ベトナムで「なぜか公認会計士」52歳日本人の覚悟
28歳で「日本人初のベトナム公認会計士」となった蕪木優典氏。彼がそこまでベトナムビジネスに惚れ込んだのは、なぜなのでしょうか?(写真提供:I-GLOCALグループ)
「ベトナムの経済成長には目を見張るものがあります。ベトナムに足を運んでみれば、誰もがその活気に驚き、多くのビジネスチャンスがあることにワクワクするはずです」
そう語るのが、28歳で日本人初のベトナム公認会計士となり、ベトナム初の日系資本会計事務所(現・I-GLOCALグループ)を創業、現在はホーチミン、ハノイ、東京に拠点を設け、大手上場企業を中心に1000社超の日系企業のグローバルビジネスをサポートしている蕪木優典氏だ。
蕪木氏の新刊『加速経済ベトナム――日本企業が続々と躍進する最高のフロンティア』の内容の一部を編集・抜粋し、ベトナムビジネスの魅力の一端をお届けする。
中間層の拡大が成長エンジンに
ビジネスという側面から、ベトナムには非常に多くの魅力に溢れています。
まずは、なんといっても人口が約1億人に達している上に若年層が多く、中間層が拡大していることがあります。
かつて、ベトナムには安価な労働力を求めて多くの製造業が進出していましたが、今やベトナムは市場としての魅力に満ちているのです。しかも、主な宗教が日本と同じく大乗仏教ということもあり、親和性があります。
ホーチミン市やハノイ市といった大都市を歩けば、誰もがそのことを実感できるはずです。
信じられないような台数のバイクが早朝から夜まで道路を埋め尽くし、ショッピングモールや市場や商店は連日、大にぎわい。
もちろん、飲食店や路上飲食店、クラブなどのナイトスポットでも、毎日のように多くの人たちがクラフトビールや「333」をはじめとしたベトナム産のビールを片手に盛り上がっています。
ただ、所得水準はまだまだ高いとはいえません。
ベトナム統計総局によると、2023年のベトナム人の1人当たりの平均月収は496万ドン(日本円にすると月収3万円ほど)と、成長が鈍化している日本と比べても10分の1以下です。
しかし、多くの国民たちが経済成長を肌で感じているからこそ、富裕層のみならず、若者たちも消費意欲が旺盛で、私たちからすると「所得に見合わないのではないか」と思えるほどのローンを積極的に組み、不動産や自動車、電子機器などを次々に購入していきます。
顕著な例としてあげられるのがスマートフォンです。パソコンの保有率は低いものの、スマホの保有率は非常に高く、ビジネスパーソンはもちろん、若者をはじめ道行く人たちの大勢がスマホを公私の両面でフル活用しています。
堅実に加速するベトナム経済
堅実な成長性も大きな魅力です。
コロナ禍の影響(入国規制、行動規制)は甚大だったものの、2020年、2021年もプラス成長(2.9%、2.6%)を遂げ、世界的な物価高が問題視される昨今も、2045〜2050年に先進国入りという政府目標の下、6〜8%成長を遂げています。
日本をはじめ、多くの国がマイナス成長に陥った時期にこれだけの成長を遂げられたのはベトナム政府の対応、そしてその堅実な成長性によるところが大きかったと思います。
私がベトナムを初めて訪れたのは1993年、当時のベトナムの人口は7118万人、1人当たりの名目GDPは185ドルという状況でした。
数字を見ても明らかなように、当時のベトナムには経済的な豊かさはなく、富裕層もほとんどいませんでした。道路の舗装状況も悪く、街中は常に砂埃で覆われているような状態でした。
こうした状況だったにもかかわらず、私がベトナムに注目し、自らアーサーアンダーセンベトナム(現・KPMGベトナム)に駐在し、すぐさまベトナムで日本人初のベトナム公認会計士資格を取得し、現地で日系初の会計系コンサルティングファームを立ち上げたのはなぜか。
それはひとえにベトナムの活気と勢いを肌で感じ、惹きつけられたからです。とりわけバブルが崩壊し、失われた30年に突入しはじめていた当時の日本と比すると、当時のベトナムの勢いには眩しさが感じられるほどでした。
経済成長が進み、今やベトナムの人口は直近の報道(2024年)では1億人に達し、1人当たりの名目GDPは4284ドル(2023年)に達しています。日本の1人当たり名目GDPが目減りしてしまっているのに比べ、ベトナムはこの30年で23倍も伸びていることになります。
では、長期的にはどうなるのでしょうか。政府目標としては2030年までは7%成長、2030〜2050年も6.5〜7.5%成長を果たしていくとしています。それにより、2025年までに下位中所得国を脱し、2030年までに上位中所得国、そして2045〜2050年には先進国(高所得国)入りを果たすことを目標に据えています。
10年間、7%成長を続けると、複利効果で経済規模は2倍になります。すでに相当の経済規模になっているベトナムですが、あと10年で2倍、そして20年後には4倍、30年後には8倍になるというわけですから、1人当たり名目GDPも2050年には今の日本とほぼ同じ3万2000ドルを超える水準になりそうです。
むろん、あくまでも政府の目標なので、下振れる可能性も高いのですが、少し下がったとしても東南アジアのなかでトップクラスの成長をしていくのは間違いないと思います。
日本の1人当たり名目GDPがこのまま鈍化したり、低下したりしていくと、ひょっとしたらそのころにはベトナムに追い越されているかもしれません。
3000〜4000社もの日系企業が進出
こうした背景から、ベトナムにはベトナム日本商工会議所加入の日系企業だけで約2000社が進出しており、実際には3000〜4000社あるとされています。
その業種も多岐にわたり、以前から多かった製造業だけでなく、ITやその他サービス業も積極的に進出。消費市場はもちろん、ベトナムの豊富な人材に注目し、高度なシステム開発などを手掛ける企業も増えています。
一例をあげますと、日本発の飲食店や食品も大人気で、すき家やCoCo壱番屋、丸亀製麺、シャトレーゼなど、日本でもお馴染みの看板やロゴをホーチミン市やハノイ市の街中で目にすることが増えてきました。
ベトナムの「国民食」をつくったエースコック
そのパイオニアであり、圧倒的な知名度を誇る存在といえば、なんといってもエースコックです。同社が紆余曲折の末に2000年に販売開始した「Hao Hao」(ハオハオ)という商品は、ベトナムの即席麺市場でナンバーワンのシェアを誇っており、消費量は2021年末の時点で累計300億食にまで達しています。
2018年にはベトナム版ギネスブックとして知られる『ベトナム・ブック・オブ・レコード』に登録されるなど、今やHao Haoは押しも押されもせぬ国民食となっているのです。ベトナムの人たちに「好きな即席麺は何?」と問えば、多くの人たちが間髪入れずに「Hao Hao!」と答えてくれるでしょう。
むろん、この看板商品の誕生でAcecook Vietnam(エースコックベトナム/エースコックのベトナム法人)の即席麺業界でのシェアは急拡大、現在はナンバーワン企業にまで成長しています。
ベトナム国内での生産体制も充実しており、すでに南部のホーチミン市(2工場)とビンズン省(2工場)、北部のフンイエン省(2工場)とバクニン省(2工場)、中部のダナン市(1工場)とメコンデルタ地域のビンロン省(2工場)といった具合に、ベトナム全土に生産・販売拠点を拡大しているほか、現地スタッフの数も6000人超となっています。
そして、この充実した生産体制の下、同社はベトナム国内のみならず、世界40カ国以上に対して輸出事業を展開。Hao Haoをはじめ、さまざまなベトナムの味を世界に届けています。
菓子分野では亀田製菓が奮闘中で、なかでもベトナム人向けの「ICHI」というライスクラッカーが大人気です。
これは同社の看板商品のひとつである「揚一番」をベースに、ハチミツを加えたり、食感をやわらかくしたりといった現地化に取り組んだ商品で、今ではベトナムのスーパーマーケットやコンビニでごく当たり前に見かけるほどの定番商品になっています。
このように、ベトナムで躍進を続ける日本企業は、枚挙にいとまがありません。今後、なかなか成長が見込めない日本経済ですが、業界を問わず、日本企業の強みを活かせば、ベトナムはまさに「チャンスの宝庫」です。
ベトナムで日系初の会計系コンサルティングファームを設立した我々が、不退転の覚悟で日系企業のベトナム進出をサポートしているのには、こうした理由があるわけです。
(蕪木 優典 : I-GLOCALグループ代表)