酷評スタートの朝ドラ『おむすび』が、震災の描写でムードが一変…!これから訪れる「本当の勝負」
「来年1月17日」に迎える大勝負
朝ドラ『おむすび』(NHK総合)がターニングポイントを迎えている。
9月30日の第1話放送時から子役時代をはさまず、いきなり主演・橋本環奈を登場させてスタートダッシュを図ったが、序盤からネガティブな声が続出。女性偉人の一代記で社会問題を次々に扱った前作『虎に翼』からの反動や、軽い平成ギャルの描写への違和感などもあって、連日Xには「#反省会」のコメントが書き込まれている。
苦しいスタートとなったが、10月28日からの第5週に入ってムードが微妙に変化。主人公・米田結(橋本環奈)ら家族が阪神・淡路大震災で被災した過去が描かれたことでネガティブな声が減り、「こういうことだったのか」「少し様子を見よう」などの冷静なコメントが見られるようになった。
『おむすび』は来年3月まで放送されるため、年明けの1月17日には阪神・淡路大震災から、ちょうど30年の節目を迎える。当日に放送があり、しかも週を締めくくる金曜だけに、真正面から取り扱い、何かしらのメッセージを発信するのだろう。つまり制作サイドは30年の節目を承知で阪神・淡路大震災を扱うことを決めたことは確かだ。
となれば、『おむすび』にとって本当に重要なのは、その大勝負となる来年1月17日までの残り2ヵ月間。5週目でようやく好転しはじめた流れをどのようにつなげていくのか。どんな物語で視聴者を引きつけていくのか。
恋の既定路線を視聴者と共有する
7日に放送された第29話で、結の姉・歩(仲里依紗)が「ギャルになった理由」を語ったことでギャルの描写に対する視聴者の違和感はある程度軽減されただろう。ただ、11日からの第7週以降、結が「ハギャレン」に復帰することで、ギャルの描写はまだまだ続いていく。
特に「仲間が呼んだらすぐにかけつける」「他人の目は気にしない。自分が好きなことは貫け」「ダサいことは死んでもするな」という3つの掟は今後、結の言動基準になっていくことが推察される。ギャルの派手な外見を抜きにして考えると、この3つは「カッコイイ」「潔い」「頼もしい」と感じられるものであり、これまで夢を持たずあきらめたような日々を送ってきた結とは異なる姿が見られるのだろう。
そして第7週で描かれるのは結の恋。もともとヒロインの恋は主婦層を中心に女性視聴者の多い朝ドラにおける見どころの1つであり、ここで今後の結婚につながるよいムードを作っておくことが求められる。
ここまでの物語で結は、書道部先輩の風見亮介(松本怜生)に恋心を抱くも恋人がいて傷心。また、幼なじみの古賀陽太(菅生新樹)から思いを寄せられる描写は多いが、結はまったく気にかけておらず、2人が恋人関係になるムードはない。
恋の相手は第1話から登場し、子どもの落とし物を拾うために海に飛び込んだ結を「溺れた」と勘違いして助けた四ツ木翔也(佐野勇斗)で確定だろう。第14話で結が道に迷っていた翔也の母・幸子(酒井若菜)を助けたこと、第21話・22話で結が翔也に被災当時の話を打ち明けたこと、第28話で突然倒れた結を家まで運んだこと。
これらを踏まえると、よほどのことがなければ「2人は恋に落ち、結婚する」という既定路線を視聴者と共有していく。そこに意外性は必要なく、わかりやすい恋の流れは朝ドラらしさと言っていいかもしれない。
結の進路はすでに明かされている
しかし、だからこそ結の恋をどう描くかが大切になる。視聴者に「結と翔也の恋を応援したい」と思わせられるか。「結と翔也に結婚してほしい」と思わせられるのか。結が翔也への恋心を自覚するシーンが1つの試金石になりそうだ。
さらに第7週では、高校卒業に向けた進路の選択も描かれるという。
制作サイドは放送前から「2007年 再びの神戸編」があることを発表していた。それを知らなかった人も連日の放送を見ていれば、父・聖人(北村有起哉)や姉・歩の言動から、一家がいずれ神戸に戻ることに気づいていたのではないか。
また、ホームページ、番宣番組、ネット記事などでも、結が高校卒業後に栄養士を目指すことが明かされていた。これもそのきっかけが第7週で描かれるだけに、夢と自覚するまでの経緯をどう描くのか。説得力のあるシーンが必要だろう。
いずれにしても、現代劇の朝ドラヒロインが高校卒業を控えて進路に悩むのは定番の流れであり、「夢を見つけて舞台となる場所が移り、第2章がスタート」という展開も定番。視聴者がその後の物語に興味を持つためには、やはり第7週が重要になる。
ただ、当然ながら重要なのは第7週だけではない。冒頭にあげたように、阪神・淡路大震災からちょうど30年となる年明け1月17日という大きな節目まで、どのように物語をつないでいくのか。11月18日からの第8週から1月13日からの第15週までの8週間、どんな物語をつむいで視聴者を引きつけていくのか。
もしこの8週間にわたる物語が盛り上がらなければ、序盤のネガティブなムードが再燃するだろう。むしろ一度、阪神・淡路大震災を真っ向から扱ったことで、求められる人間ドラマのハードルは上がったのかもしれない。
成否の鍵を握るのは神戸の人々
では震災当日までの8週間では何が描かれるのか。
ここまでは物語の大半が結のエピソードだったが、今後は周辺の人々の人生もしっかり描かれていくだろう。特に舞台が神戸に移ることで震災の当事者たちが多数登場する。
商店街で靴店を営み、娘を亡くした渡辺孝雄(緒形直人)、パン屋を営む佐久間美佐江(キムラ緑子)と娘で結の幼なじみの菜摘(田畑志真)、神戸の復興に努める市役所職員・若林建夫(新納慎也)、歩の旧友で古着店の店主・チャンミカ(松井玲奈)、小学校教師・大崎彰(ミルクボーイ・内海崇)など、愛すべきキャラクターのエピソードで引きつけたいところだろう。
なかでも震災発生後、結たちが糸島に行ったあとや傷心から再生する心理描写は共感を誘い、1月17日への感情移入につながるのではないか。また、理髪店を再開する父・聖人と、それを支える母・愛子(麻生久美子)、親友・真紀(大島美優)を失った過去を引きずる姉・歩の心境がどう変わっていくのかも注目されそうだ。
もう1つ成否の鍵を握りそうなのが、結が入学する栄養専門学校の関係者たち。ここで役柄の説明は控えるが、同級生の矢吹沙智(山本舞香)、湯上佳純(平祐奈)、森川学(小手伸也)、担任・桜庭真知子(相武紗季)と講師・石渡常次(水間ロン)も重要な役割を担っている。
商店街の人々とともに栄養専門学校の関係者が愛されるほど、作品そのものへの支持につながっていく。戦前戦後の厳しい描写がない現代劇の朝ドラは主人公以外のキャラクターが愛されなければ「物足りない」「退屈」などと言われやすいだけに、脚本・演出の出来が評判を左右するだろう。
もちろん栄養専門学校での実習も見どころの1つであり、結の就職活動も注目のポイント。さらに、翔也との恋はどんな方向へ進んでいくのか。朝ドラヒロインの多くに結婚のシーンがあるだけに、それが描かれる時期も作品の評判を左右するかもしれない。
現代劇ばかり批判を受ける背景
朝ドラが8時ちょうどのスタートになり、2000年代の低迷期にピリオドを打った2010年の『ゲゲゲの女房』以降、『てっぱん』『純と愛』『あまちゃん』『まれ』『半分、青い。』『おかえりモネ』『ちむどんどん』『舞いあがれ!』などの現代劇が放送されてきた。
朝ドラのメインである“戦前戦後が舞台の偉人一代記”と比べると批判を浴びた作品が多く、『おむすび』の序盤も同様だった。特に『ちむどんどん』以降は「#反省会」の浸透もあってスタッフとキャストは厳しい視線にさらされている。
戦前戦後が舞台の偉人一代記は、モデルとなる人物がいて、厳しい時期を史実通りに再現していくため叩かれにくいが、オリジナルの現代劇は「小さなスキを見せただけで人々から叩かれる」という厳しい環境。さらに「朝ドラの批判記事はPVが取れる」がネットメディアのセオリーになったことで、ネガティブなムードに火が点きやすく、消えにくくなった。
『おむすび』はスタート時からネット上の動きを追いかけてきたが、決して批判だけではなく、「気楽に見られる」「現代劇も楽しい」「『虎に翼』は重かったからこれくらいがいい」などの好意的な声も少なくない。
ただ、朝ドラは批判をピックアップし、失敗作のように扱うほどPVを取りやすいため、多くのネットメディアが酷評記事を乱発している。だからこそ、ここから来年1月17日までの物語で、その流れをできるだけ覆しておきたいところだろう。
「令和」の結はどんな人物なのか
ところが、その大きなターニングポイントとなる来年1月17日の放送を終えても、まだ残り2ヵ月強の期間が残っている。やはり週5日×半年間にわたる朝ドラの放送期間は長く、最後は「結の成長や成功をどのレベルまで描くか」の選択が鍵を握るのではないか。
ホームページの「この番組について」という番組紹介欄には、「主人公・米田結が、激動の平成・令和を思い切り楽しく、時に悩みながらもパワフルに突き進みます!」という記述がある。“令和”まで描かれることは確定であり、30代に突入した結の姿が描かれるのだろう。その時、結はどれだけ視聴者から「続きが見たい」と愛される主人公になっているのか。
もともと「NHK大阪放送局が制作する朝ドラは年末年始の中断をはさむため構成が難しい」と言われ続けてきた。年末に1つ目の大きな見せ場がほしいし、年明けの1月末から2月頭あたりにも何らかのピークを持ってくる作品が多い。さらに3月末の最終回に向かうクライマックスも必要になる。
加えて『おむすび』には阪神・淡路大震災から30年という1月17日の節目も加わるだけに、どう構成するかによって視聴者の印象は大きく変わるだろう。「あえて難しいオリジナルの現代劇を選び、阪神・淡路大震災を真っ向から扱う」という気骨ある当作のスタッフには、その高いハードルを超えてほしい。