(写真:© 2024 Bloomberg Finance LP)

石破茂首相(自民党総裁)がいわゆる「裏金議員」に対し、非公認や比例重複を認めないとする「厳しい対応」に踏み切ったことが、「10・27衆院選」の15日公示を前に、自民党内に混乱の渦を巻き起こしている。巨額裏金事件への厳しい世論を踏まえての“逆手のひら返し”ともみえるだけに、関係議員らから「生贄づくり」「二重処分」などの不満、反発が噴出。さらに、衆院選全体にも影響を及ぼすことが確実視されるからだ。

自民党執行部は当初、「地元の判断重視」として、実質的に裏金議員の大半を公認する方向で調整を進めていた。しかし、各メディアの実施した世論調査で、裏金議員については「公認すべきではない」との声が圧倒的だったことも踏まえ、石破首相が党執行部に厳しい対応を求めたため、とみられている。ただ、ほとんどの自民議員は7日までに立候補届け出のための関連書類提出や、政見放送録画撮りを済ませており、「裏金関連議員は手続きのやり直し」(自民選対)を強いられることになる。

「みそぎが済めば終わり」の対応に

この石破首相の時間切れ寸前の決断について、野党側は「そもそも抜け穴だらけ」(立憲民主)と批判、国民の間にも「その場しのぎの偽装工作」(有識者)との不信感が拡大。しかも、比例名簿に登載されない公認候補が数十人規模となれば、「比例名簿がスカスカとなり、自民事務局や元議員らを追加登載して帳尻を合わせるしかないが、純粋比例議員の正当性が失われる」(自民選対)ことにもなりかねない。

そもそも、2005年夏の小泉純一郎政権での「郵政解散」時は、小泉首相が郵政民営化反対議員に「刺客」を立てたが、今回は非公認議員に対立候補は立てず、「当選すれば直ちに追加公認する方針」(同)とみられる。

いわば「みそぎが済めば終わり」(閣僚経験者)という対応だ。というのも、直ちに追加公認しないと、その時点で自民の獲得議席は「単独過半数を大幅に下回る可能性が大きく、自公過半数割れで政局混乱を招きかねない」(自民長老)からだ。

このため、今回の石破首相の「世論迎合」ともみえる窮余の決断は、「結果的にトップリーダーとしての見識や指導力が問われる」(同)ことは避けられそうもない。しかも、「政権の命運にも直結し、結果次第では“超短命政権”につながる可能性も否定できない事態も想定されるだけに、まさに危険な賭け」(政治ジャーナリスト)となりそうだ。

非公認候補に“刺客”は立てず、「当選即追加公認」も

石破首相ら自民党執行部は7日、巨額裏金事件で党内処分を受けた議員のうち、非公認となる見通しの萩生田光一元政調会長、高木毅元国対委員長ら6氏に加え、「処分議員」の一定数を非公認とする方向で検討に着手した。それぞれの地元組織の意向や、党による情勢調査結果も踏まえ、石破茂首相が衆院を解散する9日午後までに最終判断する段取り。

これに先立ち、石破首相は5、6両日に森山裕幹事長、小泉進次郎選挙対策委員長らと党本部で会談し、「処分議員」への対応を協議した結果、‥淨盻菠で「非公認」より重い処分の議員⊇菠が継続中で、国会の政治倫理審査会に出席していない議員C聾気陵解が得られていない議員――のいずれかに該当する議員を非公認とする方針を確認した。また、政治資金収支報告書への不記載議員についても、比例重複を認めない方針を決めた。

これまでの党執行部内の検討の結果、8日の時点で非公認は「10人以上になる」(自民幹部)との見方もある一方、「6人にとどめるべきだ」(閣僚経験者)との声もあり、執行部内で慎重に検討している。これに関連して、調整役の森山氏は7日、記者団に対し「非公認議員の選挙区に刺客候補を立てない」との意向を明らかにし、「当選即追加公認」との考えを示唆した。

そうした中、安倍派所属で比例重複が認められない見通しの越智隆雄衆院議員(比例東京)が7日、次期衆院選での立候補断念を表明した。同氏は「適切に処理をしてきたが不記載議員として扱われており、これを説明して理解いただくのは大変困難だ」と説明し、事実上の政界引退を示唆した。これも踏まえ、党内では「同様の立場の複数議員が立候補断念を検討している」(自民選対)との見方も広がる。

その一方で、党執行部の厳しい方針が示された7日、同党東京都連が党本部で緊急会合を開き、あいさつに立った都連会長の井上信治元万博相が、「昨日、政見放送も撮らせていただいた。(非公認の)対象となる方の地元から不平や不満、そして不安の声が寄せられている。決断をするにしても、なぜもう少し早く決断をしていただけなかったのか」と険しい表情で執行部への不満・批判を表明した。

また、非公認の対象とされた萩生田氏は7日、取り囲む記者団に対し「正式にまだ聞いていない。決まったらコメントする」と不快感を露わにし、総裁選で石破首相を支援した平沢氏も記者団に「こんな自民党じゃダメだ」と吐き捨てた。

そうした中注目されているのは、より多くの都連所属議員が関係する可能性がある「比例重複の可否」だ。石破首相は6日の段階で「政治資金収支報告書への不記載があった議員は、比例名簿へ登載しない」との考えを表明しており、都連では一定数の所属議員が比例区との重複立候補が認められない公算がでてきたからだ。

次期衆院選では区割り変更の結果、東京の小選挙区はこれまでの25から30と一気に増える。このため、党執行部は各小選挙区の事前情勢を見極めた上で、東京での比例単独候補擁立の必要があるが、現状では「大混乱は避けられない」(都連幹部)だけに、井上会長は「比例区の候補者が減ってしまうと、比例活動に影響が出る」と不満げに指摘した。

「仲間にむち打っても支持率上がらない」との反発も

もちろん、東京都連だけでなく、石破首相や執行部に対する不満や怒りは多くの地方県連に渦巻いている。「各議員の命運を決める重大な方針決定だったのに、事前の相談や根回しが全くなかった」(地方県連幹部)からだ。なかでも狙い撃ちされた格好の旧安倍派議員からは「こんなことは政治家がやることではない。仲間にむちを打って、支持率をあげようとしたって上がらない」(閣僚経験者)との反発が相次ぐ。

そもそも、政党の公認を得られない無所属候補は、公認料などを失うだけではなく、選挙活動で大きな制約を受ける。具体的には‐選挙区の各候補者が個人で配れるビラやはがきの枚数制限▲櫂好拭爾侶納┥貊蠅眩挙掲示板のみ限定テレビやラジオの政見放送が行えないーーなどで、公認と無所属の「格差」が極めて大きい。

加えて、公明党の石井啓一代表が7日、記者団に、次期衆院選では自民が非公認とした候補への推薦を見送る意向を示したことも、「決定的なダメージとなる」(自民選対)との指摘が多い。

「全員非公認にすべき」と追及強める野党

一方で、この「裏金議員」の処遇をめぐっては、7日の衆院代表質問で立憲民主の野田佳彦代表が「(処分議員の)大半が公認される。党がお墨付きを与えることに国民の理解が得られるのか」と厳しく批判。日本維新の会の馬場伸幸代表も「国民感情からすれば、裏金に関与した全員を非公認とするべきだ」と追及。石破首相は「甘い処分で幕引きを図ろうとは認識していない」と反論したが、迫力不足は否めなかった。

与野党の代表質問は8日の参院本会議でも続行された後、9日午後の党首討論が解散前の最後の論戦となる。党首討論は野党要求を踏まえて、通例の45分間から80分間に延長することで与野党が合意したが、有識者の間でも「これで国民への判断材料を示したというのは、どう考えてもおかしい」(政治学者)との声が支配的だ。

石破首相は党首討論で改めて解散を明言し、9日午後の衆院本会議で解散を断行する方針。これを受け、次期衆院選は15日公示、27日投開票の日程で実施される。石破首相は同夜、官邸で記者会見し、解散断行についての見解を表明する。首相就任から8日後の解散、26日後の衆院選は、いずれも戦後最短で、解散から投開票まで18日間は、17日間だった前回2021年衆院選に次いで戦後2番目の短さとなる。

こうしてみると、「石破首相は、はじめから解散ありきのシナリオで突っ走った」(立憲民主幹部)ことになるが、「総裁選での発言との矛盾や、総裁や首相就任後の言動の大きなブレが石破首相への国民的不信につながっている」(政治ジャーナリスト)ことは否定できない。それだけに、「10・27衆院選では自ら政権危機を作り出した石破首相の宰相としての資質が問われる」(同)ことは間違いない。

その石破首相は8日昼、森山幹事長、小泉選対委員長と会談し、次期衆院選で旧安倍派の議員らに比例重複立候補を認めない代わりとして、女性候補の擁立を指示した。女性議員の増加が狙いとみられるが、執行部内でも「地方議員も含め、女性議員の候補となる人材は限られており、限られた時間内に擁立するのは難しい」(選対幹部)との声も出ている。

(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)