年金の受給開始年齢による「損益分岐点」について解説します(写真:genzoh/PIXTA)

自分がもらう年金の額はあらかじめ決まっている。そう思っている人は多いのではないでしょうか。しかし、社会保険労務士で人気YouTuberでもある「社労士みなみ」さんによれば、年金の額はある程度自分でコントロールできるといいます。

そのためのキーワードはズバリ「年齢」。年金を最大化するポイントについて「社労士みなみ」さんの著書『もらう×増やす×出費を減らす 年金最大化生活』より、一部抜粋、再編集してお届けします。

年金をもらう年齢を遅らせれば1年で8.4%増える

あなたが年金をもらい始める年齢は何歳かご存じでしょうか。

現行制度では、特に何のアクションも起こさなければ65歳からスタートします。しかし、意外と知られていないのですが、年金をもらい始める年齢は自分で決めることができます。そして、何歳からもらい始めるのかによって、年金額がかなり変わってくるのです。

大まかに分けて、3パターンあります。

1 65歳より早くもらう(繰上げる)
2 65歳でもらう
3 65歳より遅くもらう(繰下げる)

一般的には、もらう金額が増えるのは「繰下げ」です。そこで、最初に「繰下げ受給」からご説明しましょう。

繰下げ受給とは、年金をもらい始める年齢を遅らせる方法です。年金をもらい始める年齢は、原則65歳です。まだかまだかと待っている人もいるかもしれません。けれど、もらう時期を少し後ろにずらすだけで、もらえる年金額が増えるのです。

少し後ろにずらすとはどのくらいでしょうか? それは、65歳から1年間です。66歳以降は、好きなタイミングで、1カ月単位で遅らせることができます。最大75歳まで繰下げ可能です。

繰下げると年金が増える、という話を聞いたことがある人もいるでしょう。しかし、実際のところどれくらい増えるかご存じでしょうか。実は、1カ月遅らせるだけで、0.7%の上乗せになるのです。「え、たったの0.7%?」と思うかもしれませんが、仮に1年遅らせると0.7の12倍ですから、8.4%増えるということです。

上乗せ率は66歳以降、1カ月単位で加算されていくため、5年遅らせて70 歳からもらい始めると42%、10年遅らせて75歳からもらい始めると84%も上乗せされます。


(出所:『もらう×増やす×出費を減らす 年金最大化生活』より)

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例えば、65歳で年間150万円の年金を受け取る予定だった人が、70歳まで繰下げると213万円、75歳まで繰下げると276万円に増額されるということです。そして、その年金額を死ぬまでもらい続けられます。

もちろん、75歳まで繰下げて年金額が増えたとしても、人生が80年で終わるとちょっと残念です。それに、繰下げのメリットを最大限享受するならば、75歳まで年金なしで暮らせることが前提になります。

「さすがに、それはきつい」という方もいるでしょう。しかし、1年繰下げればその後の年金収入が65歳時点より8.4%も増やせるわけですから、できる範囲で1年でも2年でも繰下げれば、その後の暮らしがかなり楽になります。

65歳を過ぎても年金以外の収入がある人や、当面は蓄えで生活できる人、大きな病気をしていない人などは繰下げ受給を検討してみてはいかがでしょうか。特に、将来受け取る年金額が少なく、老後のお金に不安を感じている人や、平均寿命が長い女性は繰下げ受給がお勧めです。1カ月でも、2カ月でも遅らせると、それだけ増えるのですから、もらい始めるぎりぎりまで考えていいと思います。

「繰下げ」すると損する、という話は本当か?

繰下げ受給の話をすると、「長生きしなければ、結局は損することになりませんか」と、よく聞かれます。たしかに、年金が増えても、思っていたより長生きできなければ損になります。

それでは、どれくらい長生きすると、「繰下げ受給してよかった」となるかというと、分岐点となるのは、もらい始める年齢プラス11歳です。66歳なら77歳以上、70歳なら81歳以上、75歳なら86歳以上長生きできると、得することになります。


(出所:『もらう×増やす×出費を減らす 年金最大化生活』より)

人の寿命は誰にもわかりません。年金が増えるのを楽しみに待っている間に寿命が尽きることもあります。そういう場合、繰下げした年金はどうなるのでしょうか?

もし、もらい始める前に亡くなったときは、遺族が未支給年金(もらうはずだった年金)の請求をすると、65歳時点の年金額で算出された年金額が一括で支払われます。ただし、請求した時点から5年以上前の年金は受け取れません。

例えば、繰下げ受給を予定していた人が73歳で亡くなったとしたら、遺族が請求すると、68〜73歳までの5年分の年金をもらえます。その際の金額は、68歳まで繰下げた額ではなく、65歳時点のものです。残念ながら、65〜67歳までの年金は消滅です。

「年金がなくなるなんてあり得ない!」と感じる方は、繰下げ受給開始年齢を70歳以内に設定することをお勧めします。

「繰上げ」たほうが得になるケースもある

年金は、もらい始める時期を遅らせることもできますが、逆に、65歳より早めることもできます。具体的には、60歳からもらうことができます。これが、「繰上げ受給」です。

年金をうまく使うためには、覚えておいて損はありません。もちろん、早くからもらえるという大きなメリットがある反面、もらえる年金が少なくなるというデメリットがあります。

「繰上げ」たときの減額率は、1カ月で0.4%。1年早めると、0.4×12カ月で、4.8%の減額です。60歳からもらい始めると、なんと24%の減額になります。しかも、その年金額が一生続きます。

例えば、年額150万円の年金をもらえる予定だった人が60歳からもらうようにすると、年額114万円になってしまうということです。

0.4%という減額率は、2015年度簡易生命表による平均余命をもとに算出されたものです。

平均余命とは、各年齢に達した人たちがその後平均して何年生きられるかを示したもので、65歳時点の平均余命は男性19.44歳、女性は24.3歳です。

この数字をどう受け取るかは人それぞれですが、減額率の設定は、いつから受給しても87歳まで生きると同じくらいの年金総額になるように設定されているといわれています。


(出所:『もらう×増やす×出費を減らす 年金最大化生活』より)

82歳まで生きると「繰上げ」は損になる

それでは、どのくらいまで長生きすると、「繰上げは損だった」ということになるのでしょうか。

長生きして損というのも変ですが、繰下げ受給とは逆の見方ですね。

そもそも、年金は高齢で働けなくなったときのための所得保障であり、損得で考えるべきではないのですが、この点に関心を持たれている方がすごく多いので説明します。

年額200万円の年金をもらうはずだった人の例で考えてみましょう。

60歳から年金をもらい始めると、80歳時点でトータル3040万円(年額152万円)もらうことになります。65歳からもらい始めていたとしたら、80歳でトータル3000万円です。この時点では、まだ得です。

繰上げしなかった場合のトータル金額が上回るのは、80歳10カ月。つまり、そこまで長生きすると、ようやく「繰上げは損だった」ということになります。

これは、年金額が100万円でも、300万円でもほとんど同じです。つまり、年金額にかかわらず、損益分岐点は決まっています。

もう少し細かく分析して、年金から税金や社会保険料を差し引いた手取りベースで見ると、もう少し後ろに下がって82歳あたりになります。

日本人の平均寿命は、男性は約81.41歳、女性は約87.45歳。要するに男性の平均寿命あたりが、損するか、得するかの分岐点ということです。

男性なら、平均寿命まで生きられたら繰上げの選択はうまくいったことになります。一方、女性はもう少し長生きするので、繰上げ受給をすると損をする人が多いといえます。もちろん、結果として、得するのか、損するのかは誰にもわかりませんが。

人生を満喫するためには「健康寿命」を考慮する

年金を早くもらっている人のなかには、「元気なうちに楽しみたいから」という理由を挙げる人もいます。


そういう人たちが意識しているのが、健康寿命です。健康寿命とは、誰かのお世話になることなく自力で日常生活を送れる期間のことで、平均寿命と比べるとぐっと短くなります。男性は72.68歳、女性は75.38歳といわれています。「体が元気なうちに趣味や旅行などを楽しみたいから、年金は早めにもらう」。それも、ひとつの選択肢なのかもしれません。

確実に年金を受け取ることを重視するのか、長生きリスクを重視するのか。自分自身のライフプランと合わせて総合的に判断・選択する必要がありますが、私は自分が決めた受給年齢が正解だと思っています。

繰上げ受給について注意しておきたいことが2点あります。1つは、繰下げ受給と違って、国民年金と厚生年金のどちらかだけを「繰上げ」ることはできないことです。繰上げるときは同時になります。

もう1つは、1度「繰上げ」ると取り消せないことです。「やっぱり65歳から」とか、「やっぱり繰下げに」というわけにはいきません。どうしようか迷っている間は、繰上げ受給をしないほうがいいでしょう。年金の制度は複雑なので、繰上げ受給を検討されている方は、年金事務所で事前に相談することをお勧めします。

繰上げ受給は、年金が少なくなるとはいえ、60〜65歳の5年間で働かなくても入ってくるお金が増えるのは事実です。そこをどう考えるかだと思います。

ここまでお話してきた内容でお分かりのように、年金を最大化できる年齢は人によって異なります。どんな老後を送りたいのか、自身の人生プランや健康状態と照らし合わせて、後悔のない方法を選んでください。

(社労士みなみ : 社会保険労務士、YouTuber)