綾野剛が“野生のバカ”になった理由は…『MIU404』星野源との“名バディ”が生まれるまで〈映画『ラストマイル』が話題〉〉から続く

 映画『ラストマイル』が公開35日間で観客動員数324万人、興行収入46.3億円を突破するロングヒットを続けている。ドラマ『アンナチュラル』(2018年)、『MIU404』(2020年/ともにTBS系)の出演陣が一堂に会するという豪華さも話題になっているが、なぜ3作品はこれほど支持を集めているのか? その背景をライターの田幸和歌子氏が読み解く。(全3回の3回目/『アンナチュラル』編、『MIU404』編を読む)

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映画『ラストマイル』公式Xより

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『アンナチュラル』『MIU404』のチームが再集結

 映画『ラストマイル』は、脚本・野木亜紀子、監督・塚原あゆ子、プロデュース・新井順子、主題歌・米津玄師を筆頭とした、ドラマ『アンナチュラル』『MIU404』と同じ制作チームが手がけた作品だ。だがドラマの続編ではなく、世界観を共有した「シェアード・ユニバース作品」で、映画だけ観ても楽しめる構成になっている。一方で、2つのドラマのキャストがドラマと同じ役で出演し、両作品のファンにとっても盛り上がるポイントが散りばめられていた。

 筆者は本作のヒットを“異例”だと感じている。その理由は「シェアード・ユニバース」という手法や、動員数・興行収入の伸びばかりではない。実写の邦画かつ漫画原作でもないオリジナル脚本、しかも、「お仕事モノ」寄りの作品ででこれほど10代〜20代が映画館へ足を運んでいる現象はなかなか珍しいことだと思うのだ。

 舞台が「ECサイトの物流倉庫」という、ネットネイティブにとってはなじみのある題材ではあるものの、身近で、街中で、SNS上で、若年層を中心にこの映画の話を高い熱量で聞くことが多い。なぜ『ラストマイル』はこんなにも支持されているのか?

※ここから先、作品のネタバレを含むため、未見の方はご注意ください

物流センターを舞台に巻き起こる、連続爆破事件

 物流拠点「DAILY FAST(デイリーファスト)」関東センターに、新センター長として舟渡エレナ(満島ひかり)がやって来るところから物語は始まる。エレナは派遣社員、アルバイトを合わせると総勢2000名もの従業員を擁する巨大倉庫のトップとして働くことになるが、倉庫から発送した商品が配達する爆発するという事件が発生。部下・梨本孔(岡田将生)とともに、過酷な対応に追われる。

 爆発は1件では収まらず、次第に連続爆破事件へと発展。警察も本腰を入れるようになり、倉庫内の製品を検査することに。犯人を追って、『MIU404』の伊吹(綾野剛)と志摩(星野源)も捜査に加わり、『アンナチュラル』の三澄ミコト(石原さとみ)や中堂系(井浦新)らのUDIラボ(不自然死究明研究所)には爆発で亡くなった人物の遺体が運ばれてくる。果たして爆発を止めることができるのか。犯人の正体は、動機は、一体何なのか? 次第に謎が明かされていく--というストーリーだ。

ドラマファンに向けて盛り込まれた演出も

 ドラマのファンにとっては、『MIU404』の伊吹&志摩が相変わらず“バディ”であることや、『アンナチュラル』チームは中堂が「クソ」と言いかけてごまかす「その後」の変化を仲間たちが楽しんでいること(※中堂はパワハラを訴えられた過去があり、「クソ」と1回言うたびにチーム内で罰金を課せられる……というくだりがドラマにあった)など、それぞれの苦難を乗り越えた後の姿を見ることができる嬉しさがある。

2作品のキャラの出番が「少なかった」という声も…

 また、映画には『アンナチュラル』で自殺を考えていた人物や、『MIU404』でお騒がせだった集団の1人がサプライズで登場する。それぞれが事件を経て、『ラストマイル』の世界で生きている姿が感慨深い。

 一部では『アンナチュラル』『MIU404』のキャラクターの出番が「思ったよりも少なかった」という声も聞かれるが、2作を絡めつつも、映画の本筋を決して邪魔しないところが、この制作チームの信頼できる点だろう。決して人気作のスピンオフ作品ではあらず、映画そのものが非常に見ごたえのある社会派エンタメになっていた。

「ラストマイル」という言葉の意味

 本作は、塚原監督の「宅配荷物が爆発する話は?」という言葉から始まったという。大企業の正社員と、大企業で働く派遣労働者、大企業の取引先にある中小企業の運送会社、そこから業務委託される下請け配送会社……とあらゆる立場にいる労働者たちの姿が描かれる。そして、さらに下請けである配送会社の委託ドライバーを務める親子が、物語のカギを握る。

 演じるのは火野正平と宇野祥平の“Wショウヘイ”。「配送の最終地点から顧客へ荷物を届けるまでの区間」(=「ラストワンマイル」)を意味し、タイトルでもある「ラストマイル」を担うのがこの2人だ。

『アンナチュラル』でも描かれていた問題

 ベテランドライバーである父(火野正平)は仕事に誇りを持っている。しかし一方で、物流が増える中でのしわ寄せは下請けの配送業者や彼らのような委託ドライバーに集まり、賃金の低さ、拘束時間の長さといった、人員の少なさといった、過酷な労働実態が生々しく描かれる。

 こうした労働問題については、『アンナチュラル』でも描かれている。第4話「誰がために働く」ではバイク事故で亡くなった男性の死から、とあるケーキ工場での過労の問題が発覚。そこにある「雇用側と労働者側」「搾取する側とされる側」、「強者と弱者」という力関係が映し出された。

 これは今観ると、『ラストマイル』の原点のようでもある。さらには、『ラストマイル』は『アンナチュラル』が描いた先の、社会構造のより深い問題を扱ったと言える。

 なぜなら、本作では何が起こっても物流を止められない原因として「雇用主」や「大企業」があり、さらにその先に荷物を待つ「個人」がいることが示されているからだ。つまりこれは、単純な強者と弱者の問題ではない。映画を観ている自分自身もまた、止められない流れの中にいる、責任の一端を担う加害者側にあるということに気づくのだ。

エンタメが社会を変えることもできる

 実際、筆者が20代〜30代に映画の話を聞いたところ「何でもネットでポチッていて反省した」「これからは配送業者さんに迷惑をかけないように、少なくとも家にいる時間帯を指定しようと思った」など、自らの行動を顧みるような感想が多かった。

 それまで社会問題に関心がなかった層にも気づきを与え、個人と社会の接点に目を向けさせる力がエンタメにはある。『アンナチュラル』『MIU404』でも時事性の高い問題が扱われてきたが、『ラストマイル』ではネットショッピングという題材の身近さもあって、若い世代を中心に、より一層「私事」として届いていることを実感する。

 野木亜紀子、そしてこのチームなら、本当にエンタメで社会を変えることができるんじゃないか--『ラストマイル』の快進撃から、そんな希望も抱いてしまうのだ。

(田幸 和歌子)