「こんな上司がいたら、会社辞められないですよ」
「独立志向だったんですけど、あれだけ世話になったら……やっぱり、辞められませんよ」。そう語る男性の上司がしたこととは?(画像:Sorapop / PIXTA)
今、多くの企業が人手不足に悩み、離職を防ぐことは喫緊の課題となっています。
とりわけ上司と部下の関係が希薄な職場では、離職の抑止力となるものがなく、簡単に部下が辞めていきます。
経営心理士として1200件超の経営改善を行い、経営心理士講座を主宰する、一般社団法人日本経営心理士協会代表理事の藤田耕司氏の著書『離職防止の教科書――いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版』から一部を抜粋・再編集し、部下に離職を思い止まらせる要素についてお伝えします。
部下の離職を思い止まらせる要素
私は経営心理士、公認会計士として、人間心理と数字の両面から経営改善を行っています。
その中でもとりわけ多い相談が離職を防ぎたいというものです。
離職の要因はさまざまですが、「上司が感情的だった」「上司との関係が希薄だった」「上司が部下を育てる気がなかった」など、上司との関係に関するものが多い傾向にあります。
そのため、上司が感情的にならず、部下との関係を深め、部下を育てる意識を持つことが、離職を防ぐための基本となります。
一方で、離職の抑止力となる要素を強めることも重要です。
私が主宰する経営心理士講座では、「どういった要素があれば離職を思い止まりますか?」というテーマでディスカッションをしていただいています。
その答えとして多いのが、「上司との絆」です。
そこで、今回は上司との絆について、離職を思い止まらせたエピソードを交えてお伝えしたいと思います。
ある製造業の会社の取締役の方が、こんな話をしてくれました。
「私は元々不器用で、工場で働いていたころは仕事を覚えるのが遅くて、しょっちゅう上司に怒られていました。本当につらかったですよ。だから何度も辞めようと思いました。でも、結局35年間、辞めなかったんです」
その理由を聞くと彼はこう話してくれました。
つらいときにかけてくれた「社長の一言」
「若いころは本当につらかったですが、あるとき、社長が本社から工場に来たんです。そして、私にこう声をかけてくれたんです。
『君は仕事を覚えるのに苦労してるみたいだな。君は周りと比べるな。昨日の自分より少しでも成長することだけを考えなさい』。
同僚と比較して劣等感にさいなまれて、極度の自己嫌悪に陥っていたので、その言葉を聞いたとき、目の前がぱっと開けた感じがしました。
それで社長に言われたとおり、周りと比べず、昨日よりも少しでも成長できるように日々の仕事に向き合いました。
それで半年くらいしてから社長がまた声をかけてくれたんです。『どうだ。前の自分より成長してるか?』って。それで私がどう成長したかを説明したら、『いいじゃないか! それでいいんだ! これからもそうやって頑張れよ』って喜んでくれました。
もう嬉しくて、その日の帰り道に涙が出ました。そして社長が自分の成長を喜んでくれた、こんな自分のことを社長はちゃんと見ててくれている、この人に一生ついて行こうと思いました。そうやって昨日の自分より成長しようってコツコツ頑張って、いまは役員にまでなれましたよ」
この社長は落ちこぼれの若手がいると聞いて、寂しい思いをしていないかと気遣ったのでしょう。
そして昨日の自分より成長することを促し、次の機会にまた声をかけ、成長の跡を褒めたのです。
こういった関わりによって、「社長は自分のことをちゃんと見ててくれている」と感じ、それが「この人に一生ついて行こう」と思わせるほどの力を持ったわけです。
また、ある会社で定年まで勤め上げた方が、本当は独立するつもりだったが、結局会社を辞めることができなかったと話してくださいました。
その理由を聞くとこう話されました。
「私は上司に本当に世話になりましてね。彼は私が1つの仕事をやり終えると必ず私に声をかけてくるんです。『今回はどうだった? 大変だったか?』って。
それでその仕事の話をすると、嬉しそうに『そうか、そうか』って一生懸命に聞いてくれるんです。そして『今回もお疲れさん、よく頑張ったな』って言って、私の成長を我がことのように喜んでくれるんです。
それが嬉しくてね。それでまたこういう報告をしたいと思って、次の仕事も頑張ってしまうんです。
その上司が定年退職したとき、今度は自分が部下の話を聞いてあげようと思いましてね。そしたら定年まで働いてました。あんな上司がいたら会社辞められないですよ」
この方の上司は部下の成長を我がことのように喜び、話を聞いておられたわけです。それはまさに自分のことを見守ってくれていると感じる関わりだったと思います。
そして、その上司に恩と絆を感じ、それが独立を思い止まらせたわけです。
「人の喜びは我が喜び、人の悲しみは我が悲しみ」
この2つのエピソードに共通するのが、上司が部下の成長を我がことのように喜んでいること、その姿を見て部下は「上司は自分のことを見守ってくれている」と感じていることです。
これまでさまざまな経営者やビジネスマンを見てきましたが、長期的に成功している人の多くは、人の喜びを我が喜びとし、人の悲しみを我が悲しみとしています。
人は感情が強く動いたとき、その感情を深く共有してくれた人に絆を感じます。
部下やお客様の喜びを我がことのように喜び、部下やお客様の悲しみを我がことのように悲しむ。
そういう人からは、部下も顧客も離れません。それがビジネスの基盤となり、長期的な成功に繋がっていきます。
部下の立場でイメージしてみてください。
自分の成長を我がことのように喜んでくれる上司と自分の成長に無関心な上司。
両者では、「この上司は自分のことを見守ってくれている」と感じるかどうかは大きく異なるでしょう。
それによって上司との絆の感じ方も変わります。
離職の原因となる上司、抑止力となる上司
もちろん上司との絆があればすべての離職を防げるというわけではありません。上司がどれだけ見守っても、上司に絆を感じても、辞めていく部下はいます。
ただ、こういった関わりは離職の大きな抑止力となるものです。会社に不満があったり、別の会社に興味がわいたりした場合、上司との関係が希薄か、上司に強い絆を感じるかで、離職を思い止まる可能性は大きく変わります。
部下の離職を防ぐためにも、部下の成長に関心を持ち、部下の成長を喜べているかについて、一度、振り返っていただければと思います。
(藤田 耕司 : 経営心理士、税理士、心理カウンセラー)