シングル化を招く「柔軟性のない結婚と家族制度」
地方の女性差別的慣習を忌避し、「自由」を求めて東京に移る女性は多い(写真:Graphs/PIXTA)
未婚率全国トップの東京23区で進む「日本の未来」とは。孤独担当大臣も知らない、35歳から64歳の「都市型」の自由と孤独に焦点を当てた『東京ミドル期シングルの衝撃:「ひとり」社会のゆくえ』が上梓された。同書の著者の一人である宮本みち子氏が、「親密圏」という視点から「シングル化」が抱える課題を読み解く。
東京区部の「自由」という魅力
東京区部は、若い人々を惹きつけている。この土地の魅力は豊富な仕事の機会と賃金の高さにある。それに加えて、高度に発達した商業施設、文化施設、教育機関、交通インフラなどにもある。
しかしそれだけではない。
今後区部への流入がより増加すると推計されている女性に限ってみると、古い規範や慣習の束縛のない“自由”という魅力が男性以上に女性を惹きつけている。
地方圏の古い慣習、とくに女性差別的慣習が女性の県外流出を促している。結婚しないことも離婚することも、社会規範からどれだけ自由であるかによってストレスになったりならなかったりする。
東京での単身生活は自由と主体性を求める人々の格好のライフスタイルになっているのである。
ミドル期シングルは、すでに2020年に東京区部ミドル期人口の3割近くを占めており、これ以後も上昇が続くことが予想されている。地方圏の大都市はその傾向を後追いしている。
共に暮らす家族がいないシングルの増加は、この国で家族というものがドラスティックに変容していることを象徴している。その意味を考えてみよう。シングルは、長期にわたってすべてのニーズを自力で充足することができるだろうか。それを親密圏という用語でみてみよう。
親密圏とは、具体的な他者との間の、関心と配慮によって結びつく持続的な関係性を指す用語である。親密圏は心の拠り所である。また、人と人とをつなぐ関係性が「他者の生命・身体への配慮」で成り立ち、相互に支え合うことができる関係である。家族は親密圏の核となるものだがこれに限られるものではない。状況によっては、親しい友人・知人なども親密圏になりうる。しかしその例は今のところ多くない。
親密圏は、継続的な性的関係の単位、生殖単位、子育て単位、生活単位、家事や介護等の無償のケア単位、親密な感情でつながる単位である。近代では、これらの単位は結婚した夫婦が形成する家族とイコールか擬制だった。そして法制度は、このことを前提として人々の生活の再生産を枠づけてきた。
ところが、ミドル期シングルの大半は、日常においてこれらの親密圏をもっていないことになる。ただし、同居していない親やきょうだいあるいは別居パートナーが、シングルにとって親密圏として機能している実態がある。ミドル期シングルは特に親と親密な関係を維持し、心の支えとなり、困った時には頼れる大切な人になっている。このような親密圏はシングル女性が築いているもので、男性には薄い傾向がある。
結婚に対する女性の忌避の感情
結婚や出産に関する社会的規範(圧力)が緩み、結婚するかしないか、子どもを持つか持たないかを個々人が自由に選択することがかなり許容されるようになった。
しかし現実には、結婚や出産をするかしないかを選択できる層と、やむをえずに結婚や出産をしない層に分かれてきている。男性と変わらない就業状態にある女性たちは、結婚・出産によって多くの機会を失いかねない。若い女性たちはジレンマを抱え、決心できないままシングルを続けている。
しかし、シングルを続ける女性たちの中には、将来の経済的不安を抱えている人が少なくない。現行の結婚に対する忌避の念は、結婚している女性たちの間にさえかなりみられるものである。2021年に朝日新聞社が実施した「夫婦別姓に関する聞き取り調査」は、結婚に係る古い意識や慣習が根強く残っていて女性を苦しめている地方圏の実態を鮮明に示している。
◎ 婚約者の両親に初めてお会いした時、「長男の嫁だから」「子どもはどうするのか? 生まれたらたくさん会わせてほしい」「親戚に早く挨拶しなさい」などと言われ、また、私の家のことを下に見るようなことを悪気なくずけずけと言われました。結納や結婚式も、私や婚約者の希望も一切無視して一方的に決めようとされ、令和の今でもこんなことを言われるのか……とショックを受けています。(20代)
◎ なぜ女性が姓を変えるのが当然なのか。手続きがこんなにも煩雑なのか。なぜ好きな人と一緒になりたいだけなのに、自分が根こそぎ奪い去られるような感覚を抱かざるをえない社会の仕組みなのか。家事をするのはなぜ未だに主に女性なのか。車のディーラーさんは私の車を私の貯金で買いに来たにもかかわらず、夫の方へ向けて主に話すのかなど、結婚してみて現代日本でまだ本当にそんなことがあるのかと驚きました。(30代)
◎ 東京から移り、同世代の人々に浸透する家意識に驚き、違和感を強く抱いた。子どもが生まれたら名付けの権利は男親の実家にある。妻の実家は何かにつけて発言権が弱い。そういうものだと当然のことのように話しているし、自らも他人も既婚の女性は「嫁」と呼ぶ。(40代)
地方圏において根深く続く伝統的結婚慣習や家意識は、20代の女性にも影響を及ぼし、受け入れがたいものとして感じられていることが伝わってくる。少子化の第一の原因が非婚化にあることが明らかになった近年、とくに、伝統的家族規範が残り、また深刻な人口減が続く地方圏では、結婚への圧力がより一層強くなることが予想される。
地方圏から東京区部へ移動する人々の心の中には、結婚の画一性からの脱却とライフスタイルの多様性への渇望があり、そうした考えを許容する環境が大都市圏にはある。彼女たちにとって東京区部はアジール(避難所)であり、それは今後も続くことが予想される。しかし……。
親との親密圏に向かうミドル期シングル
一般的に親密圏には変化のきざしが見られるとはいえ、依然として制度中心的な関係性が強く、家族制度や結婚制度から外れる親密な関係性が広まっているとはいえず、承認・保護する度合いも弱い。ミドル期シングルの女性は男性より、ひとり暮らしに適応し満足している。
というのは、女性はひとり暮らしに伴う経済的不安、孤独、犯罪に巻き込まれる不安、病気の不安を男性以上に感じやすい分、親やきょうだいと頻繁に連絡をとって、親子関係を軸に親密圏を築いている。しかも、友人や知人の数は男性を上回っていて孤立状態にある人がより少ないからだ。
このように、シングルの親密圏には、親やきょうだいの存在が西洋諸国より大きい。このように、結婚の柔軟化・多様化が進みにくく、親密圏が制度的家族を超えて広がりにくいことが、非婚者の増加をもたらしているのだろう。
また、家族に代わる多様な住まい方(コレクティブハウス、シェアハウスなど)も発達しにくく、未婚者、離婚者、ひとり親の多様な居住スタイルが発達していないことも、シングルの孤立化を招きやすい。これも家族中心文化と関係しているはずである。
1960〜70年代生まれ以降のミドル期世代は、結婚したら親と同居しなくなり、直系家族制規範に基づく家族形成をしなくなった人々である。しかし核家族に代わる新たな家族形成規範は生まれなかった。結婚をせずにシングルの道を歩んでいるのはその帰結だろう。その結果、非家族的親密圏も中間圏も広く形成されている状態にはなく、シングルは孤立するリスクを抱えている。
西洋諸国の多様化する親密圏
西洋諸国では、1960年代後半から離婚へのスティグマがなくなり同棲も広がった。やがて、事実婚、同性婚、国際結婚、移民結婚など、個人が選択して作る親密なパートナー関係を国家が承認・保護するという道筋で親密圏が拡大してきた。ステップファミリーやひとり親家庭等も、家族の一形態として市民権を与えられ、公的支援が得られやすくなっている。
多様な結婚やパートナー関係に対して、結婚と同等の法的権利と福祉サービスを国家が提供し、家族の多様性が社会的に承認され、社会的差別や排除の理由にならなくなってきた。
多様な家族を容認する社会を維持するためには、子育てや、教育費や、家事支援、女性の就労支援など、家族に対する公的・社会的支援の充実が進んだ。
日本では身寄りのない高齢者が急増し、身内に代わる支援やケアをめぐって深刻な問題が各地で発生している。入院にも手術にも金銭の引き出しにも、また亡くなった後の整理にも、第三者は有効な手出しができない状態にある。家族を前提とした社会制度が社会の急激な変動に対応できなくなっているのである。
今後、増加するミドル期シングルが高齢期に突入すれば、今以上に機能マヒを起こすことは火を見るより明らかである。家族を前提としない社会制度と環境づくりに早急に手をつけなければならない。
安心して暮らしていくための新しいコミュニティ
それと並んで、シングル社会に対応する新しいすまいとコミュニティの力によって孤立・孤独を防ぎ、家族が果たしてきた生活機能を代替する必要がある。
たとえば現在のような、孤立した住宅(多くが狭小住宅)ではなく、コレクティブハウスやシェアハウスなど、プライバシーを確保しながら共同生活のメリットを生かしたすまいを増やしていくなど、すまいの多様化を進めることだ。
これらは、異なる世代、異なるタイプの世帯の混住であることも重要な条件である。これらのすまいを含む地域には、くらしに必要な社会資源が配置されることも条件となる。とくにコミュニティキッチン、フリースペース、コワーキングスペースなど、コミュニティのゆるやかな関係づくりに役立つ空間を含み、孤立・孤独に陥ることなく、家族がなくても安心して暮らしていけるようなコミュニティである。
そうすれば、ひとり暮らしなど小規模世帯が多数を占める状況や、ひとり親世帯、高齢の親と子の世帯、共働きの子育て世帯、障害や病気の家族がいる世帯などが、どのような状況下におかれても安心して暮らすことが可能になるだろう。
(宮本 みち子 : 放送大学名誉教授、千葉大学名誉教授)