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5年前、見知らぬ青年から届いた「助けて下さい」という一通のDM。その若者は身元を偽って姿をあらわし、そして消えていった。その背景のひとつに「デジタルタトゥー」があった。赤いスニーカーとボロボロの歯が印象的だった彼は今、どこで何をしているだろうか。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)

●突然届いたDM「助けて」

2019年12月26日、当時新聞記者だった私のツイッター(現・X)に匿名アカウントからDM(ダイレクトメッセージ)が届いた。

「助けて下さい」

句読点や絵文字がない6文字だけの一文に眉をひそめつつ、「どうされたんですか?」と返すと2分後に返事がきた。

「泊めてくれる人探してました」

私「今どこにいるのですか?」

「博多です。駅でさ迷ってます」

私「ホテルなどに泊まるお金はお持ちですか?」

「9000円ならあります。ネットカフェに今日はいます。明日からどうしよって、おもってます」

怪しさを感じつつも、何か取材のきっかけになるかもしれないと思い会うことにした。

●名乗ったのは「ルイト」

翌日、指定したJR博多駅(福岡市)前のベンチで待っていると、真っ赤なスニーカーに黒のキャップをかぶった若者がやってきた。

近くのカフェに入り、一番奥の席の丸テーブルを挟んで向かい合う。彼は、下の名前を「ルイト」、年齢を「20歳」と自己紹介した。そして、質問に答える形で半生を語り始めた。

まとめると次のような話だった。  

1999年、埼玉県で生まれ乳児院に入った。その後、児童養護施設に移り、12歳ごろ母親に引き取られた。

2019年春、福岡に引っ越し、土木関係の会社に就職。ある日、仕事を終えてアパートに帰ると家具などと一緒に母が消えていた。数着分の着替えとスマホ、約3万円の現金だけが残った。

ひとまず電車で福岡市に向かい、SNSで見知らぬ人に手当たり次第「泊まらせてほしい」とメッセージを送った。 

福岡に住んでいる人を検索する中でたまたま見つけた私のツイッターアカウントに連絡してきたのは、そんな状況下だったらしい。

●残り2200円で寝場所を確保

博多に流れ着いた経緯を話し終わると、彼は「まずは住むところを見つけたい」と言った。

運良く、生活困窮者を支援する福岡市東区の「抱樸館(ほうぼくかん)福岡」に空きが見つかり、早速12月28日朝に施設を訪ねた。

申込書に性別や生年月日、相談したい内容などを記入し、健康状態や借金の有無などの質問に答えていく。施設のルールについて説明を受け、契約書2枚に名前と日付を記入して手続きは終了。施設責任者の許可が下り、入所が決まった。

割り当てられたのは3階にある6畳ほどの個室。彼は支給された下着やタオルを棚に丁寧に並べていく。

「思ってたより広い。やっとゆっくり寝れそうです。寝るところとご飯があるので大丈夫。あとは(施設に)入っている人と打ち解けられるかです」

この時、財布に残っていたのは1000円札2枚と100円玉2枚の計2200円だけだった。

●深まる疑念

「年末から戻ってこない」

年が明けた2020年1月3日、施設から連絡があった。ルイトが入所3日後に外出したまま帰宅しないという。

危機的状況で見つけた居場所をなぜ手放すのか。不思議に思いながら彼にラインで安否を尋ねると、退去したはずのアパートがある福岡県福津市に戻ったと返信がきた。

彼はそれまで、苦労が多かった幼少期の出来事や具体的な住所をよどみなく語っていた。しかし、この後は一転して彼の話に疑念がつきまとうようになる。

福津市で彼と落ち合い、以前住んでいたというアパートを訪ねると、確かに存在した。

だが、事前に聞いていた104号の部屋を訪ねると、ルイトの名字とは違う名前の表札が掛かっていた。

彼の方を見ると、「俺が出てから新しい人が入ったらしいです」と真顔で答える。

念のため隣の103号室のチャイムを押す。出てきた高齢男性は「104号室には家族が長年住んでいる」と話した。少なくともここ数日で引っ越してきたという事実はなかった。

事実とうそを混ぜ合わせ、自分の都合に合ったストーリーを作り出しているのではないか。疑念が確信に変わるまでにはさらに3週間がかかった。

●明かされた本当の名前

「ルイト君の本当の名前が分かりました」

2020年1月23日、彼の支援者から着信があった。電話口で聞いた名前をネットで検索すると、ある事件を伝えるニュースが表示された。

彼は約10年前、東京都内で窃盗事件を起こしていた。人を傷つけるような事件ではなかったが、当時テレビが報じたニュースはネット上に転載されたまま今も残っている。

そこには、警察から検察庁に身柄を移送される際の彼の顔が鮮明に写り、容疑者として彼の本名が映し出されていた。

20歳と言っていた年齢は10歳ほどさばを読んでいたことが明らかになった。

「今まで本名を名乗らなかったのはネットに事件のニュースが残っているからなの?」

そう尋ねると、ルイトはぼそりとつぶやいた。

「そういう感じです。すごいニュースになったんで。今でも出てくる」。

“ルイト”はこれまでの人生を改めて語り始めた。

高校を中退してホストになったが、女性客の借金を背負わされて窃盗を繰り返すように。逮捕され執行猶予付きの有罪判決を受けた。

頼る先はなく、その後は麻薬の売人に。面倒を見てもらっていた暴力団の組員が逮捕されたタイミングで逃げ出し、身を隠しながら生きてきたという。

その話に不自然な点は感じなかったが、裏付ける証拠がないため、本当かどうかは定かではない。

●生活保護を申請するも…

身元が判明して一夜が明けた日、彼の姿は福岡市東区役所にあった。

生活保護を申請するためだ。本名は分かったが、彼にはそれを証明するすべがなかった。

区役所の担当者は「あなたが○○(本名)さんだということを確認できないわけですよね…。身分を確認できるものが何もないのは私も初めてです」と苦笑いを浮かべた。

この日は窓口で就職活動の進捗や前科前歴について確認があり、彼はボロボロの歯を治療するために「歯医者に行きたい」と言った。

抱樸館福岡に入所する時、彼は今後の抱負を1枚の用紙にこう書いていた。

「生活を立て直し、一日も早く社会復帰し、仕事を見っけて、働きお金を貯め、更生していきたいと思います。お金の有難みを考え、働らける事に感謝して、一日一日を有意義に過ごしていきたいと思います」(原文ママ)

焦らずに生活を立て直そう。そんな話をしながら区役所を後にした。

しかし。彼はまた姿を消した。私が送ったラインのメッセージには既読マークが付かないまま、チャットからも退出していった。

警察からの一本の電話

福岡県警の刑事から突然電話がかかってきたのは2022年7月。“ルイト”と連絡が取れなくなって約2年がたっていた。

刑事は福岡市の九州大学箱崎キャンパス跡地で遺体が見つかった事件を捜査しているといい、おおむねこんな説明をした。

<遺体の身元がまだ分からない。今は現場周辺で行方不明になった人を洗い出して確認している状況だ。ルイトさんはその一人で、内部で調べても情報が出てこない。知っていることを教えてほしい>

“ルイト”が私に語った話がどこまで本当だったのかは正直確認のしようがない。取材で得た情報だったこともあり、警察に伝えられることは少なく、事情を説明して理解してもらった。

刑事からは後日、再び電話があり「ルイトさんの身元が分かり、遺体とは関係なかった」と報告があった。

●消えない「デジタルタトゥー」

犯罪者としてネット上に名前や写真が残り続ける「デジタルタトゥー」が彼の人生にどれほど負の影響を与えてきたかは、一概に判断できない。

しかし、過去に起こした事件と現在の生活を結びつけられることを恐れ、隠れるように暮らす人がいることは確かだ。

今は、前科に関するネット上の個人情報を削除要求すれば応じるサイトもあるという。”ルイト”にはその選択肢がなかったのかもしれないが、彼は逃げ続けることを選んだといえる。

”ルイト”の行方は今もわからない。