リスキリングを進めるときに役立つのが、「マインドセット」「スキルセット」「ツールセット」という3つの考え方です(写真:maroke/PIXTA)

2023年12月にマンパワーグループが発表した「2024 Global Talent Shortage」によると、日本の組織の85%が人材不足で、この割合は調査した国の中で1番高く、世界平均の75%と比較してもより大きく顕在化している課題だといえます。

一方で、2023年にWHOが発表した世界保健統計において、日本は平均寿命、健康寿命ともに世界ランキング1位となっています。健康寿命が今後延びていくことを前提にするならば、生活する時間も、働くことが必要な時間も長くなると考えられます。

日本のリスキリング第一人者である後藤宗明さんは、「リスキリングで現在の雇用に頼らない人生とキャリアを自ら創造する」時代だと言います。著書『中高年リスキリング これからも必要とされる働き方を手にいれる』(朝日新書)より一部抜粋・編集してお届けします。

新たな習慣を身につける必要も

今後、リスキリングしながら成長産業への労働移動を実現していこうとしたら、すべてが今まで通りとはいかず、新たな習慣を身につける必要に迫られることも出てくるはずです。

そんなときに役立つのが、「マインドセット」「スキルセット」「ツールセット」という考え方です。これは、海外では頻繁に聞くアプローチで、この3つが整う状態を作り出すことが、目標を達成するために必要だといわれています。

リスキリングを進めていくうえで、この3つに共通する「セット」という言葉はとても重要な意味合いを持ちます。

なぜかというと、新しい成長分野の仕事に就くというのは、一時的なやる気(マインド)、単体のスキル、特定の学習(ツール)だけで成果が出るようなプロジェクトではないからです。

❶ マインドとマインドセットの違い

マインドは「心」や「精神」という意味で、人の思考、感情、意識などを指します。

一方で、マインドセットは「考え方」や「心構え」という意味で、物事に対するアプローチや態度を形づくる信念や前提などを指します。

この2つの違いをわかりやすく表す例として、ある問題に対する対応を考えるとき、「その瞬間感じていること」はマインド、一方、「その問題をどう捉えるか」「どのような視点でアプローチするか」といった中長期的に示すものがマインドセットです。

例えば、困難に直面したとき、一時的に落ち込む状態はマインドですが、「困難を乗り越えるためにどうしたらよいか」といった姿勢は、マインドセットになります。

スキルは1つでなく、複数持つ

❷ スキルとスキルセットの違い

スキルは、「特定の活動を行うために必要な能力や技術」を指します。これは1つひとつの具体的な技能を意味します。

スキルセットは、「複数のスキルが組み合わさった一連の能力や技術」を意味します。通常、特定の職業や活動を効果的に行うために必要な、幅広いスキルの集まりを指します。

例えば、コミュニケーションというスキルがありますが、プロジェクトマネージャーとして成功するためには、コミュニケーション以外にも組織運営、リーダーシップなどの複数のスキルが揃っていることが必要です。

❸ ツールとツールセットの違い

ツールとは、「特定の作業や任務を遂行するために使用される具体的な道具や装置」を指します。1つのツールは、1つの機能や用途に特化していることが多いです。

一方、ツールセットは、「複数のツールが一組になったもの」で、広範囲の作業や複数の関連任務を効率的に行うために使われます。

例えば、家具を組み立てるときに「ドライバー」という単一のツールが役立ちますが、家具の組み立てから修理までを広くカバーするためには、ドライバー、ハンマー、水平器、メジャーなどを含むツールセットが必要となるわけです。

3つの「セット」のなでも、特に中高年の方々がリスキリングを行う場合に、まず必要となるのが、マインドセットの転換です。

リスキリングを前向きに進めていくために欠かせない重要なポイントですので、私の前著『新しいスキルで自分の未来を創る リスキリング 【実践編】』(日本能率協会マネジメントセンター)にも掲載した「7つのリスキリング・マインドセット」を改めてご紹介します。

7つのリスキリング・マインドセット

❶ 「まずやってみる」を心がけよう

初動で、「まずやってみる」ことが何より大切です。

日本のビジネスにおいては、慎重で失敗しないことをよしとし、様子をうかがってから動く、といった姿勢が多く見受けられます。

しかし、それよりもその行動が正解なのかどうか、成功するか失敗するかなどと考える前にまずやってみて、その結果、自分の中に湧き上がってくる気持ちを正直に受け止めるという習慣を身につけることが大切です。

新たなスキルやツールの使い方を学ぶにしても、過去事例や他社事例などを調べて、知っているつもり、わかったふりの状態でいるのと、実際にやってみて、感じ取った気持ちをふまえて学ぶのとでは、理解度や納得度がまったく異なります。

正解へのたどり着き方は、やってみたことをふまえて、後から考えればいいのです。

❷ コンフォートゾーンから飛び出そう

解雇に対する過度の恐怖心などから、やみくもに流行りのスキルを学ぶのは問題がありますが、個人が健全な危機感を持ちながらリスキリングに取り組むことはよいことだと考えています。

少子高齢化の中で放っておけば縮小均衡していく日本のビジネス界では、現時点で安全な領域(コンフォートゾーン)に留まっていると、外部環境の変化に適応しづらくなり、気づいたら手遅れの状態になりかねません。

コンフォートゾーンから出て、「居心地の悪い状態に慣れる」ことができるかどうかが、リスキリングの成否を分けます。

未知の領域で挑戦し続けることは、最初は居心地が悪いかもしれませんが、次第に慣れてきます。筋トレと同じで、最初は筋肉痛がありますが、慣れてしまえば、自分に起こる変化が楽しくなってきます。

❸ 「6割の理解」のままで突き進もう

知らない分野で初めてリスキリングに取り組むのは、だだっ広い場所にポツンと立って、手探りで道なき道を進んでいくような作業です。初めての分野では「知らない」ことが当たり前で、とにかく動いてみて、全体像がつかめたらしめたものです。

細かいことは後回しでよいのです。何度も同じ道を通るうちに、細かいことはだんだんわかるようになってきます。

例えば、デジタルの世界は、外部環境の変化が激しく、昨日の正解が今日の不正解になることもあります。6割の理解レベルでよいので、どんどん当たりをつけて動いていきましょう。

成果が出るまでは時間がかかる

❹ 何度でも同じプロセスを繰り返そう

短期間の勉強で正解できる中間・期末テストとは異なり、リスキリングで成果が出るまでには時間がかかります。知らない分野の専門用語がたくさん出てくることもありますので、しっかり理解できるまでは、忘れてしまうことがあって当然です。

また、大学受験のような、一時的な記憶力が勝負の世界ではありません。一定の期間内に特定の資格取得が必要な場合を除き、覚えたことを忘れてしまってもがっかりする必要はありません。業務で何度も繰り返していくことで、記憶が定着していくからです。

例えば、ある専門用語を忘れてしまった際に、「『忘れたこと』を覚えている」というのは記憶レベルが上昇している証拠なので、「あー、この前出てきたけど忘れてしまった」という状態は、よいことだと考えてください。

❺ いつでも軌道修正しよう

知らない分野にチャレンジしたとき、やってみたら面白くない、自分の想定と違った、自分に向いていないといったことが明らかになる場合も多いはずです。

「一度決めたから最後までやり通す」ということにこだわらずに、いつでも柔軟に軌道修正をしましょう。自分の将来の方向性を決めるリスキリングを行うのですから、自分が楽しくなく、興味が湧かないことをやり続けると、結果的に成果に結びつかない確率も高くなります。

何度でも方向転換OKを基本にしましょう。

❻ すぐに成果が出なくても焦らない

リスキリングは、短距離走ではなく、長距離走であるため、途中でさまざまな障害があったり、ストレスがかかったりすることもあります。その際に焦ってしまうかもしれません。

しかし、仮にネガティブな状態になっても、しなやかに回復する力(レジリエンス)があれば問題ありません。すぐに成果が出なくて焦ったり、落ち込んだりしても、気持ちを切り替えて回復できることが大切です。

リスキリング継続のカギは、「レジリエンス」にあります。

自分のやっていることを信じる

❼ 発展途上の自分に自信を持つ

❻で述べたように、リスキリングはすぐに成果が出るわけではありません。そのため、ある種の思い込みというか、取り組んでいるプロセスそのものを信じることが必要になってきます。


現在発展途上にある自分に自信を持つことができると、それがエンジン(原動力)となって、前述の❶〜❻のマインドセットを維持しながら、リスキリングに取り組むことができるのではないかと思います。

仮に、信じることができないと思われても、新しいことに挑戦している自分を肯定する、褒めるといった姿勢は大切にしてください。

私自身、40歳からリスキリングに取り組み始め、転職活動で評価されなかった当時を振り返って、完全に「発展途上の自分に自信を持つ」ことができていたかというと、答えはNOです。

ですが、これまでにまったく経験のない新しいことに挑戦し、自分で納得のいく成果を出すことが何度かできていたので、その点は肯定的に捉えていました。だからこそ、「発展途上の自分」の状態に身を置くことができていたのだと思います。

(後藤 宗明 : 一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事  SkyHive Technologies 日本代表)