事件が起きた現場(吉川真人氏提供)

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 凶行に及んだ男は、中国のお家芸「反日教育」の申し子だったとみられる。幼い頃から蓄積された憎悪のマグマは、未来ある子供に対して一気に噴き出したのだ。日本への憎しみを教え込んできた中国の学び舎では、安倍晋三元首相の死を冒涜する寸劇まで上演されている。

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【写真を見る】中国のSNSで出回っている「父の手紙」

 昨年10月上旬、中国のSNSに投稿された一本の動画が物議を醸した。

 黄海に面する中国東部の山東省棗荘(そうそう)市にある高校で、運動会の出し物として「安倍暗殺」と題した寸劇が上演された。その様子を撮影した動画にアクセスが殺到したというのである。

安倍元総理暗殺の場面で拍手と歓声

 外報部記者によれば、

「映像を見たところ、陸上トラックのある校庭を舞台にして、安倍元首相のお面を着け、スーツを着た男子生徒が、演台に見立てた椅子の上で演説をぶっていましてね。周囲にはSPと思しきサングラスの男たちが立つなど、2022年7月に奈良で起きた銃撃事件を再現しようとしているのは明らかでした」

事件が起きた現場(吉川真人氏提供)

 そこに突然、小道具の銃を手にした別の男子生徒が現れて発砲。SP役の生徒たちが暗殺犯を取り押さえにかかる一方、安倍元首相役の生徒が倒れ込むと、

〈2発の銃弾が発砲され、遺体は冷えて、核汚染水の海洋放出は、将来に災いをもたらす〉

 というスローガンが書かれた横断幕が広げられた。会場は大きな拍手と歓声に包まれたという。

 再び先の記者に聞くと、

「さすがに現地メディアは“この種のパフォーマンスは暴力行為を助長する”と批判的に書き、教育行政を受け持つ当局も調査に乗り出すと報じる一方で、“生徒たちの感情も理解できる”と擁護する一文も掲載していました。あるネットメディアに至っては“安倍晋三は日本の侵略と挑発の代表者で、生徒たちは愛国心と正義感を示した”と称賛。コメント欄にも“生徒たちは愛国者”といった声が多く寄せられたのです」

「日本兵に見立てたわら人形に銃剣を刺す訓練も」

 にわかには信じ難いが、中国ではお遊戯会や学芸会といった場で、残虐な日本兵を打ち負かすという筋書きの劇を子供たちが披露する学校もあるという。

「大学の軍事訓練で学生に軍服を着用させ、日本兵に見立てたわら人形に銃剣を刺すという訓練を行った例もあって、さすがにやり過ぎではと指摘する声もあります」(同)

 暴力を肯定するかのような教育が、年端もいかぬ子供たちに施されたとすれば、今回の凶行が起きた背景に「反日教育」の影響はなかったといえるのか。

「深センで拘束された殺人の容疑者は44歳の男性ですから、少なくとも小学校の後半から『反日教育』をたっぷりと受けて育った世代といえるでしょう」

 と話すのは、中国出身の評論家・石平氏だ。

「『反日教育』は、1989年に起きた天安門事件後に成立した江沢民政権が始めました。中国政府への批判をそらして国内の結束を高めるため、日本を共通の敵とする。日中戦争の歴史的事実を誇張して、子供たちに日本への憎悪の感情を高めるように教える。中国政府が教師に配布している指導マニュアルでは、南京大虐殺などを感情的に教えなければいけないとハッキリ書いています。映画やテレビドラマ、そして最近ではゲームの世界でも、とにかく日本人は悪役が定番です」

「過度な憎しみを子供たちに残してしまう」

 日中間の経済的な結び付きが強まった胡錦濤政権下では、行き過ぎた反日教育を見直そうという動きもあったが、習近平政権下では再び強化される傾向にあるという。いったいなぜか。

 現代中国の社会問題に詳しい東京大学大学院総合文化研究科教授の阿古智子氏は、こう指摘する。

「今、不動産バブルの崩壊や失業者の増加など、中国は経済的に非常に行き詰まっている状況ですから多くの人が不満を抱えています。その矛先が習政権、中国共産党へと向かうことを恐れて、日本へ不満が向かうよう『反日教育』が強化された可能性はあります」

 中国共産党は先の大戦で日本と戦って国を守った。だからこそ政権を担う正当性があるという話につなげたいとの思惑が、見え隠れするというのである。

「共産党の功績を大きく見せるため、戦時下の日本の残虐行為をクローズアップする。そうした教育を行えば過度な憎しみを子供たちに残してしまうでしょう」

 そう話す阿古氏は、初対面の中国人少女に詰問されたことがあったそうだ。

「小学生くらいの娘さんから、“日本人って、これまで日本がやってきたことを分かっているの?”と言われて本当に驚きました。歴史教育というのは難しくて、例えば731部隊については論争が続いています。そうした事実を中国は客観的に伝えず、多感な子供たちに人体実験などトラウマになりかねない話として教えてしまう。そうなると、子供たちは自分たちが攻撃や被害を受けたように感じて、日本人はとんでもないと思い込んでしまいます」

「日本への憎しみ、社会的な不安定さが深刻」

 かような「反日教育」は、これまでにないほどの勢いで日本に牙を向けている。

「過去を振り返れば、靖国神社や尖閣の問題で05年や10年前後に大規模な反日デモが起こり、日系スーパーや日本車が襲われましたが、今回は日本人学校の児童という一番弱い立場にいる子供たちが標的になってしまいました。中国における日本への憎しみの度合い、社会的な不安定さの度合いが、非常に深刻なところまできている懸念があります」(同)

 そろそろ日本も、厄介な隣人との付き合い方を考える必要がありそうだ。

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「週刊新潮」2024年10月3日号 掲載