アルバイトが商談まで…ドンキの躍進を支える“権限委譲”の文化とは:読んで分かる「カンブリア宮殿」
絶品ピザ、極上寿司…〜秘密は店への「権限委譲」
2024年3月、東京・板橋区にオープンしたMEGAドン・キホーテ成増店。大にぎわいなのは惣菜売り場だ。「本気の2種モッツァレラマルゲリータ」(1080円)など、人気のピザは店内のオーブンで一枚一枚焼き上げている。
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だが、普通の惣菜や弁当だけではない。売り場の一角に「みんなの75点より誰かの120点」という文字が。そこで売っていたのは、例えば「あんだく溺れ天津飯」(430円)は、「食べている途中で餡がなくなるのが許せない」という声を受けて、ありえないくらい餡を入れた天津飯だ。「はみだしすぎィなニンニクチキンステーキおにぎり」(322円)も。これらはドン・キホーテのPBの一つ「偏愛めし」だ。
権限委譲の売り場作りで中村が最も力を入れたのが寿司売り場だ。「もりもりうに丼」(1707円)、「もりもりずわいがに丼」(1275円)など、極上ネタの寿司がズラリと並んでいる。
中でも客が次々と手に取っていくのがマグロづくしの握り寿司。本マグロの中トロと赤身の贅沢な厚切りの「極み本まぐろ握り(9貫)」が1059円だ。
中村はこうした高額なネタの寿司をリーズナブルな値段で出すことにこだわった。その結果、成増店は全国のドン・キホーテの中で寿司の売り上げトップになった。
この成増店は以前、総合スーパーのダイエーで、2019年12月に閉店した後は4年以上空き店舗になっていた。客は「コロナの頃になくなって不便だった」と言う。そこにドン・キホーテが出店したのだ。
「こういった惣菜があるので、週に2、3回来て下さるお客様も。そういう狙いもあって充実させました」(中村)
中村は地元のニーズを最大限、取り込んだ店作りで成功を勝ち取った。こんなことができるのも「権限委譲」という企業文化が根付いているからだ。
アルバイトが商談まで〜常識破りの「権限委譲」
成増店の菓子売り場を担当するのは入社2年目の安田将宇。独自の判断で大量に仕入れたクランキーチョコの品出しをしていた。
「いつもより安く仕入れられたので、量を多めにとって安く売ろうかな、と」(安田)
品出しを終えた安田は値段を355円から301円に値下げ。上司に相談は一切なし。売り場担当者の判断が全てなのだ。
「これだけ好き勝手にやることが許される会社はないと思うので、とても楽しくやっています」(安田)
一人の商売人として勝負できる。だから高いモチベーションが生まれるのだ。
権限を委譲されるのは社員だけではない。東京・北区のドン・キホーテ赤羽東口店で14年アルバイトをしている佐藤春香は衣料品売り場を担当。この日の仕事は「発注をしています。在庫が減ってきたものやサイズが偏ってしまったものなどを」と言う。
アルバイトでも社員と同じように仕入れの権限を持っていて、自分の裁量で発注もできるのだ。売れ残った商品をセール品にするのも佐藤の判断だ。
独自に仕入れ、ヒットを生んだ商品が「赤羽Tシャツ」(1428円)。周辺に飲み屋が多く、店員が買ってくれるかもしれないと仕入れてみたら大ヒットした。
佐藤をこの日、訪ねてきたのは「赤羽Tシャツ」を作ったメーカー「バディクリエート」の近藤健太さん。秋冬物の提案にやってきた。こうした商談もアルバイトが一人で行う。ドン・キホーテの権限委譲はここまで徹底しているのだ。
「アルバイトに任せてもらえて、自分が仕入れたものが売れていくのは楽しいです」(佐藤)
全国に634店舗を展開するドン・キホーテ。そのトップに立つPPIH社長CEO・吉田直樹(59)は「商品の構成は店によって全然違います。本部が指示することはない」と言う。
ドン・キホーテは同じように見えて一店一店が全く違う。例えば東京・渋谷のMEGAドン・キホーテ渋谷本店は、客の7割を海外からの観光客が占めている。だから他のドン・キホーテではあまり見かけない英語、中国語、韓国語で書かれたポップが。
人気があるのが日本の菓子。手軽なお土産と、大量に買っていく人が多い。外国人に人気がある商品を中心に仕入れ、1カ月で約20億円を売り上げている。
インバウンド客狙いの店作りを推し進める店長の西川智尋が特に強化したのがキャリーケース売り場だ。
「訪日のお客様が増えて需要が高まっていたので増やしていった形です」(西川)
今では国内外の商品約1000点を販売。100リットルの「拡張ジッパーキャリーケース(Lサイズ)」1万3189円など、手頃な商品が多い。驚くべきことに、毎日、並んでいる商品の8割が売れてしまうと言う。
大量のお菓子とキャリーケースを買った客が、店内の隅で、買ったお菓子をキャリーケースに詰め始めた。ドン・キホーテで土産物とキャリーケースを一緒に買って持ち帰るやり方が、外国人観光客の間で広まっている。この行動に気づいた西川は売り場を拡大していった。
「まだまだ売れると思います。思惑通りです」(西川)
一方、東京・大田区の京急蒲田駅の改札から近くにあるドン・キホーテ京急蒲田店の店内はコンビニのような雰囲気が漂う。目立つ場所に並んでいるのはオリジナルの弁当やおにぎり。駅を利用する学生や会社員が立ち寄ることが多く、コンビニ代わりに使えるように店作りを行っている。
ドン・キホーテらしさもちゃんとある。カラーコンタクトの売り場だ。ドン・キホーテはカラーコンタクトの店舗売り上げトップ。若い女性客が立ち寄るこの店でも売り場を強化している。
「10代、20代の女性のお客様が増えました。そのおかげでコスメ全体の数字が向上しました」(店長・齊藤一)
個人店のように店を作る。この柔軟性こそドン・キホーテの強みなのだ。
不振の「ユニー」が復活!〜ドンキ式驚きの店作り
2019年にPPIHの傘下に入ったスーパーの「ユニー」が今、絶好調だ。
愛知・稲沢市の「アピタ」稲沢店。売り場は以前とさほど変わっていないように見えるが、中身は別の店になったようだと言う。「ユニー」時代から24年、この店で働いている菓子売り場担当のパート・橋本よし子は「一番変わったのは『発掘商品』。自分で特別な方法で注文して並べる」と言う。
以前は本社が決めた商品が届き、どの店舗も同じ商品が同じ場所に並んでいた。それが今はドンキ式の権限委譲が進み、売り場担当者の裁量で仕入れもできるようになったのだ。
橋本が仕入れたのが「ピーナッツ煎餅」。「1カ月で700〜800個売れて自分でもびっくり」と、菓子売り場の人気ナンバーワン商品になった。
「当たり前のものを売って、売れるのは当たり前。でも『これ、いいかな』と思って仕入れた商品が、在庫を切らせないぐらい大事な商品になると、すごいと思います」(橋本)
各売り場の担当者がそれぞれの判断で商品を仕入れ特色を出すと、店全体に相乗効果が波及。買収から5年で年間売り上げは900億円増加し、2024年は7029億円に。営業利益は2倍以上の448億円に膨らんだ。
9月、ユニーの本社に社員たちが集結した。集まったのは新たな人事制度、ミリオンスター制度のもと、支社長を任された人たちだ。
ミリオンスター制度とは、人口100万人の商圏ごとに区分けし、そこにある数軒の店舗の経営を支社長に任せるというもの。権限は社長と同等という究極の「権限委譲」が行われる。ドン・キホーテにはこうした支社長がすでに158人(ドン・キホーテ104人、ユニー54人)も生まれている。
「ほぼ自分でやりたいことを決められる。非常に魅力のあるポジションだと思います」(アピタ名古屋第1支社長・五十嵐愛)
しかし、一度就任したら安泰、というわけではない。都内6店舗の東京A第4支社長を務める竹内斐は、かつて「最初の上半期で下から3番目になったこともあり」降格の危機に。ミリオンスター支社長は、成績が悪ければ留まることのできないポジション。そこで竹内は売り場改革のテコ入れを行い、残りの半年で結果を出し、降格を免れた。
「結果を出すためのギリギリの状態だからこそ『本当の本気』が垣間見える」(竹内)
支社長同士を競わせることで全体の底上げを図るのも狙いなのだ。
安田イズムを伝える「源流」〜「権限委譲」の真髄とは?
このミリオンスター制度は、創業者の安田が「権限委譲」をより根付かせるために導入した。安田に請われて入社した吉田は、この「権限委譲」に頭を悩ませてきたと言う。
吉田がドン・キホーテ(現PPIH)に入社したのは2007年。数年後、「権限委譲」について深く考えさせられる出来事が起きた。
吉田が部下の法務部長にあれこれ細かく指示を出した時のこと。しばらくすると安田から電話があり、『「権限委譲」とは何か?』と問いただしてきた。吉田が何を言っても「違う!違う!」とけんもほろろ。そして「権限委譲とはプロセスコントロールをしないこと。以上!」と言い放った。
「喉元まで出ても、どんなに正しいことでも、権限委譲したのであれば言ってはダメなんだと。それは本当に驚きました」(吉田)
吉田が大事にしている本『源流』は、安田が2011年に記したドン・キホーテの理念集だ。
その中には、企業原理の「顧客最優先主義」や経営理念でもある「権限委譲」などについて選び抜いた言葉で書かれている。吉田が繰り返し開いていると言うページには「信頼と尊敬の善循環」と書かれている。
「どんなに正しいことを言っても、人がついてこなければ意味はない。そのためには信頼され、上司は尊敬されるようにならないといけない」(吉田)
極端な戦略を支える考え抜かれた理念。かくしてドン・キホーテの大躍進は生まれた。
世界最大級店が誕生!〜ドンキの世界戦略とは?
2024年4月、アメリカ・グアムにオープンした「ヴィレッジ オブ ドンキ」、通称「ドンキ村」。
売り場面積は約1万1000平米。ドン・キホーテとして世界最大級の店舗となる。
店内には観光客の姿もあるが、メインターゲットは観光客ではない。奥の生鮮食品売り場に来ていたのは現地の人たちだ。
並んでいたのは山形産のデラウェアや長野産のシャインマスカット、青森産のリンゴ「ふじ」。日本産の野菜や果物が現地の他のスーパーより安く販売されていた。PBの納豆は3個パックで約300円。販売している食品約8200点の半分ほどが日本のものだという。
「牛丼」を日本流に試食販売している。ここは日本の「食」を徹底的に売り込む食品輸出の最前線となっているのだ。
ドン・キホーテは今、海外進出を加速させている。2019年に社名をパン・パシフィック・インターナショナル・ホールディングス(PPIH)に変えたのも戦略の一環。その名の通り、太平洋を囲むように海外進出し、すでに113店舗を展開。海外だけで売り上げは3000億円を突破した。
週に2〜3回は来ると言うヘビーユーザーのテセウスさん一家がかごに取っていたのは人気の博多ラーメンチェーンの「一蘭ラーメン博多細麺ストレート」(3食、約3900円)、ドン・キホーテのPB「情熱価格」の「超特大!ガバガバ食べられるラー油」(約900円)、値が張る和牛ステーキなど他にも日本の食材をどっさり。会計はしめて308ドル(約4万5000円)だ。
ドン・キホーテがグアムにできて、一家の食生活は変わったという。
「日本の新しい食を試せるなんて、うれしい驚きです」(テセウスさん)
※価格は放送時の金額です。
〜村上龍の編集後記〜
20年くらい前の夏、渋谷で夕立が来た。ドンキの店頭にビニール傘が売っていた。マジックで黒々と100円と書いてあった。すぐ買った。夕立が来たのとビニール傘はほぼ同時だった。今考えると誰が用意したのだろうと思う。創業者が書いた『源流』の企業原理は「顧客最優先主義」で、第3条は「現場に大胆な権限委譲をはかり」とある。店のバイトがビニール傘を用意し100円という値段を決めたのだ。このエピソードはドンキの全てを象徴している。売上高は2兆円。その全ての努力は、バイトが用意したビニール傘が担っている。
<出演者略歴>
吉田直樹(よしだ・なおき)1964年、大阪府生まれ。1988年、国際基督教大学教養学部卒業。1995年、INSEAD卒業(経営学修士)、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン入社。2002年、オルタレゴコンサルティング設立。2007年、ドン・キホーテホールディングス(現PPIH)入社。2013年、専務取締役就任。2019年、代表取締役社長CEO就任。
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