石破首相と野田代表

写真拡大

妙なスタイルに

 9日、衆院解散に先立って行われた党首討論。討論とは言うものの、野党代表が石破茂首相に一方的に質問を投げかけ、首相がそれに答え続けるスタイルとなった。石破首相が無難に切り抜けたのに対して、野党の中でトップで登場した民主党野田佳彦代表にとっては過去の悪夢がフラッシュバックする時間だったといえるかもしれない。

【写真を見る】グラビアにも登場したことがある「美人秘書」

党首討論はざっくり言うと、野党側は自民党派閥の裏金問題への説明が尽くされていないのに超早期の解散に打って出るのはおかしい、と石破首相の姿勢を批判していました。一方で石破首相は説明から逃げるつもりはなく、国民の審判を仰ぎたいという説明を繰り返していましたね」

石破首相と野田代表

 と、政治部デスク。

「討論なのに野党代表の質問に首相が答え続ける、首相は質問で返さないという妙なスタイルになっていましたね。揚げ足を取るということではなく、丁寧に答えたいという首相の思いが図らずも出てしまったのかもしれません。その点については、国民から好意的にとらえられた部分も少なくなかったのではないでしょうか」(同)

難しいんじゃないか

 そもそも総裁選時の解散時期うんぬんは、あくまでも自民党員に向けての話であって、いわゆる政権公約とは別物。自民党員や自民党議員ならともかく、野党がこの点での首相の言行不一致を問題視するのは本来、筋が違うともいえる。また、解散が10月末でも11月でも大差ないと考える国民も少なからずいるだろう。国会を数週間開いたところで、党首討論と同じような話が繰り返されるのは目に見えている。

「解散はそれを行う方が少しでも有利だと判断したタイミングでやるものなので、石破首相(総裁)以下、自民党の執行部がそのように判断し、連立を組む公明党も承諾していることに異論を差しはさんだところで無意味。加えて、誰を公認するかは党内の専権事項で、干渉される話ではない。ま、異議申し立てをした野党トップの面々もそれはわかっていることではありますが」(同)

 それでもなお解散について野田代表がこだわった背景に、ある種のトラウマめいたものを感じるという見方もある。

首相としてはあり得ない振る舞い

「解散について野田代表はやはり思い入れが強いのだと思います。首相在任中の2012年11月、当時の安倍晋三自民党総裁と党首討論で対峙した際に、自らその場で解散を明言しました。それ自体、首相としてはあり得ない振る舞いで、相手の安倍総裁も驚いたほどです。野田氏としては言わずにはいられなかったのでしょうが、結果、民主党は政権を失いました」(同)

 当時の経緯を振り返れば、この年の8月、当時の民主、自民、公明の3党は社会保障と税の一体改革関連法案をめぐる修正、いわゆる「3党合意」を結んでいた。消費税率を5%から8%、そして10%に引き上げることを主として盛り込んでおり、それを踏まえて、野田氏は「近いうちに国民の信を問う」と発言していた。

「そのため“近いうち”について実際それはいつなのかということを随分詰められていました。自民党の谷垣総裁もそういった点を追及するのは苦手なタイプでしたが、それでも当時はしつこくやっていましたね。野田氏も忸怩(じくじ)たる思いを抱えていたのでしょう。さらに安倍氏に党首討論で詰められて、信を問うと“つい言ってしまった”感じでしたね」(同)

歴史に名が残る

 この解散判断が民主党にとって大きな痛手となったのは歴史的事実である。党首討論での解散を巡る発言が局面を大きく変えたという経験が、今回野田代表が質問に立つにあたって念頭にあったのは想像に難くない。

 当時、解散すれば民主党の敗北は目に見えていた。それでもなお野田氏が解散を口にしたのは、安倍氏の挑発に乗ったからというだけではない。ここも野田氏や周辺にとってはいまだ清算できていないトラウマかもしれない。

「野田氏は首相になる前に財務相を経験し、財務省幹部に財政再建の重要性とそのために消費増税が必要だということを説かれています。それは野田氏に限らないのでしょうが、特に野田氏に対しては、財務官僚は、消費増税を実現すれば“歴史に名が残る”などと言い、政治家としてのやりがい、成果の意義を訴え、説得したと聞いています。野田氏はそれまで頑強な財政再建論者であったことはなかったはずですが、ある意味で洗脳されていったのでしょう。そのため、安倍氏との党首討論では消費増税で国民に負担をお願いするのだから国会議員も議員定数を削減するという痛みを受け入れるべきだという提案をして、それを飲んでくれるなら解散してもいいと言い放ったわけです。その後、今日に至るまで野田氏は財務省寄りの政治家だと見られ続けるようになりました。これは野党代表としてはプラスとは言い難い」(同)

野田アレルギー

 その後に行われた総選挙民主党は前回に獲得した308議席から57議席にまで大幅減となった。安倍氏ら自民党議員は、民主党が成し遂げた政権交代を「悪夢の政権交代」と攻撃していたが、民主党議員からすれば、野田氏の発言によって自分たちが政権から転げ落ちるという「悪夢の政権交代」が実現してしまったわけである。

「解散は少しでもそれを行う方にとって有利なタイミングでやるという当たり前のことを野田氏は行えなかった。自らをバカがつくほど正直だと言っていたことがありましたが、巻き込まれて選挙を戦った民主党関係者らはたまったものではなかったでしょう」(同)

 こうしたことから民主党内での野田アレルギーは極めて強く、今回の代表戦で当選を果たすまで、12年の時間が必要だったことになる。それだけに「有利なタイミングでやる」をさっさと実行しようとしている石破総理が許せなかったということか。

デフレからの脱却を妨げた

「野田氏は弁が立ちますし、もちろん金権政治とは無縁です。そして、真面目な人なのは間違いない。ただし、政策面を見た場合、財務官僚に口説き落とされた政治家でもあるということは改めて問われるべきではないでしょうか。現在のツケを将来に回さないために、というのは聞こえのよいフレーズですが、現在を生きる人たちをないがしろにして良いのかという疑問も当然あります。事実、野田氏はそれを訴えて数多くの仲間を討ち死にさせてしまったわけですし、安倍氏自身も野田氏が敷いたレールである消費増税についてはかなり頭を悩ませていました。結局、この増税の功罪について、現在の野田代表や立憲民主党はどう考えているのでしょうね。デフレからの脱却を妨げたという批判に正面から答えられるのか」(同)

 今回の衆院選で民主党は20〜30の議席を上積みすると予想されている。ただし、さほど大きなうねりは起きないという見方も。

「野党が候補者を絞って与党と戦えばかなり拮抗するのは数字の上では明らかですが、選挙区事情はそれぞれに複雑でなかなか集約できないままです。筋金入りの野党共闘論者である立憲民主党の小沢一郎氏は総合選挙対策本部長代行を務めていますが、野党各党の候補者1本化について“魔法使いでもない限り、難しいんじゃないか”と取材に答えていました」(同)

 小沢氏もさじを投げた格好のようだ。野田氏が解散についてのトラウマを払拭できる機会は訪れるのだろうか。

デイリー新潮編集部