(※写真はイメージです/PIXTA)

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核家族化と高齢化が加速する現代、高齢の単身世帯は増加の一途をたどっています。「タワマン孤独死」という言葉も取り沙汰されるなか、老後は誰とどこで生活するのがベストなのでしょうか。CFPでFP事務所MIRAI代表の山粼 裕佳子氏が、事例をもとに検証します。

70代夫婦が、終の棲家に「タワマン」を選んだワケ

道子さん(仮名・現在73歳)は、短大卒業後に保険会社に就職。24歳のときに3歳年上の敏夫さん(仮名)と出会い、結婚しました。敏夫さんは当時大手商社に勤めており、高収入のエリートサラリーマンでした。

結婚するタイミングで、2人は義両親が建ててくれた新築の戸建てに転居。敷地内同居となりましたが、義両親とはスープの冷めない距離を保った良好な関係でした。道子さんは出産を機に家庭に入りましたが、金銭的には余裕があったといいます。

やがてひとり娘の子育てが終わり、老後資金に大方の目途がついてきた50代も半ばのころ、道子さんと敏夫さんは、老後の住まいについて話をするようになりました。

というのも、当時の住まいは緑に囲まれ、閑静な住宅地にあるのが魅力の一方、最寄り駅まで徒歩で25分、一番近いスーパーまで徒歩10分かかります。マイカーがあったことから生活に不自由はありませんでしたが、「今後、歳を重ねて車を手放すことになったら、買い物に行くのもひと苦労だね」という話になったのです。

ある日目にした「新築タワマン」の広告

そんなとき目にしたのが、新築タワーマンションの広告でした。

「〇〇駅徒歩△分、25階建て新築マンション堂々完成」……そのマンションは、2駅先にできたといいます。その駅は複数路線が乗り入れ、数年前から周辺の大規模開発が行われている瀟洒なエリアとして、人気が高まりつつあった場所です。

夫婦は、「ここなら、生活必需品は徒歩圏内で手に入るし、都心へのアクセスもいい。今後マイカーを手放すことになっても問題ないね」。義両親がすでに他界していたこともあり、思い切って住み替えを決意しました。

2人が購入したのは、7,000万円の2LDKの物件です。老後資金として蓄えていた5,000万円を頭金と諸経費に充て、残りの2,000万円は住宅ローンを組みました。半年後には、元々住んでいた土地が3,000万円で売れたため、住宅ローンは全額繰上げ返済しました。

住み替えにより資産は大きく減ってしまいましたが、2年後には敏夫さんの退職金が2,500万円入ったため、それほど不安はありませんでした。

悠々自適な老後のスタート

年金生活に入ってからは、まさしく“悠々自適な老後”がスタートしました。

とはいっても、決して贅沢三昧なわけではありません。天気のいい日には散歩をし、カフェや図書館で本を読み、ときどき夫婦で美味しいものを食べに行く……というような、心身ともにゆとりのある生活でした。

「高いものを買いたい!」というような購買意欲もあまりなかったため、日々の暮らしにかかる生活費は年金から十分賄うことができました。

そんななか、唯一夫婦の定年後の趣味となったのが「旅行」です。特に船旅がお気に入りで、年に数回、数日間のクルーズに出かけました。こうした旅費は「特別費」として、退職金から賄っていました。

悠々自適な老後が一転…愛する夫の死に、妻はショック

そんな理想の老後を過ごしていた2人でしたが、道子さんが70歳のとき、状況が一変します。夫の敏夫さんが、病に倒れてしまったのです。1年間の闘病の末、敏夫さんは他界してしまいました。

周囲からも「おしどり夫婦」と呼ばれるほど仲がよかったことから、道子さんは大きなショックを受けます。なんとか葬儀を終えると張り詰めていた気持ちが一気に萎えてしまい、しばらく無気力状態が続きました。

抜け殻のようになってしまった道子さんを娘は心配し、少しでも前向きな気持ちになればと、スポーツクラブやカルチャーセンターに通うよう勧めてみたそうですが、元々社交的な性格ではなかった道子さんは、気乗りしない様子だったといいます。

心配ではありましたが、娘は隣県に住んでいたため、頻繁に道子さんを訪ねることはできません。ときどき電話で母の様子を確認していましたが、当時、道子さんに持病はなく、金銭面の心配もなかったため、娘は「時間が経てば元気になって、元のお母さんに戻ってくれるだろう」と楽観視していました。

娘の“嫌な予感”が確信に変わった「母からの電話」

しかし、ある日の出来事をきっかけに、娘は“嫌な予感”がし始めます。

それは敏夫さんの一周忌で、久しぶりに親子が顔を合わせたときのことです。娘は、道子さんの表情がいつもと違うなと感じたそうです。なんとなくぼんやりとして、表情に締まりがないように見えます。

それでも、話しかけるといつもの母です。孫の様子を気にかけてくれるなど大きく変わった様子もなかったため、娘はどこか違和感を覚えつつも、「年齢も年齢だし、疲れているのだろう」と思うことにしました。

しかし、その後しばらくして、その「嫌な予感」は確信に変わります。

ある日娘の携帯に、1本の電話が入りました。出てみると道子さんからで、ひどく動揺している様子です。

「助けて! 泥棒に入られたかも。印鑑と財布がないの」。

娘はとりあえず母親を落ち着かせ、思い当たる場所を電話口で指示したところ、事なきを得ましたが、その後、昼夜問わず似たような電話がかかってくるようになりました。

そこで娘は、法事以来4ヵ月ぶりに道子さんの家を訪ねることにしました。

玄関ドアの先にあった「驚くべき光景」

訪問当日、エントランスに着いた娘がインターホンで呼び出すと、母は驚いた様子でこう言います。「あれ、今日はどうしたの?」

日程はあらかじめ伝えていたのですが、すっかり忘れているようです。娘は、祈るような気持ちで長いエレベーターを上がり、玄関ドアを開け、茫然としました。

元来、道子さんは自他共に認めるきれい好き。毎朝の掃除は日課で、いつも家の中は整理整頓されていました。

しかし、ドアの先に見えたのは、床に置かれた大量の買物袋と洗濯物の山でした。鼻をつく異臭もあり、出所はキッチンのようです。慌てて娘が片づけようとしますが、母は「大事なものだから触らないで!」と怒ってしまいます。

娘は覚悟を決めて、道子さんを病院へ連れていきました。そして検査の結果、道子さんは軽度の認知症であると診断されました。

夫と過ごしたタワマンは手放し、老人ホームに転居することに

ちょうど娘は仕事で要職に就き、やりがいを感じ始めていたころで、「母の介護を1人で担うのは厳しい」というのが本音でした。また、道子さんも娘に対し、事あるごとに「老後、あなたに世話をかけるなんてとんでもない」と冗談交じりに伝えていたそうです。

母の性格から考えて、娘に迷惑をかけるのは本意ではないだろうと考えた娘は、母を老人ホームに入れることにしました。道子さんはタワマンを終の棲家にするつもりでしたが、仕方がありません。

タワマン→老人ホーム転居にかかる「費用」は…

老人ホームに転居させるにあたって気になるのは、金銭面です。

道子さんの資産は、敏夫さんの遺産と居住中のマンションのみ。それに、敏夫さんの遺族厚生年金を合わせて月22万円の年金収入があります。趣味だった旅行と敏夫さんの入院中にかかった医療費、葬儀費用などで退職金を取り崩していたこともあり、預金残高は2,800万円になっていました。

娘は夫と相談した末、道子さんが住んでいるマンションは売却することに。不動産会社に問い合わせたところ、人気のエリアで需要が高いことから、手数料を除いても5,000万円ほどは手元に残りそうです。

その後、母とともに施設を探し、道子さんは湘南の海を望める介護付き有料老人ホームを選びました。その施設は、完全個室の1LDKでミニキッチン付き。大浴場やスポーツジム、ミニ図書館などを備えた、リゾートホテルのような老人ホームです。24時間体制で看護師や介護ヘルパーが常駐しているため、なにかあった時にも安心です。

介護付き有料老人ホームにかかる主な費用は、下記のとおりです。

【介護付き有料老人ホームにかかる費用】

入居一時金:2,500万円

月額料金(管理費・運営費):17万円(単身入居の場合)

食費実費(3食+おやつ):6万円/月 

入居一時金は預金から払い、月額料金は年金と預金を取り崩しながら支払う予定です。

“終の棲家”を選ぶ際は「介護」を視野に入れて

今回の道子さんは、幸いなことに購入したタワマンを売却することができ、また潤沢な資産があったことから、介護施設の選択肢も十分にありました。その一方で、費用面から在宅介護や、比較的負担の軽い公的な介護施設を選ぶしかないという人も数多くいます。

生命保険文化センターの調査によれば、介護に要する費用の月額平均は、在宅介護の場合は平均4.8万円ですが、施設介護の場合平均12.2万円に跳ね上がります※。

※ 介護保険の自己負担金を含む

「介護施設」のキホン

なお、老人ホームなどの施設は、「公的介護施設」と「民間介護施設」に区別できます。

公的施設は、地方公共団体や社会福祉法人、医療法人が運営元となっています。道子さんが選んだ有料老人ホームは民間施設で、民間企業が運営しています。

【公的介護施設】

・特別養護老人ホーム(特養)

・介護老人保健施設(老健)

・介護医療

・軽費老人ホーム(ケアハウス)

【民間介護施設】

・介護付き有料老人ホーム

・住宅型有料老人ホーム

・グループホームサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)

民間介護施設は初期費用(入居一時金)が必要な場合が多く、月額料金の相場も公的施設よりも高くなりがちです。いわゆる「高級老人ホーム」といわれる施設では、初期費用として数千万円必要なところが多いようです。

施設によって要介護度や受け入れ要件の基準が異なり、認知症の方の場合、受け入れが難しい施設もあるため、あらかじめ確認する必要があります。

また、施設によって月額料金に含まれているサービスが異なるため、必ず確認してください。入居先を選ぶ際には、あらかじめ施設を見学し、スタッフの対応や入居者の雰囲気まで含めて体感しておくと、ミスマッチを回避できるでしょう。

内閣府の調査では、65歳以上の単身世帯率は2030年には男性20.3%、女性26.9%となる見込みです。また、7人に1人が認知症になるという予測も出ています。

一人暮らしの親が認知症になったとき、誰が、どこで、どのように、介護をするのか……親の意向、子の希望、資金面のことなど、あらかじめ家族で共有しておくようにしましょう。

いざというときに慌てることのないよう、お金と気持ちの準備が大切です。



山粼 裕佳子

FP事務所MIRAI

代表