日本一コカ・コーラを売ったとして、本社勤務となった山岡氏の体験をご紹介します(写真:karandaev/PIXTA)

偏差値50以下の地方私立大学を出て、四国コカ・コーラボトリング社に入社した山岡彰彦氏。同社はザ コカ・コーラ カンパニーの日本法人、日本コカ・コーラ社のフランチャイジーであるボトラー社の1つです。

本社勤務の同期がスーツを着てオフィスで仕事をしているのに、雨風にさらされて外回りをしている自分に情けなさを感じ、商品を運びながら逃げ出したくなるような毎日を過ごしていました。

ときには理不尽に客先から叱られることも。自分が目指すものは何なのか、ぐるぐる考えながら過ごしたルート営業の日々に、先輩や上司、得意先から言われた言葉やアドバイスが、山岡氏をセールス日本一へと導きます。

そんな山岡氏の体験とは――。『コカ・コーラを日本一売った男の学びの営業日誌』より一部抜粋・編集してお届けします。

お店を敬い、商品を愛する

その日は、目が覚めた布団の中からでも強い雨が降っていることがわかる朝でした。

外回りの配達を抱えるルート営業にとって、雨の日はなんとも言えず憂うつな気持ちになります。朝礼を済ませ、一通り準備を終えたら着替えの制服を助手席に載せて、タオルを首に巻いて出発です。何軒かの店を回り、依岡酒販店に来ました。

市内でも比較的大きな規模で事業を展開していますが、私たちには少々風当たりが強く、いわゆるアンチ・コカ・コーラのお店です。その日は雨も降っているので、注文の製品をトラックから降ろし、お腹に抱えながら足早に倉庫へと運び入れました。

事務所の入り口でいつものように事務員さんに伝票を渡そうとしていたそのとき、奥から社長が私を呼びます。

「おい、こっちに来てくれるか」

少し躊躇する私。なぜなら私は全身ずぶ濡れ状態です。水滴が床を濡らしてしまうと掃除するのが大変ですから。

「はい。いえ……、ここで……」と言い終わらぬうちに「何をしているんだ。早く来い」との次の声が飛びます。

私は社長の言葉のまま彼のデスクの前まで進みます。

「君がこの前から勧めてくれていた自販機の件だが、あれ、買うことにしたよ。契約するから用意してくれるか」

「はあぁ」と私。なんとも狐につままれたような話です。これまで何度も提案書をつくって勧めていたのですが、けんもほろろの状態で取り付く島もありませんでした。

わしはそういう人間と商売がしたい

私たちの会社の条件は他社のものより大きく見劣りし、ましてや社長は我々のアンチです。ときには厳しい口調で「あんたのところは……」と説教めいた話も聞かされます。動揺している私に社長が続けます。

「わしの席からは窓越しに配達する業者の様子が見えるんじゃが、君は商品が雨に濡れないようにとお腹に抱えて持ってきた。ところが、他の会社の配達は商品を雨除け代わりに頭の上にして、倉庫に運び入れているじゃないか。それは商品を大事にしていないどころか、わしら取引先のことを大切に思っていないということじゃ。君は商品が雨に濡れないようにと大事に抱えて持ってきた。わしはそういう人間と商売がしたいんじゃ」

事務員さんが横からタオルを渡してくれました。

「まぁ、ずぶ濡れねぇ。風邪を引かないようにね」

私の目からは大粒の涙がこぼれていましたが、気づかれないように頭からしたたる水滴を拭き取りながらタオルに顔をうずめました。

稲盛和夫さんがよく仰っていた「敬天愛人」という西郷隆盛の言葉があります。これは「日ごろから修養を怠らず、天を敬い、人を愛する境地に到達することが大切である」ということを説いています。

私たちは、「お店を敬い、自分たちの商品を愛する」という「敬店愛品」という言葉を使っていました。この思いこそが営業です。それを人は必ず見ています。

すし安は頑固を絵に描いたような主人と、それに負けないくらい気の強い奥さんがやっているお寿司屋さんです。以前から私たちをひいきにしてくれており、店の駐車場にはもう何台目かの自販機が設置されています。

しかし、少々気難しいところがあり、出入りの業者の言葉遣いや商品の扱い方、訪問したときのクルマの停め方など気に入らないことがあると、凄い剣幕で怒られます。

業者同士でよく話をするのですが、どのあたりが怒りの引き金になるのかよくわかりません。こちらは普通に話しているつもりでも、突然へそを曲げたりするので、なかなか厄介です。

あんたどういうつもり?

今日は一日中雨でした。びしょびしょに濡れながらのルート回りを終え、事務所で日報を書いていると、「おーい、電話だぞ」と私を呼ぶ声が聞こえます。「はいはい」と受話器を取るとすし安の奥さんからです。

「はて、なんだろう。昼過ぎにお伺いして、注文の商品を置いてきたばかりだけど」と思いつつ、用件を伺います。

「主人がすごく怒っているのよ。私も同じだけど、あんたどういうつもり?」

一気に背筋が凍り付きます。

「何をやっているのよ。雨に濡れた箱もあるし、床がびしょびしょじゃない。ちょっと店まで見に来なさい」

怒られるようなことをしていないし、納品した商品も濡らさないように運んだので、クレームになるようなことはないはず。状況を飲み込めません。でも、まずはお店に伺わざるを得ない状況です。受話器を置くと思わずため息が漏れ、天井を仰ぎます。

「どうした、深刻な顔をして」

電話のやり取りの様子を横で見ていた先輩社員の土居さんです。

「じつは、すし安さんから……」

話の内容を伝えます。

「そうか、そりゃ大変だな。でも、お前はちゃんとやってきたんだな。それは間違いないか」

「はい、怒られるようなことは何もないと思います」

「よし、じゃあ、一緒に店まで行ってやるから乗せてってくれ」

「え、いいんですか。でも、土居さんには関係のない話なので……」

「いいから一緒に行こう。ほら、遅くなるとそれだけで怒られネタが1つ増えるぞ」

早々にクルマを出して、2人ですし安に向かいます。やれやれという気持ちと、もう暗くなりかけているこの時間にお店に行ってくれる土居さんへの申し訳なさが入り交じり、なんとも言えない感情がこみ上げてきます。

お店までもうすぐです。そのときに土居さんから一言。

「いいか。お前の言う通りなら、こちらに非があるとは思っていない。でも、俺は先輩としてお店でお前を思い切り叱る。思い切りだぞ。お前も覚悟して叱られろ」

何を言っているのかさっぱりわかりません。非がないのなら、怒鳴られる筋合いもないのではないか。土居さんからそんな話を聞かされながら、すし安に到着です。

2人で店に入ると主人が開口一番、「お前のところはなんだぁ。倉庫を見てこい」との怒鳴り声が飛んできます。奥さんと3人で倉庫に行ってみると、私が納品したあたりに水がしみ出し、商品も濡れています。「これはないよね」と、奥さんが隣でつぶやくようにこちらを見ます。

よく見るとウチの商品ではなく、他の業者が入れたものが水浸しで、それでこちらの在庫スペースが同じ状態になっているように見えます。土居さんだけでなく、奥さんもそのときに気がついたようです。

ちゃんと謝れ! すぐに片づけろ

「これはウチじゃなくて、あとから納品した他の業者の品が濡れて……」と私が説明しようとすると、突然、土居さんが私を怒鳴りつけます。

「こらぁ、何だぁこれは。こんなことをしたらお店にどれだけ迷惑が掛かると思うんだ」

ものすごい迫力です。思わず肩をすくめますが、私以上に奥さんが土居さんの剣幕に驚いた様子です。そうこうしているうちに主人もやってきました。間髪入れず土居さんが怒鳴り続けます。

「だいたい、お前がきちんと整理しておけば、こんなことにならなかったんだ。我々の仕事はこんなんじゃダメだ。ちゃんと謝れ! すぐに片づけろ」

それからも土居さんは厳しく私を叱りつけます。私は「申し訳ありません。以後こういうことのないように気をつけます」と平謝りです。主人と奥さんに深々と頭を下げて、2人で片づけに取り掛かります。

腕組みをしている主人の傍らで、奥さんは事情を察してきまり悪そうにこちらを見ています。在庫スペースを片づけて店を後にします。営業所に帰るクルマの中で、土居さんが話しかけてきます。

「どうだ、気分は。これでしっかりと我々の姿勢が相手に伝わったから、まぁよしとしよう」

「よしなんですか。正直きつかったです。事前に『覚悟して叱られろ』と言われていたからなんとか耐えられましたが、そうでなかったら『なんでこんなことを言われるんだ』と、さらに落ち込んでいますよ。第一、こちらに落ち度がある訳ではないですから」

この状況に釈然とせず文句も言いたくなります。土居さんは「悪い、悪い。でも、これで一番いいかたちで収まったから勘弁しろ」と涼しい顔をしています。

そう言われても何がなんだかわかりません。まぁ、すし安の怒りも収まったからいいかと、ひとまずホッとしてクルマを走らせます。

翌週、すし安の訪問日です。

前回の件があるのでなんとなく敷居が高いのですが、伺わないわけにはいきません。店のドアを開けると奥さんがいます。「また、何か言われるかなぁ」と、内心落ち着きません。

「先週は悪かったわね。先輩の方、あんなにきつく叱らなくてもいいのにね。だから若い人たちがついてこないのよ。それにしてもあなたのところは本当に仕事に対して厳しいのね。びっくりしちゃった」

あれ、様子がおかしいぞ。いつの間にか私の味方になっているような感じです。

「覚悟して叱られろ」の意味

「あの後、主人と2人であんたに悪いことしちゃったと話していたのよ。でも主人は『ちょっと叱り過ぎだけど、あれだけ厳しい先輩がいるから、ちゃんと仕事ができるようになるんだ』なんて言い出して、こちらの勘違いを謝らないのよ。ごめんなさいね」

「いえ、いえ、とんでもない。きちんとできていなかったこちらにも原因があるので……」と、曖昧に返します。


なるほど土居さんが「覚悟して叱られろ」「一番いいかたちで収まったから勘弁しろ」と言った意味がわかりました。

あの場で私が「これはそちらの勘違いです」と説明しても、火に油を注ぐようになってしまい、おそらく上手く収まらなかったと思います。

また、土居さんがすごい剣幕で私を叱ったのは、私たちの仕事に対する姿勢をお客様の目の前でしっかり伝えるいい機会だと考えたからではないかと思います。そのことがお2人の言葉からもうかがえます。

営業先で先輩からあれほど厳しく叱られたのは、後にも先にもこのときだけです。それはちょっとしたお芝居のような感じでした。でも、お客様にとってもこちらにとっても、ありがたい叱り方をしてくれたといまでも思っています。

※本文に登場する人物名、店名などは、実名・仮名を適宜使い分けています。

(山岡 彰彦 : 株式会社アクセルレイト21代表取締役社長)