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日本の20歳以上の慢性腎臓病(CKD)の患者数は、約1480万人と推定されるそう。腎臓は「沈黙の臓器」と言われ、気づかないうちに悪化してしまうおそれがありますが、東北大学名誉教授の上月正博先生は「かつて<不治の病>とされてきた慢性腎臓病は、運動と食事で<治せる病>になりつつある」と語っています。そこで今回は、上月先生の著書『腎臓の名医が教える 腎機能 自力で強まる体操と食事』から一部引用、再編集してお届けします。

【書影】腎臓寿命を延ばす!東北大学病院式の腎臓リハビリを伝授。上月正博『腎臓の名医が教える 腎機能 自力で強まる体操と食事』

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慢性腎臓病=安静第一は正しいのか?

長い期間、世界的にも「慢性腎臓病になったら安静第一」が常識でした。その理由としては、慢性腎臓病の患者さんが運動をすると、尿たんぱくが増えるためです。

腎臓のろ過機能を担う糸球体(しきゅうたい)で尿がきちんとろ過され、必要なものがきちんと再吸収されれば、本来、尿にたんぱく質は混じりません。

しかし、運動すると、尿にたんぱく質が漏(も)れ出てきます。本来、通り抜けるべきではないたんぱく質が糸球体を通り抜けてしまうこと、このこと自体が糸球体にとっての負担となります。すなわち、腎機能を悪化させる要因になると考えられてきました。

たんぱく質が糸球体を通過してしまう状態が続けば、病気の進行がそれだけ早まるとされ、運動は避けるべきとなったのです。

実際、慢性腎臓病の患者さんが入院して安静にしていると、尿中に出るたんぱく質は減ります。それが安静による効果と見なされてきたのです。

しかし、そんな患者さんが退院したのち、普通に生活をしているだけでも、また入院前と同じように尿にたんぱく質は出るようになります。

つまり、安静にしたから腎機能がよくなったわけではないのです。

こうしたパターンの患者さんを多く診てきて、腎機能が低下しつつある状態の患者さんにとって、安静にすることが本当に腎臓の保護につながるのだろうかと、私は疑問を抱くようになりました。

1日ベッドにいるだけで2歳老化する

私がそんな疑問を抱くようになった背景には、日々、患者さんを診ているうちに安静がもたらす害を実感するようになったからです。

1990年、当時34歳だった私は、岩手県立宮古病院で内科医長を務めていました。当時の宮古病院では、入院患者さんの多くが高齢者でした。

入院の原因の多くは肺炎や心不全などで、治療によって回復したにもかかわらず、ベッドから起き上がれなくなってしまう患者さんが多かったのです。治療のため、安静にして休んでいる間に、筋力が低下したことが原因でした。

一般的に筋肉量は、20代後半から30代はじめにピークに達したのち、1年経過するごとに1%ずつ減っていきます。しかし、体を動かさずに安静にしていると、早いスピードで筋肉が落ちていきます。

まる1日ベッドで安静にしていると、たった1日のうちに、2%の筋肉量が低下してしまうことがわかっています。

つまり、たった1日で2歳老化したのと同じことが起こるのです。

1980年代辺りまでは、腎臓病に限らず、多くの疾患の治療において安静が重要と考えられてきました。

例えば、心筋梗塞(しんきんこうそく)(心臓の血管が詰まって起こる病気)を起こした患者さんは、心筋の一部が壊死(えし)し、それが瘢痕(はんこん)(ケロイド)化します。

その部位が安定するまでは無理なこと(運動など)をすると心臓が破裂するとされ、長年、安静が推奨されてきました。

しかし、医療や医学研究の進展によって、そうした安静への志向に疑問が持たれるようになっていきました。

特に手術後に安静を保つことに疑問が持たれ始め、むしろ「安静は有害」という考え方が次第に広がり始めます。

アメリカから始まった変化

変化はまずアメリカから起こりました。入院期間の短縮化が進み始めます。早期離床の研究が進み、患者さんがベッドから離れる期日や入院期間がだんだん短くなっていきました。

「じっとしていると、その分だけ体力が低下して寿命が縮まる」として、手術を受けたらできるだけ早くベッドから起き上がり、早くリハビリを始めることが回復を助けると考えられるようになってきたのです。

アメリカに追随するように、日本でも、手術後の入院期間の短縮などが遅ればせながら進み始めます。

しかし、慢性疾患の患者さんや高齢者の健康管理については、安静や運動不足が体に大きな害をもたらすという考え方は、まだまだ広まっていませんでした。

慢性腎臓病だけに限りませんが、病気をよくするためには安静がよいという考えは、近年まで根強く残っていたのです。

繰り返しになりますが、入院した原因である病気がよくなっても、安静にし過ぎた影響で歩けなくなってしまう患者さんを、私は多く診てきました。

このような臨床の経験が、のちに腎臓リハビリを構想するための一つの契機となったのです。

安静第一から運動推奨へ転換した発端

安静第一から運動推奨へ、この転換を引き起こす研究の発端となったのは、あるラットの実験でした。

1995年のことです。私は、東北大学病院のリハビリテーション科(内部障害学分野・内部障害リハビリテーション科)に移籍し、そこで新たな研究に取りかかりました。


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リハビリテーション(リハビリ)は、私が強い関心を抱いていた分野です。内科疾患で苦しんでいる患者さんに、リハビリの側面から何かサポートできるのではないかと考えていました。

リハビリといえば、それまでは整形外科的な疾患でひざや腰などを痛めた人や、脳血管疾患の後遺症で足などがマヒした人が、損なわれた機能を回復するために行うものに限られていました。

しかし、この頃、新たなリハビリの研究が多方面から進められるようになってきました。私自身も、心臓疾患の患者さんに向けたリハビリの研究を手がけることになりました。

そんな研究の流れの中で、私が始めた研究の一つが、末期腎不全のラットを使った実験でした。

腎機能が低下したラットに運動をさせると、尿にたんぱく質が混じります。そこで、実験目的の薬をラットに投与します。

すると、薬の効果により、尿たんぱくが抑制され、腎機能が改善すると想定していました。そのラットと比較するため、薬を使わずにラットに運動だけさせた群も用意しました。

この時点では、私自身もまだ、慢性腎臓病は安静第一という医学常識を疑ってはいませんでした。

ですから、当然、薬を使ったラットは腎機能が改善し、運動しかしていないラットの腎機能は改善しないと予想していました。

ところが、実験をしてみると、意外な結果が出ました。

腎不全のラットの研究で意外な結果が出た

薬を使った群と、薬を使わずに運動だけさせた対照群とで、まったく同じ効果が出たのです。

つまり、運動させただけで、薬を使ったのと同じくらい腎機能が改善したのです。

そこで、さらに「薬+運動」をラットにさせてみると、もっとよい腎機能の改善データが示されました。薬を飲んで、運動をさせると、より腎機能が改善できたのです。

常識とされている腎臓病の安静第一は、本当に正しいのか。

それまでの臨床経験から、安静という治療法に対する疑問も感じていましたし、この研究がきっかけとなって、根本的な問いが生まれたといってもよいかもしれません。

その後、私は長年にわたって、この問いを探求していくことになります。

※本稿は、『腎臓の名医が教える 腎機能 自力で強まる体操と食事』(徳間書店)の一部を再編集したものです。