過去最高益を発表した翌日、三菱UFJFGとみずほFGの株価は下落した(撮影:梅谷秀司)

最高益なのに「ネガティブサプライズ」

メガバンクの業績が絶好調だ。5月15日に発表された2024年3月期決算は、三菱UFJフィナンシャル・グループ(FG)、三井住友FG、みずほFGのいずれも過去最高益を更新した。3社合計の純利益は3.1兆円で、金融緩和が始まった2013年以降の最高益である2.5兆円を軽々と上回った。

ところが、好業績に対する株主の評価は「失望」だった。翌16日、三菱UFJFGの株価は終値ベースで4.28%下落し、みずほFGも1.04%の値下がり。上昇したのは、三井住友FGの2.14%だけだった。会社と投資家がすれ違うきっかけとなったのは「株主還元」だ。


「極めて力強い決算だ」(三菱UFJFGの亀澤宏規社長)、「業務環境が非常に良かった」(三井住友FGの中島達社長)、「実力がついている」(みずほFGの木原正裕社長)。15日の記者会見で、各社の首脳は決算内容に自信をのぞかせた。

企業の設備投資や企業買収などに伴う資金需要が旺盛で、国内外の金利上昇に伴い利ザヤも拡大。大型の企業倒産は少なく、株高で資産運用ビジネスも伸長。円安による為替差益まで享受できた。

その勢いは衰えず、メガバンク各社は2025年3月期も最高益更新を見込む。年内にも日本銀行が追加利上げに動けば、純利益はさらに上振れる。

ところが、そんな期待をよそに、市場は「失望売り」で反応した。

「ネガティブサプライズ」。5月15日付のSMBC日興証券・佐藤雅彦シニアアナリストのレポートは、こんな見出しで始まった。「自社株取得が1000億円(中略)に留まり、24年3月期の年4000億円や弊社予想の年5000億円を下回るペースとなった」。

投資家が注目していたのは、三菱UFJFGの約1.5兆円という過去最高益よりも、その活用法だった。同社は2023年度に4000億円、2022年度にも4500億円の自己株取得を行っている。過去最高益がすでに織り込まれる中、市場の関心は「還元」の規模だった。フタを開ければ、三菱UFJFGは決算と同時に自己株買いこそ発表したものの、上限は1000億円にとどまった。

資本の制約で自己株買いを躊躇

三菱UFJFGも、市場で高まる大規模還元への期待を察知していなかったわけではない。だが、資本の制約がそれを阻んだ。同社の自己資本比率は、3月末のCET1比率(普通株式Tier1比率)が10.1%。その0.1ポイントに当たる1000億円分の自己株を買い戻せば、ちょうど10%に収まる計算だ。

同社はCET1比率が9.5%から10.5%の間に収まる資本政策を掲げており、「ターゲットレンジの真ん中になる点も含めて(1000億円の自己株買いが)最適だと判断した」(亀澤社長)。だが、財務規律を守る事情があるにせよ、結果的に投資家の失望売りを招いた。


同じく失望売りに見舞われたのがみずほFGだ。三菱UFJFGや三井住友FGと比べて自己資本に乏しい同社は、2008年を最後に自己株買いを行っていない。

そのため三菱UFJFGや三井住友FGと比べて、みずほFGに対する自己株買いへの期待はもともと小さかった。だが、銀行業界で相次ぐ好決算に加え、みずほFGのCET1比率(その他有価証券評価差額金を除く)が2023年末時点で9.7%と、10%の大台が見えていた。

市場では16年ぶりの自己株買いもささやかれたが、「成長投資もしないといけない。(自己株買いを行うには)もう一段資本が欲しい」(木原社長)とやはり見送り。これが一部投資家の売りを誘ったようだ。

唯一前向きな評価を受けたのは、上限1000億円の自己株買いを発表した三井住友FGだ。同社はコロナ禍の2020年3月期を除いて、年間1000億〜1500億円の新規取得枠を設けており、今回も順当な還元策と受け止められた。同時に発表した1対3の株式分割も、株価を押し上げる一因になった。

かつてなく高い投資家の期待

次の焦点は、今期の中間決算で株主還元が上乗せされるかどうかだ。「収益状況も見て、中間期に議論したい」(三菱UFJFGの亀澤社長)、「視野に入っていないとは申し上げない」(みずほFGの木原社長)。首脳の発言からは、自己株買いへの関心がうかがえる。

各社が目標とするPBR(株価純資産)1倍は、しばらくは逃げ水を追う状況となりそうだ。一般に、PBRの分母となる1株当たり純資産は、直近の本決算期末の数値を参照する。本決算をまたげば純資産が膨らむため、その分だけ株価が上がらなければPBRは下がってしまう。

3月に1倍を取り戻した三菱UFJは、決算発表を受けた株価下落で再び1倍を割ってしまった。三井住友FGは0.8倍台、みずほFGも0.7倍台でくすぶる。

青天井とも言える投資家の期待。「ポジティブサプライズ」を与えるハードルは、かつてないほどに高い。

(一井 純 : 東洋経済 記者)