劇安価格で知られる居酒屋チェーン「新時代」が、景品表示法違反消費者庁から指導された。どんな店なのか、気になったので行ってみると…(筆者撮影)

景品表示法違反で指導された「新時代」

激安価格を売りの一つにした、居酒屋チェーン「新時代」。街にあるデカデカとした看板を見たことがある人も多いだろう。店名の下には、「伝串50円」とか「生ビール190円」といった文字。近年猛烈な勢いで出店を加速させている。

そんな「新時代」が、景品表示法違反消費者庁から指導された。実は、その背景にはこの店の「らしさ」が表れている。

今回は「新時代」をレポートしつつ、この出来事の背景にある「新時代らしさ」について解説する。「新時代」はどのような店なのか。実際に訪れてみた。

【画像11枚】「税込み価格が極小フォントで記載」「コロナ禍に出店を加速」…。新興居酒屋チェーン「新時代」の外観やメニューはこんな感じ

新時代の特徴はなんといっても、その安さ。生ビール190円(209円)をはじめ、ハイボールも150円(165円)。2倍の値段を払えば、メガサイズで頼める飲み物も多い。友人と2人で来た筆者は開口一番、さっそく生ビールを頼んだ。


新時代のビール。いたって普通な、おいしいビールだ(筆者撮影)

格安居酒屋のビール、薄まっていたりすることも多いのだけれど、普通においしい。これで200円程度なのは、確かにお得感がある。ちなみにお通しはオクラの和え物。350円である。

「伝串」の評価やいかに?

一般的な格安居酒屋では、飲み物を安くする代わりに、食べ物を高くし、そこで収益をトントンにしている、なんて話もある。しかし、「新時代」は食べ物も安い。

店のイチオシは、「伝串」50円(55円)。これは、焼き鳥の「皮」を揚げたもので、1本からも頼めるが、10本や21本、さらには36本まとめて頼むこともできる。ピラミッドのように盛られて出てくるのだ。


名物の「伝串」は50円(55円)だ(筆者撮影)

私たちは、とりあえず10本頼んだ。

食べてみると、外は揚げ物特有のパリッとした食感があるが、その奥、中身はもっちりしている。甘辛いタレが、アルコールにちょうど合う。

さらに、複数頼んで食べ飽きてしまった人には、「味変」の用意もある。「伝串」を頼むと一緒にやってくる「魔法の粉」だ。


「魔法の粉」は無料で、各テーブルに負いてある(筆者撮影)

これをふりかけると、さらにスパイシー度がアップし、箸が進む。多いかな、と思ったが、10本はすぐに食べ終わってしまった。

他にも、塩ダレキャベツや、豚のピリ辛胡麻シャブなどを頼み、〆に卵かけご飯も頼む。どれも、普通においしく食べられた。また、ドリンクはそれぞれ2杯ずつの計4杯。

これで総額、4004円。一人2000円である。


「お通し代」は1人あたり350円(厳密には385円)ほどかかるが、都心の飲食店は今やだいたいどこもそうだ(筆者撮影)

おお、安い、と感じた。値段と飲食物の質と合わせれば、かなりコスパがよいのではないか。それが、正直な感想だった。

景品表示法違反」の裏にある「新時代らしさ」

そんな「新時代」だが、今回の景品表示法違反の勧告では、何が指摘されたのか。

ざっくりいえば、税抜価格と税込価格の混同があったのだ。消費者庁の発表によれば、食べログ上などで、「伝串50円」とだけ表示されていたという。実際は税込「55円」にもかかわらず、あたかも税抜価格が本当の値段であるかのように表示されてしまっていた。いわゆる、「有利誤認表示」というやつで、この表示は2020年8月以降、全国113店舗のうち、105店舗で行われていた。

そもそも消費税法では、必ず税込の値段をどこかに書かなければならない(総額表示義務)。

【2024年8月11日10時45分追記】初出時、法律に関する記述に不正確なものがあったため、上記の通り修正いたしました。

有利誤認表示での指導は、他店でも例がある。

例えば、回転寿司チェーンとして知られる「スシロー」は2022年に2回、この項目での指導を受けている。カニやウニなどが品切れにもかかわらず、テレビCMなどで宣伝を続けていたことに対する指導。そして、「生ビール半額キャンペーン」をキャンペーン開始前に告知してしまったことで、続けての指導が入ったのである。

なるべくお得感を前面に押し出して顧客を引き寄せたい企業側にとって、こうした広告のラインは常に、ルールとのせめぎ合いだ。その意味で、こうした景品表示法違反での注意自体は珍しいものではない。

しかし、今回の件は「新時代」という店の「あり方」と深く関わっている。もっといえば、なぜ「新時代」がここまでシェアを広げるに至ったのか、その理由が、この一件から見えてくる。

というのも、新時代という店自体が、ある種の「いかがわしさ」を、店の一つの魅力にしているからだ。

例えば、冒頭にも紹介した店の看板だ。「伝串50円」「生ビール190円」とデカデカと書いてある。


一見「50円」「190円」と書いているように見えるが…(筆者撮影)

これだけ見ると、「あれ、これ、税込価格書いてないじゃん!」と思う。しかし、よく見てみると……


目を凝らさないと見えない大きさで税込価格も書いてあるのだ(筆者撮影)

ちっさいが、書いてあるのだ。なんというか、グレーゾーンをあえて狙いに行くような商魂のたくましさを感じる。これを見たときは笑ってしまった。

さらには、メニュー表である。


老眼の人には「380円」や「280円」と書いているように見えるが…(筆者撮影)

「あれ? これまた税込価格が見えないぞ、、?」と思いきや、


虫めがねが必要なサイズ感で書かれた税込価格(筆者撮影)

めっちゃちっさい。Wordで出力できる一番小さい文字ぐらい。老眼が進むと、ほぼ見えないといっても過言ではない。

ただ、税込価格は書いてあるには書いてあるから、OKだろう……新時代側がそう考えたかは定かではないが、財務省が公開している「事業者が消費者に対して価格を表示する場合の価格表示に関する消費税法の考え方」というガイドラインでは、「税込価格表示の文字の大きさが著しく小さいため、一般消費者が税込価格表示を見落としてしまう可能性があるか否か」(7ページ目)という文言があることは、重要だろう。

【2024年8月11日10時45分追記】初出時、法律に関する記述に不正確なものがあったため、上記の通り修正いたしました。

もはや「いかがわしさ」演出なのではないか

「新時代」は、こうした「いかがわしさ」を、ほとんど意図的に演出しようとしているとさえ思える。

例えば、フードメニュー表の裏に書かれている大量の注意書きは、まさにそれを表している。


(筆者撮影)

「伝串」の商標登録をこれでもかと主張する注意書きに、「伝串」誕生エピソードの動画が見られるQRコード、さらには「なぜ、ここまで安い値段で商品を提供できるか?」という仕組みの解説まで、文字がぎっしりと詰まっている。

どこか大衆週刊誌っぽさもありつつ、若干の胡散臭さと、しかしどこかしら愛嬌を感じるのは私だけだろうか。電車内で週刊誌の釣り広告を眺めるような、社会の暗部を目を細めて見るような、そんな楽しさをこのメニュー表からも感じるのである。

一方、こうした新時代のいかがわしさは、もちろん負の側面もある。例えば、それはコロナ禍のときによく表れていた。

多くの飲食店が時短営業や、営業自粛を求められる中、「新時代」は営業を継続。逆にコロナ禍によって増えた空き物件を活用して、店舗数を増やしていったのだ。このコロナ禍での出店拡大について、「新時代」を運営する株式会社ファッズの代表取締役社長・佐野直史氏は、なかなか開けっぴろげに本音を語っている。

コロナ禍で空き物件が出てきたので、出店しただけ。[…]なぜそんな決断をしたかというと、ブラジル時代があったから。ブラジルってウイルスの蔓延(まんえん)が日常茶飯事。でもすぐ沈静化する。コロナも今の医療なら、また元に戻るとわかっていたから『今がチャンス』と決めました。(鯨井隆正「激安居酒屋『新時代』の快進撃が続くワケ。異色の社長が語る"逆張り戦略"とは?/週プレNEWS)

彼は元々プロのサッカー選手で、ブラジルにサッカー留学をした経験を持っているのだが、留学先でウイルスの蔓延に多く触れたことで、新型コロナウイルスが流行し、日本が未曾有の自粛社会になったときも、「今がチャンス」と思えた……と言うのだ。

こうした考えの道徳的な是非については、本稿では論点ではないので、ここでは触れない。事実として言えるのは、コロナ禍で空いている居酒屋は限られており、営業を継続、また出店を拡大したことが、「新時代」の今の躍進につながっているということだ。

現在は「清潔」すぎる社会なのか

コロナ禍での事例を併せて見ても、「新時代」の経営スタイルは、賛否を恐れていない。ただ、コロナ禍でそこに人が集まり、現在でも多くの人が集まっているように、結局、「新時代」的なものを求める消費者がいる、という事実がある。

こうした背景には、特に近年の都市空間において、「新時代」が持っているような「猥雑さ」や「いかがわしさ」が無くなりつつあることが挙げられるだろう。

精神科医の斎藤環は、コロナ禍で起きた人々の衛生意識を「コロナ・ピューリタニズム」と表現した。ここでは「他人に触れてはいけない」ことが大きく前面化し、「清潔であること」が一つの倫理観となったという。猥雑さとは正反対の方向に社会が進んでいるのだ。


これはコロナ終息後でも進んでいることだ。私たちは過度に「きれいなこと」や「正しいこと」に気を取られるようになり、少しでもそこから外れると、すぐに炎上騒ぎが起きてしまう。

一方、斎藤は、こうした「コロナ・ピューリタニズム」のときに提唱された「清潔で正しい」生活について「まことに味気ない」とも書く。みんなはっきりとは言わないけれど、まったくその通りだろう。猥雑でいかがわしいものが何もない、清潔で正しい生活は、味気ない。

その意味で、こうした「いかがわしさ」を提供してくれる空間は、意外にも需要があるのではないか。「新時代」はこうした人々が潜在的に持っている(でも、なかなか表立ってはいえない)ニーズをうまく汲み取っていたといえる。

「いかがわしさ」と「正しさ」のバランスをどう取るか

とはいえ、今回の件に話を戻すならば、景品表示法違反は明確にNGである。それは揺るがない事実だ。

しかし、「新時代」自体、ある種、そうしたグレーゾーンの立ち位置にある店なのだとすれば、ある意味、今回の違反もまた、一つの「新時代」のブランディングになるかもしれない(事実、内税でも外税でもかなりお得に感じるのは変わらない)。

ただし、この戦略は諸刃の刃でもある。やりすぎれば、過去のコロナ禍出店も悪すぎる印象になってしまうし、客足減少につながる。

「適度に猥雑」で「いかがわしさ」のある空間をうまく作ることができれば、現代において大きな強みになるだろう。こうしたバランスの良い空間を作っていってほしい、とニュースを見ながら、私は思うのだ。


(画像:消費者庁「X」より)

(谷頭 和希 : チェーンストア研究家・ライター)