勝敗を分ける審判の「注意力」や「集中力」にも限界があるという(写真:digi009/PIXTA)

人間の注意力には「予算」のように限界があり、スポーツの審判やプレゼンの審査員も常にハイレベルで集中できるわけではありません。注意力が枯渇したり、逆に温存されたりする結果、判定のブレや採点の偏りが生まれるケースについて、スポーツを題材に行動経済学・認知科学を研究する今泉拓氏が解説します。

※本稿は今泉氏の著書『行動経済学が勝敗を支配する 世界的アスリートも“つい”やってしまう不合理な選択』から、一部を抜粋・編集してお届けします。

注意力の枯渇による判定ミス

人間の注意力や集中力には予算や財布のように限界があることが知られています。スポーツにおいては、審判や審査員が、試合や大会全体で常に一定の判断をしているわけではない可能性が調査によって指摘されています。

野球やサッカーのような競技では、序盤に難しい判定をすると、注意力の枯渇によって終盤はミスジャッジが増えると考えられます。

野球では、ストライクとボールの判定について、この注意力の枯渇が示されており、序盤に重要度の高い判定を繰り返すと、試合の後半に判定ミスが増えることが知られています。

全米経済研究所の調査[1]では、各投球の重要度が高まるとその後のストライクとボールの誤審率が増えることを示しました。

詳細な内容は割愛しますが、たとえば、序盤に重要度が1段階高い場面(3回裏2点ビハインドランナー2塁3塁など)があると、その後のストライク・ボール判定を誤る確率が1球あたり、0.71%高まるとされています。

また、最終回では序盤に比べて、誤審率が0.36%高まることがわかりました。

さらにこの研究では、ストライクとボールの誤審率はイニング間で休憩を挟むと低くなるとわかりました。これは休憩によって注意力が回復する(=プレーによって注意力が減少する)可能性が示唆されます。

羽生結弦とネイサン・チェンの世界新記録合戦

一方、体操やフィギュアスケートのような採点競技では、後半に重要な演技があるため、審査員は後半の選手の採点に注力していると考えられています。

2019年の世界フィギュアスケート選手権は、オリンピック連覇を果たした羽生結弦と前年の世界選手権を制覇したネイサン・チェンがデッドヒートを繰り広げる記念碑的な大会になりました。

羽生はショートプログラムとフリープログラムで合計300.97点を獲得。新採点方式では世界初の300超えの得点で、世界記録を更新しました。前人未到の大記録達成に選手権の優勝は目の前のようにみえました。

しかし、羽生の直後に演技を行なったチェンは、完璧な演技を披露。羽生が直前に出した世界記録を上回る得点を叩き出し、世界選手権連覇を成し遂げました。

世界新記録が連続して生まれるという大変レベルの高い大会になりました。それと同時に多くのフィギュアスケートファンは、滑走順が後のほうが有利であることを確信した大会でもあります。

フィギュアスケートの例のように、採点競技は「演技が後であればあるほど有利」であることが経験的に知られています。行動経済学では、「全体順序バイアス(overall order bias)」と呼ばれています。

この認知バイアスは、スポーツだけでなくビジネスや芸術でもみられることが知られています。

たとえば、ベンチャー企業が資金を獲得するためのピッチコンテストでは、後半にプレゼンするほうが有利だと示す研究があります。

また、吹奏楽部の全国大会である全日本吹奏楽コンクールでは、演奏順が早いほど不利というジンクスが知られています。実際、朝一番の団体が金賞を取れる割合は全体の割合に比べ7割ほど低いようです[2]。

M-1グランプリでも先攻は負けフラグ?

2023年に行なわれたM-1グランプリでは、令和ロマンが優勝しましたが、ネタ順がトップバッターであったことも話題になりました。トップバッターが最終審査に残ったのも約20年ぶりでした。トップバッターはかなり不利といえるでしょう。

このように幅広い状況で、全体順序バイアスは見られます。では、この全体順序バイアスで、どれくらいの得点の差が生まれるのでしょうか。

シートン・ホール大学のロットフは体操競技を題材に、全体順序バイアスの大きさを分析しました[3]。

体操には、演技の難易度を採点するD得点(Difficulty Score、10点満点)と演技の美しさを採点するE得点(Execution Score、10点満点)があります。

全体順序バイアスは、E得点で観測されたものの、D得点では観測されませんでした。つまり、美しさのような主観的な評価において、バイアスがみられました。

そして、演技順が1つ後ろになるごとに0.008点ずつ点数が増える傾向が示されました。

0.008点というと一見小さく感じるかもしれません。しかし、体操競技は大会によっては100人ほどが演技することがあります(たとえば2021年の東京オリンピックでは80人ほどでした)。100人が演技すると、最初の選手と最後の選手で、0.8点ほどの違いが生まれます。

東京オリンピックでは、予選トップ選手と予選を最下位で通過した選手の差が、0.5点〜1.0点ほどでした。つまり理論的には、予選をトップで通過する実力がある選手でも、演技順が最初であれば予選落ちしてしまう可能性もあるわけです。

また、E得点は10点満点であり、0.01点の違いが勝負を分けることもあります。

こう考えると、1人0.008点という全体順序バイアスは競技の結果に影響を与え得ると判断できるでしょう。

世界順位の高い選手ほど有利なフィギュアスケート

全体順序バイアスのことを考えると、賞レースにおいて順序を自分で選択できる場合には後半を選ぶとよいといえます。ランダムで順序を決める際には、後半になることを祈りましょう。

「運も実力のうち」という言葉がありますが、これは順番を決めるくじ運のことを指しているのかもしれません。

また、大会の運営側は全体順序バイアスを前提としたシステム設計が求められるでしょう。

たとえば、東京オリンピックの体操では、80人ほどで予選を、8人で決勝を行なうシステムになっていました。決勝に進める人数を減らすことで、決勝では全体順序バイアスを小さくする工夫がなされているといえます。

フィギュアスケートではショートプログラムは世界順位順に、フリープログラムはショートの順位順に滑走することが通例となっています。これは、世界順位が高い選手が有利な構造になっていて、1度勝った人が連勝しやすい構造です。

勝者にアドバンテージがある状態が好ましいかどうかは人によって判断が分かれると思いますが、そうした競技特性があると理解して観戦すると、さらにおもしろくなるでしょう。

「50音順」や「誕生日順」も見直すべき?

全体順序バイアスを考慮すると、学校教育における出席番号順(50音順や誕生日順)の発表も見直すべきかもしれません。


絵画や書道の発表、作文や英語のスピーチコンテストなどを出席番号順で行なうことは当たり前のように考えられてきましたが、後半の発表者になるにつれて賞をもらえる可能性が高いと推測できます。

名字が「あ行」で始まる人や誕生日が早い人は、なにかとトップバッターになりがちですが、賞レースのたびに損をしていたといわれると、少し悔しい気持ちになります。

実技系の科目がある入学試験や、大規模大会につながる予選といった大切な賞レースに挑むときは、50音順を避けてもらう(ランダム順にしてもらう)よう運営に頼むことが、行動経済学の視点からみると妥当です。

参考文献
[1] Archsmith, J. E., Heyes, A., Neidell, M. J., & Sampat, B. N. (2021). The dynamics of inattention in the (baseball) field (No. w28922). National Bureau of Economic Research.
[2] 松山博幸. (2021). 審査のゆがみ: 全日本吹奏楽コンクールを例に. 応用経済学研究, 14, 45-68.
[3] Rotthoff, K. W. (2015). (Not finding a) sequential order bias in elite level gymnastics. Southern Economic Journal, 81(3), 724-741.

(今泉 拓 : 東京大学大学院学際情報学府博士課程所属、東京スポーツ・レクリエーション専門学校非常勤講師(スポーツ分析))