんのこと、中国人、ベトナム人、そして背景に闇組織がチラつく様々な“転売ヤー”が登場。未開封ポケモンカードの中からレアカードを探し当てる奇妙な工程や、購入制限のある限定グッズを効率よくゲットする裏技などが奥窪氏の鋭い観察眼を通してつまびらかにされる。
「彼らの中には社会的に嫌われているという自覚はあるようですが、転売自体に罪の意識はありません。こちらの取材に対して後ろめたさから躊躇するという事はありませんでしたが、自分の儲けの種明かしをしたくないという抵抗感はあったようです。企業秘密をほかの転売ヤーに真似をされたら困るからと」
転売ヤーの心理にゲーム性?
ある“転売ヤー”は奥窪氏の取材に、ネット上には「転売市場で今熱い商材を見つける魔法の言葉がある」と明かす。何が「魔法の言葉」なのかは、本書をお手に取って確認していただきたい。必ず「へえ〜!」と感心するはずだ。
「僕もそれを言われたときに『なるほどね〜』と唸りました。同時にその言葉が出ているということは、新規転売ヤーにとっては出遅れていることを意味するわけですが、一歩出遅れていてもやり方次第では儲かるともとれる。それは需要と供給が成り立つことを意味しており、転売ヤーが減らない理由もわかる気がしました」
それにしても大量購入したポケモンカードを地道に検品作業したり、全国を飛び回って何店舗も巡って商品購入のために行列に並んだり、せっせと梱包作業にいそしんだり。一般的感覚からすると「そこまでの労力をかけてまでやる!?」という驚きもある。何が彼らを駆り立てるのか?
奥窪氏は「ウイスキーやロレックスなどの利幅の大きい商品は別として、ディズニーのグッズなどの利鞘は今や1,000円、2,000円の世界。ビジネスとしては地道で薄利多売です」と明かしながら「組織に雇われて動いている人は別ですが、個人の転売ヤーはゲーム性に面白味を感じているように見えました。自分で編み出した転売ビジネスのロジックが思い通りにいった時の充足感と言えばいいのか。それを彼らにぶつけると『儲かるからやっているだけ』と否定しますが」
転売ビジネスと闇バイト
ネットやSNSの普及によって、反社組織が裏で糸を引く転売ビジネスとは知らずに一般人が手を染めてしまうケースも珍しくないという。近年急増して社会問題化している闇バイト問題と根っこは近しいのかもしれない。
「本書では触れませんでしたが、転売ヤー要員を集めるリクルーティング会社のような組織も存在します。そのような会社は当然怪しげな組織とも繋がっており、転売ビジネス以外にスマホ契約の名義貸しビジネスを担っていたりもする。最初は犯罪性の低い転売ビジネスに参加させて、信用出来ると思ったら反社会性の高い仕事を紹介する。強盗をさせるような闇バイトまで発展するかはわかりませんが、実際にスマホ契約の名義貸しに誘われたというケースは確認できています」
他人名義のキャッシュレス決済で購入された商品が転売され、現金化されたという怖いケースも本書には記されている。「転売云々の前にクレジットカードの不正利用という時点で犯罪です。しかしSNSや個人売買のネットショッピングのインフラが整ったことで、転売市場が確立されて犯罪組織も現金化しやすくなっている証拠ではないでしょうか」
本書の中で奥窪氏は「転売される物品が常に合法的に入手されたものとは限らない。その出所を疑ってみることも必要」だとの警鐘を鳴らす。『転売ヤー 闇の経済学』は“転売ヤー”達の荒らしに怒って終わるのではなく、その深層を見つめることの重要性を気づかせてくれる今日的な一冊だ。
(まいどなニュース特約・石井 隼人)