日本でも大人気のスタバの誕生秘話とは?(撮影:梅谷秀司)

人間のアイデアとはどのようにして生まれてくるのでしょうか? 

そのベースには、必ず、強い目的意識(問題解決を模索する意識)が存在している、とソフトバンク元副社長で82歳で起業した松本徹三さんは説いています。

その理由を、松本さんの新著『仕事が好きで何が悪い!』から一部抜粋して紹介します。

別世界に触れ、そこからヒントを受ける

瞬く間に世界を席巻した「スターバックス」はどうして生まれたかをご存じですか? 

この会社の誕生秘話には1つの重要なヒントが含まれているので、少し紹介しておきましょう。

現在のスターバックスの前身であるイル・ジョルナーレ社を1985年に設立したハワード・シュルツは、アメリカ特有の簡便なコーヒースタンドや料理店などに、コーヒー豆とそれを挽いて焙煎する機械などを売る会社の、しがないセールスマンでした。

しかし、ある時彼はイタリアに出張を命じられました。そして、仕事の合間に、しばしばイタリア特有の「カフェバール」で時を過ごしましたが、その時生まれて初めて体験した「居心地の良さ」が忘れられず、「待てよ、アメリカには何でああいう場所がないのだろうか?」と考え始めました。

そうすると、「自分の顧客であるコーヒースタンドが、みんなあんなふうな居心地の良い場所だったら、多くのアメリカ人がもっと幸せになれるのに」という思いが抑えられなくなり、ついに現在のスターバックスの前身になる店を自ら開店する決心をするに至ったのです。

この店が大繁盛したので、あとは同じような店を各地にどんどん作っていくだけでした。

この成功秘話には、2つの重要なファクターが含まれています。

まず、ハワード・シュルツは熱心なセールスマンでした。ですから、彼はいつも「自分の顧客であるコーヒースタンドがもっと繁盛して、もっとたくさんコーヒー豆を買ってくれたら良いのになあ」という考えが頭の片隅にあり、一時もそれを忘れることがなかったのです。

そして、第2に、彼には「居心地の良さ」というものを十分に味わえる豊かな「感性」があり、それだけでなく、そのような「居心地の良さ」を、まだそれを知らない他のアメリカ人にも味わわせてあげたいという「優しさ(隣人愛)」のようなものがあったということです。

この2つのことが、彼の中に併存していたことがポイントであり、もしそのうちの1つがあっただけだったら、スターバックスは生まれていなかったと思います。

問題意識とぼーっとした意識を行き来する

そもそも、人間のアイデアとはどのようにして生まれてくるのでしょうか? 

そのベースには、必ず、強い目的意識(問題解決を模索する意識)が存在しているのは間違いありません。

しかし、問題の解決に役立つ「思わぬアイデア」というものは、論理的に考え続けるだけでは生まれてきません。むしろ頭をぼんやりとした状態にして、全く関係のない色々なことが、何の脈絡もなく、自由に頭の中を去来する状況になっている時に生まれるのです。

無意識のうちに脳内で記憶の整理などが活発に行われているという「寝起き間際のレム睡眠中」に、そういうアイデアが生まれてくるのを、実際に体験した人も多いのではありませんか?

つまり、多くのアイデアは、複数の異質のものが交錯した時に閃くと言え、そのためには「強い問題意識」と「脳をぼんやりとした状態で自由に遊ばせておく能力」の2つが必要であるとも言えます。

ですから、「仕事熱心だが、堅物ではなく、遊び心もある」人は、しばしば良いアイデアを思いつくのです。

「アイデア」はまさに「人間の脳の活動のハイライト」とも言えるものです。

「人類の進歩の全ては、常に誰かのアイデアによってもたらされてきた」と言っても過言ではないでしょう。

自らアイデアを生み出す能力がなければ、あるいは人が出してきたアイデアを素直に評価する能力がなければ、何人も、自分の人生に転機をもたらすことはできません。

「思いもよらなかった解決策」の生まれ方

脳はぼんやりした状態になると、自分の中の膨大な量のメモリーをスキャンして、まとめたり並べ直したりする習性があるようです。

ですから、どこかに強い「問題意識」がデンと居座っていると、これに引っかかるものも出てきます。「思いもよらなかった解決策」はこうして生まれるのではないでしょうか?

しかし、脳がせっかくぼんやりした状態に置かれて、色々なメモリーをスキャンしてくれても、そこに蓄積されているメモリーが全てありきたりで、代わり映えのしないものばかりだったら、良いアイデアが生み出される確率は低いでしょう。

逆に、もしその人が色々なことに興味を持つ人で、なんでも体験してみたがる人だったら、その人の脳の中に蓄積されているメモリーも、おそらく多種多様なものになっているでしょうから、その人はきっと多くの優れたアイデアを生み出すでしょう。

多くの女性が手でやっていた「縫い物」を自動化しようとする試み(ミシンと呼ばれる機械の発明と改良)は、古くから多くの人たちの手でなされてきていましたが、数多くの最も重要な発明をしたのは、1800年代の中頃にボストンで機械工をしていたエリアス・ハウという人でした。

この人は、寝ても覚めても「ミシンの改良」のことばかりを考えていたようですが、ある朝、アフリカのズールー族(自分達の居住地に侵入してきたオランダ系のボーア人との間で、当時血生臭い戦いを続けていた)の屈強な兵士に、槍を突きつけられる怖い夢を見て目が覚め、その槍の穂先になぜか穴が空いていたのを思い出しました。

「ミシンの針の先に穴を開けて、ここに糸を通す」という彼の画期的なアイデアはここで生まれたのでした。

彼の頭の中で「小さな針も大きな槍も本質は同じではないか」という発想が芽生えていたが故のアイデアであり、もし彼が堅物で、遠いアフリカのことなどに何の興味も持っていなかったら、このアイデアは生まれてこなかったでしょう。

単調な毎日に変化をつける


どんなに仕事熱心な人でも、別世界のことへの興味を失わないのが非常に重要だということを、この逸話は如実に示しています。

ですから皆さんも、単調な日常生活の中では特に、色々な「別世界」に常に興味を持つように努めてください。

飲み会、読書、ネットサーフィン、メタバース、対戦ゲーム、観劇(映画・テレビ)、コンサート、スポーツジム、旅行、山歩き……。

職場の外の「別世界」に触れる手段は問いません。それは単調な毎日に様々な色彩感を与えてくれるだけでなく、思いもしなかったようなところで、あなたの人生を一変させる様な幸運をもたらしてくれる可能性すらあるのです。

(松本 徹三 : ソフトバンク元副社長、ORNIS株式会社会長CEO)