アメリカの民間宇宙企業SpaceX(スペースX)は2024年7月26日付で、同社の有人宇宙船「Crew Dragon(クルードラゴン)」と無人補給船「Cargo Dragon(カーゴドラゴン)」の回収エリアを現在のアメリカ東海岸から西海岸に戻すと発表しました。同社によると、回収エリアの変更は帰還前に投棄される機体の一部が燃え尽きずに陸上へ落下するリスクを可能な限り低減させるために実施されます。【最終更新:2024年7月31日13時台】


【▲ アメリカ航空宇宙局(NASA)の「Crew-4」ミッションを終えてフロリダ沖の大西洋に着水したSpaceXのCrew Dragon宇宙船。2022年10月14日撮影(Credit: NASA/Bill Ingalls)】

SpaceXは2010年から無人補給船や有人宇宙船を運用しています。同社が最初に開発・運用した無人補給船「Dragon(ドラゴン)」は2020年の運用終了までアメリカ西海岸沖の太平洋で回収されていましたが、現在運用されているCrew Dragon宇宙船とCargo Dragon補給船では回収エリアが東海岸沖の大西洋やメキシコ湾に移っています。


アメリカ東海岸にはアメリカ航空宇宙局(NASA)ケネディ宇宙センターやケープカナベラル宇宙軍基地が立地するフロリダ州があります。SpaceXによると、Crew Dragon宇宙船とCargo Dragon補給船の回収エリアが東海岸に移ったことで、国際宇宙ステーション(ISS)から帰還した宇宙飛行士や貨物を迅速にフロリダへ移送できるようになっただけでなく、急速に増加し続ける貨物に対応するために帰還したカプセルをケープカナベラル宇宙軍基地にあるSpaceXの施設でより速くメンテナンスできるようにもなりました。


このような運用上のメリットが得られた一方で、回収エリアの移動は当初予測されていなかったリスクも生み出しています。


Crew Dragon宇宙船とCargo Dragon補給船はカプセルの後方にトランクと呼ばれる円筒形の構造物を備えています。トランクには軌道上で電力や冷却を担う機器が取り付けられていて、Cargo Dragonでは内部に貨物を搭載することも可能です。宇宙飛行士や貨物を乗せたカプセルは大気圏再突入後にパラシュートを開いて着水しますが、トランクに帰還能力は備わっておらず、大気圏再突入前にカプセルから分離して投棄されます。


【▲ アメリカ航空宇宙局(NASA)の「Crew-3」ミッションで打ち上げを待つSpaceXのCrew Dragon宇宙船。カプセルの下にある円筒形の部分がトランクで、左半分が黒く見えるのは片側の表面に太陽電池が取り付けられているため。2021年10月27日撮影(Credit: NASA/Bill Ingalls)】

西海岸で回収されていたDragon補給船ではトランクを取り付けたままで軌道離脱噴射を行い、大気圏再突入の直前に分離していました。このタイミングで分離していたのは、もしもトランクが大気圏再突入時に燃え尽きなかったとしても無人の太平洋上へ安全に落下させることができるからです。


しかし、東海岸で回収されるようになったCrew Dragon宇宙船とCargo Dragon補給船では、軌道離脱噴射を行う前にトランクを分離するようになりました。独自の推進システムを持たないトランクは、言ってみればスペースデブリ(宇宙ごみ)の1つとして地球低軌道を数日〜数か月間周回した後で大気圏に再突入します。その正確な日時を予測することは非常に困難です。


SpaceXによると、回収エリアを東海岸へ移す前に、同社とNASAのエンジニアリングチームは標準的なモデルを使用して大気圏再突入時のトランクの特性を分析しました。その結果はトランクが破片を残さず完全に燃え尽きることを示しており、Crew Dragon宇宙船とCargo Dragon補給船の回収エリアをフロリダ沖へ移動させる上での決定的な要因になったと同社は述べています。


ところが、現実は予測通りにはなりませんでした。2020年11月に打ち上げられて2021年3月に帰還したNASAの有人宇宙飛行ミッション「Crew-1(クルー1)」の帰還時に分離されたトランクの破片が、2022年にオーストラリアで見つかったのです。SpaceXによると、地上でトランクの破片が見つかった事例は、今回の発表から6か月以内で新たに3件確認されています。大半のトランクの破片は無人の海上に落下したとみられており、また陸上に落下した破片による人間および建物などの被害をSpaceXは認識していないものの、燃え尽きるとしていた当初の予測は正確ではなかったことになります。


【▲ 国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給ミッション「CRS-22」でCargo Dragon補給船のトランクに積み込まれた太陽電池「iROSA」。2021年5月20日撮影(Credit: SpaceX)】

飛行運用だけでなく公共の安全にも尽力することが運用の中核であるとするSpaceXは、すでに2つの対策を講じています。1つはトランクを利用した不要品の廃棄の中断です。ISSでは不要になった消耗品や機器類を帰還能力のない無人補給船に積み込み、大気圏再突入時に廃棄しています。Cargo Dragon補給船のトランクには帰還能力がないので不要品の廃棄にも利用できますが、何も積んでいないトランクのほうが燃え尽きる可能性は高くなるため、NASAと合意の上で不要品の積み込みが一時的に停止されました。もう1つは一部の構成部品の材料変更で、トランクが燃え尽きる可能性をさらに高めるために行われました。


こうした直ちに取り組める対策と並行して、SpaceXのエンジニアリングチームはトランクの破片が人口密集地に落下するリスクを完全に取り除く方法を検討しました。トランクの完全な再設計をはじめ、軌道を離脱させるための独自の推進・誘導システムの搭載、軌道離脱噴射中の異なるタイミングでの分離といった様々な方法が検討されたものの、回収エリアを西海岸に戻すことが最も効果的だという結論に至ったと同社は述べています。


大気圏に再突入した物体が燃え尽きるかどうかは予測が難しい問題でもあります。最近では2024年3月にアメリカ・フロリダ州の住宅へ人工物が落下する出来事がありましたが、この物体はISSで不要になったバッテリーを日本の宇宙ステーション補給機「こうのとり(HTV)」9号機の曝露パレットに固定するために使われた部品の一部であることが判明しています。こうのとり9号機の曝露パレットは2021年3月にISSから投棄されましたが、NASAによると2年〜4年後に大気圏へ再突入して燃え尽きると予測されていました。


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回収エリアの変更に伴い、現在東海岸で運用されているSpaceXの回収船は西海岸へ移り、カリフォルニア州ロングビーチを拠点に活動することになります。また、宇宙飛行士や貨物はテキサス州ヒューストンやフロリダ州ケープカナベラルといった最終目的地へ向かう前に、一旦カリフォルニア州へ移送されるようになります。


【▲ アメリカ航空宇宙局(NASA)の「Crew-7」ミッションを終えてフロリダ沖の大西洋に着水し、SpaceXの回収船「Megan」に引き上げられるCrew Dragon宇宙船。2024年3月12日撮影(Credit: NASA/Joel Kowsky)】

海外宇宙メディアのSpaceNewsは、SpaceXでDragonミッション管理ディレクターを務めるSarah Walker氏の発言として、回収エリアの変更は2024年8月18日以降に打ち上げが予定されているNASAの「Crew-9(クルー9)」ミッションの帰還後に行われると伝えています(2025年春頃になると思われるCrew-9の帰還ではフロリダ沖に着水する予定)。持ち帰られた貨物の迅速な引き渡しや宇宙飛行士のサポートといった新たな課題はあるものの、以前運用されていたDragon補給船の頃よりも改善される見込みであり、帰還延期の原因となる天候条件については西海岸のほうがはるかに良いというメリットがあるともWalker氏は述べています。


なお、2025年頃には宇宙航空研究開発機構(JAXA)の油井亀美也宇宙飛行士と大西卓哉宇宙飛行士がISSで長期滞在を行う予定であることがすでに発表されています。Crew Dragon宇宙船によるミッションに割り当てられた場合、帰還時にはアメリカ西海岸沖の太平洋へ着水することになりそうです。


 


Source


SpaceX - DRAGON RECOVERY TO RETURN TO THE U.S. WEST COASTSpaceNews - SpaceX to move Dragon splashdowns back to West Coast

文・編集/sorae編集部