導入拡大が進む洋上風力発電。石狩湾新港には14基が並び、2024年に商業運転が始まった(写真:時事)

洋上風力発電への期待が高まる。陸上の巨大風車群やメガソーラーに向ける地域住民の目が厳しくなっているなか、「脱炭素の希望の星」と言われる。しかし、「洋上風力発電で先行する欧州各国は数十年単位の海鳥調査の蓄積を持ち、自然環境と共生する様々な知恵を駆使している」と海鳥の研究者は指摘し、懸念を抱く。どういうことなのか。日本鳥学会で風力発電に関する問題に取り組む風間健太郎・早稲田大学准教授に聞いた。           

洋上風力発電に高まる期待

――洋上風力発電への期待が高まっています。

2010年に日本風力発電協会が出したロードマップをみると、風力発電の業界はこの時すでに2030年代に入ると陸上風力は頭打ちになり、洋上風力発電の導入が進むというビジョンを出しています。現在はほぼその通りに導入が進んでいます。


風間健太郎(かざま・けんたろう)/早稲田大学人間科学学術院准教授。水産科学博士。2010年北海道大学水産科学院博士後期課程修了。海鳥を対象に生態学や地球化学の研究を進める。2015年より環境省洋上風力発電環境影響評価検討委員、2018年より同経済産業省委員。2022年から日本鳥学会風力発電等対応ワーキンググループ長。44歳(撮影:河野博子)

――陸上の巨大風車群建設計画をめぐり、希少種の鳥の生息域とバッティングするとか、景観を損ねるといった問題で地域住民や自治体が反対し、事業者による計画の撤回もおきています。陸上の建設適地に限りがあるので洋上へ、ということでしょうか。

そういうことです。

――再エネ海域利用法(海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律)が2019年に施行され、設備設置海域をEEZ(排他的経済水域)内に広げる改正案が出され、継続審議中です。政府は2040年までに3000万kW〜4500万kW、最大で原発45基分もの発電量を洋上風力で生み出すことを目標にしています。

昨年・今年は大規模な商業運転開始の年、洋上風力拡大導入のスタート地点です。北海道の石狩湾新港に14基が並ぶ洋上風力発電所は1月に商業運転を開始しました。秋田県の秋田港、能代港の洋上風力も昨年1月に商業運転を開始しています。

――地元に漁業者を含む協議会を立ち上げて、国が促進区域を定め、公募により事業者を選ぶという流れで導入が進んでいます。準備区域、有望区域、そして促進区域という段階を踏んで、現在は10海域が促進区域に指定されています。

日本は促進区域指定に必要な洋上海鳥調査データが不足

――国が促進区域を指定する際に環境保全に配慮するため、環境省が調査を行うことになっていますが、日本では基礎的な調査データが不足していると聞きました。

そうなんです。国際環境NGOのバードライフ・インターナショナルによる「欧州諸国における国主導の洋上海鳥調査実施状況」によれば、イギリスでは国が主導して33年間にわたり、船舶を使って洋上の海鳥の観測を行っています。鳥の個体数密度の観測を月1回以上重ねています。オランダ、ドイツ、フィンランドなど欧州各国でも同じような調査が行われ、洋上海鳥分布データが蓄積されています。

――日本で海鳥のモニタリング調査は行われていないのですか。

2018、19、20年に環境省が「風力発電における鳥類のセンシティビティマップ」を作るための調査を行いました。ただ各地で短期的にデータ収集をした3年間のプロジェクトで、欧州各国のデータとは努力量が圧倒的に違います。

――欧州各国では、どうして船舶や航空機を使い広大な海域を対象に何年にもわたって海鳥の調査を行ったのでしょうか。

イギリスでは1970年代に海底油田の開発が始まって、環境影響をきちんと調べなければということで、緊急的に開始されたということです。同時期に北海周辺の欧州各国でも調査が開始されました。背景には、欧州では各国の国内法のほかに鳥類保護指令などEU環境法による規制が厳しいということがあります。

――油田開発をきっかけに海鳥モニタリング体制が構築されたということですか。

簡単に言うと、イギリスの場合は王室が海面や海底を管理しているので、事業者が洋上に風車を建てたい時には王室から海面を貸してもらいます。王室からすると、自己資産の管理という意味でも、埋蔵資源がどこにあるかとか、ほかの産業と摩擦がおきないか、自然環境への悪影響はないかなどを考慮して、どこの海域を割り当てたらいいのかあらかじめ知っておく必要があります。

また、自然環境や自然史、あるいは科学について国民の理解が深く、あらゆる産業を進める際にも自然環境への影響をきちんと調べ、科学的な根拠にもとづいて慎重な検討がなされます。


海鳥の渡り・越冬経路と促進区域が重なるケース

――そもそも海鳥というのは、海と陸でどのように生活しているのですか。

海鳥は世界に300種以上いて、海の沿岸から沖合まで広範囲に分布しています。海の表層のエサを採る種もいますし、深く潜水して海の中にいるエサを採る種もいます。春から夏にかけての繁殖期になると、離島などに集まって巣をつくり、巣と採餌場所を何度も往復します。その後、秋から冬にかけてはエサの豊富な海域に移動します。

――風間先生はカモメ類についての調査を続けられ、越冬・渡り中継地や飛行経路と促進地域が重なる場所がある、と指摘されています。

現在収集しているデータによれば、日本海側で促進区域が定められた場所には、カモメの渡り経路と重なるところがあります。私は大学4年の時からカモメの生態研究を続けてきて、今21年目なんです。春から夏まで利尻島に家族とともに住んで、日本で繁殖する2種類のカモメ、オオセグロカモメとウミネコを調べています。

――その2種類のカモメは日本列島の周りで生息しているのですか。

2016年ころからは、追跡機器(GPS)をつけて渡り経路を調べています。利尻島で繁殖を終えたカモメ類は、日本列島のまわりをぐるぐる回るように移動します。秋以降は日本全国の海岸線をなぞるように南下して、主に関東から西、韓国付近までの地域で冬を過ごします。カモメは海面の上20〜120mのところを回転する大型風車のブレードと同じ高さを飛ぶので、風車と衝突するリスクが高いと言われています。

――不十分にせよ、日本でも海鳥の調査はされているので、海鳥の衝突回避を念頭に洋上風力をどこに建てるか決めているのではないのですか。

環境省は「海鳥コロニーデータベース」を公開しており、どの種がどこで何羽くらい繁殖しているかを把握し、数年ごとに更新しています。このデータをもとに、種ごとの行動範囲から繁殖地周辺の海鳥の分布を予測することで、洋上風力に対するリスクを地図化した「センシティビティマップ」も公開されています。

しかし、非繁殖期の場合は、どの繁殖地の鳥がどこに渡っているかのデータもありませんし、外国から渡ってくる鳥のデータもほとんどありません。利尻で繁殖しているカモメについては、たまたま私が調査しているので渡りの経路もある程度明らかになっていますが、ほかの地域や種類についてはほとんどわかっていない状態です。

――繁殖期の海鳥についてはデータがあるけれど、繁殖期でない場合はデータがないということですか。

繁殖期についても、環境省が想定している種ごとの行動範囲は狭すぎる可能性があります。カモメは最大40kmくらい飛ぶとされていますが、実際は150km以上、想定の3〜4倍遠くまで飛んでいます。


利尻島(星印)で繁殖する2種類のカモメの越冬・渡り中継地と促進区域(候補地含む)が重なる場所(風間健太郎准教授作成)


風間准教授の調査研究拠点・利尻島のカモメ(写真:風間健太郎准教授)

事業者が行う環境アセスメントの技術ガイドも不十分

――事業者が洋上風力発電所を建設する際には、環境影響評価(アセス)を行う流れになっています。その際の環境省の技術ガイドについても、不十分と指摘しています。

想定される海鳥へのリスクが、風車のブレードへの衝突(バードストライク)に限定されているのが問題です。海鳥は風車を回避するために余分なエネルギーを使わなくてはいけない。風車の近くのエサ場を使えなくなり、繁殖成績が悪くなる、という影響もあります。

――促進区域を決める際に洋上海鳥調査の基礎的データが欠如しているという問題に戻りますと、欧州とこれだけ差がついてしまっている。一方で、洋上風力は本格実施に入っている。そうすると、現実問題、どうしたらいいのですか。

まずは、いまからでもモニタリング体制をきちんと作りましょう、と申し上げています。また、情報不足の中で導入を進めるのであれば、建設前だけでなく建設後にもアセスをきちんとやって、予期せぬ影響があった時には風車の稼働を一時停止するとか、部分的に移設や撤去をするとか、そういうことも必要だと思います。欧州でも、建設後に風車を一時稼働停止するなど、事後アセスの結果に応じた柔軟な運用がなされるケースもあります。


北海道の促進区域の近くで、冬場に身を寄せるオオセグロカモメたち(写真:風間健
太郎准教授)


大型猛禽類が近づくと、一斉に飛び立ち、空いっぱいに舞った(写真:風間健太郎准教授)

――カモメの仲間はいっぱいいるじゃないか。なぜそこまでそんなものに気を使わなければいけないの、という人たちには、どのように説明していますか。

私は、人間にとって海鳥がどういう役割を果たしてくれているか、という研究もしています。海鳥は洋上でたくさん魚を食べて陸にあがってフンをする。フンは海由来の栄養分を含んでいるので陸の植生が豊かになるということは知られていました。私は、陸上のフンが雨水などで沿岸海域に流れ込むことで、昆布や海藻の生育もよくなることを発見しました。実際、ウミネコがいる場所では、利尻昆布の収量が増えるというデータもあります。

一見、役に立たない、邪魔だという生物も必ずどこかで何らかの役割を担っています。その役割の多くは、今の価値換算ではたいしたことはなくとも、100年、1000年先の環境の維持のためには不可欠なのです。

――洋上風力先進地の欧州をはじめ、世界で海鳥をはじめとする生きものへの配慮は常識になっていますか。

先進国が加盟する国際機関、OECD(経済協力開発機構)が2024年1月30日に出した報告書「再生可能エネルギー発電施設において生物多様性の保全を中心に据える(Mainstreaming Biodiversity into Renewable Power Infrastructure)」は、「再生可能エネルギーの拡大は、慎重に行わなければ生物多様性を著しく損なう可能性がある」と強調しています。欧州の経済界も再エネが生物多様性の保全を阻害することを危惧し、再エネの運用改善を求めています。

日本はまず、科学的調査で追いつき、環境アセスの方法を改善し、風力発電の運用で工夫していくべきではないでしょうか。

世界の海鳥の個体数は60年間でおよそ3分の1に

洋上風力発電をめぐっては、今後、洋上に浮かぶ構造物に風車を設置する「浮体式」の開発が進むとみられる。環境への配慮についても、特定のプロジェクトによる影響だけでなく、ほかのプロジェクトも考慮した「累積的影響」を見ていく方法の研究も進む。「脱炭素」は待ったなし。私たちは洋上風力にどう向き合えばいいのか。

日本鳥学会会長の綿貫豊・北海道大学名誉教授はこう話す。

「世界の海鳥の個体数は1950年から2010年までの60年間でおよそ3分の1にまで減ったことがわかっています。日本では、2020年の海鳥の個体数をみると、ウミネコで多い時の半分、オオセグロカモメで半分以下に急減しています。場所にもよりますが、日本全体でこの20〜30年の間にほぼ半減しているのです。

気候変動の進行を抑止するために温室効果ガスの排出削減は必須で、化石燃料から再生可能エネルギーへの移行を進めることは重要です。しかし、洋上風力発電の導入拡大は、立地選定や施設を作る前の環境アセスを慎重に行い、事後評価にきっちり取り組んで、運用に役立てていただきたい」

(河野 博子 : ジャーナリスト)