タクシー降車場 ※画像はイメージです

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 タクシー運転手をしていると、よく「たくさんの出会いがあるでしょ?」と聞かれる。確かに毎乗務多くの人と密室で接してはいるけれど……。
「こんにちは。ご乗車ありがとうございます」
「……。東京駅」
「東京駅ですね、かしこまりました。八重洲通りから八重洲口でよろしいでしょうか」
「大丈夫です」

 なんて、必要最低限の会話しかできないことが多い。乗客の80%はそんな感じなので、走った道は覚えていても人の記憶は残らない。以前の記事でご紹介したような「テメエなんざぁ、二度と乗せるか!」とイラだつ輩のことは覚えているけれど、そんな記憶をいつまでも残しておくのは精神衛生上よろしくない。

 どうせ残すなら良い思い出だけにしたい。そこで今回はこれまでに出会った「素敵な・楽しい・嬉しい」お客さんについて書いてみよう。

◆呼ばれた瞬間から人柄がにじみ出ていた女性

 春の昼下がり、アプリで呼ばれた先は上野のお寺。40代の女性からの依頼だった。すぐに向かうと、さらに追加情報として「お寺の入口で待っています。よろしくお願いいたします」と丁寧な言葉が送られてきた。

 こういうメッセージを送ってきてくれる人は滅多にいないので、どんな人が待っているのか興味津々だった。きっと上品な奥様風の方なのかと想像しながら到着すると、まさにその通りの女性が待っていた。ゆっくり車を近づけると、スマホの情報と車を見比べながら、少しはにかむように会釈をされた。まるで映画のワンシーンのように思えた。

 ドアを開け、挨拶しながら名前を確認すると「〇〇でございます。よろしくお願いいたします」に始まり、乗車中は窓から見える景色の話題など、こちらを気遣うかのように話題を振ってくる。そして降りる時も「いろいろお話できて楽しかったです。またよろしくお願いしますね」と大人の素敵な言葉。ぜひまたお会いしたいと心底思った。

◆私も接客業だから、わかるわ

 江戸の昔から遊郭として名を挙げた吉原。当時は江戸の文化の中心で、遊女の最高峰花魁ともなれば、時代の最先端を行くスターだったと伝えられている。そして現代もここには複数のソープランドが建ち並んでいるわけだが……。

 周辺を走っていると、このエリアを行先に指定する若い女性が乗ってくることがある。こちらは「きっとお店の子だろうな」と思うが、あえて口にすることはない。近くに来てもお店の名など固有名詞は口にせず「このあたりでよろしいですか」と確認し、送り届ける。ある意味、こちらが気を使う。

 とはいえ、彼女たちに悪い印象を持ったことがない。高い確率で乗車時に挨拶してくれるし、乗り込んだ瞬間、車内がよい香りに包まれる。いいおっさんはそれだけでもドキドキしてしまう。中には気軽に話しかけてくる人もいる。

 先日も「運転手さん、嫌なお客さんとかあたった時とか、どうしているんですか」と聞かれ、自分なりの対処法を答えたところ「そうよね、切り替えが大事ですよね。私も接客業だからわかるわ」。そして降りる時は「今日はいいお話が聞けました。ありがとうございました」と丁寧に挨拶され、某店に入って行った。あまりの素敵な対応に、店の名前をしっかりメモしてしまった筆者である。

 ちなみに夜の銀座で働く女性にはあまり挨拶された記憶がない。威圧的か無言が多いのが筆者の印象である。

◆同業者の話は同意の嵐

 早朝のビジネスホテル前から乗ってきた中年の男性は、日曜日にも関わらずスーツ姿に大きめのキャリーバッグを持っていた。出張と思いきや、目的地を聞くと都内の某公園駐車場を指定する。

 確かあそこは観光バスの駐車場があったはず。「もしかして、バスの運転士さんですか」尋ねると「はい、やっぱりバレますか(笑)」と明るい返事が返ってきた。