経済学では投資も貯蓄(写真:bonkura2002 / PIXTA)

日本証券業協会によると、1月に始まった新たな少額投資非課税制度である新NISAをきっかけに投資の裾野が広がっており、証券会社10社で1〜3月の新規口座開設数は170万件と前年同期比3.2倍に膨らんだという。

新NISAをきっかけに投資を始めたという人も少なくないとみられるが、筆者らの研究(*注1)によると、少なくとも2023年10月にWeb調査を行った時点では旧NISAを利用していなかった個人の新NISAに対する積極度はそれほど高くないという結果だった。

むろん、年初から日経平均株価が34年ぶりに最高値を更新するなど、「投資熱」を高める動きがあったことが、今年に入ってから新NISAへの積極度を引き上げた可能性はある。

「やらないと心配」という力学

しかし、筆者は最近の「投資熱」は、将来不安の延長(あと少しはインフレ対策)といった危機感による消極的なものであるかもしれないと危惧している。すなわち、「積極的に投資をやりたいわけではないが、やらないと心配だ」という力学が働いている可能性がある。

日本の家計のポートフォリオは現預金に集中しており、リスク分散の観点などから消極的だろうが何だろうが、投資が拡大する(「貯蓄から投資へ」が進む)こと自体は日本経済にとってポジティブだろうと、筆者も考えている。

しかし、仮に「貯蓄から投資へ」の背景が消極的なものだとすれば、実体経済に与えるプラス影響は限定的かもしれない。将来不安によって投資されたお金による利益は、ほとんど消費に回らず再投資されてしまう可能性が高いからである。

行動経済学には「あぶく銭効果」(ハウスマネー効果)という言葉がある。「悪銭身に付かず」と言われるように、思いがけずに得た「あぶく銭」は貯蓄されずに消費されやすい。

「あぶく銭効果」は無駄遣いをしてしまうという意味で良くない例として扱われることが多いが、経済効果という意味では、貯蓄されずに消費された方が短期的には望ましい。

このように考えると、「貯蓄から投資へ」の次の「投資から消費へ」のフェーズはなかなか訪れないかもしれない。

個人消費の増加によって経済効果が現れるのは、家計のポートフォリオの収益性が高まることによって将来不安がなくなり、投資熱の背景にあった将来不安が解消されるタイミングとなる……とすれば、かなり先のことになりそうである。

老後のための「消極的」投資

ここで、筆者らが2023年10月に実施した「個人の資産運用に関する意識等についてのアンケート2023(*注2)」と題したインターネットアンケート調査の結果を紹介したい。

当該調査では1030人の回答者に対して「金融資産や不動産の保有目的」を調査したが、最も多かったのが「老後の生活資金のため」だった。


次点が「すぐに使わない資金を預けておくため」である。「耐久消費財の購入資金に充てるため」などの消費に直結する目的はかなり少数派であることがわかる。

また、それぞれの投資目的ごとに株式投資の積極度(「積極的にやりたい」から「全くやりたくない」の5段階調査)に対する回答を集計すると、「老後の生活資金のため」などは積極度が低いことがわかった。前述したように、消極的に投資をしている層がそれなりにいるのだろうと、想像できる。

「貯蓄から投資へ」というスローガンは非常にわかりやすいが、経済学の文脈では投資も貯蓄である。すなわち、貯蓄と対になる存在は消費であり、投資や貯蓄が増えるということは、消費が減るということである。

「投資から消費へ」というパスにあまり期待できないだけでなく、投資するために消費を抑制するという動きは生じていないだろうか。

仮に、「消費から投資へ」の流れが生じている場合、短期的に個人消費やGDPは下押しされる可能性がある。将来不安が非常に強い場合、消費をして残った分を投資に回すのではなく、投資のために消費を抑制するという行動も想定される。

貯め込みに走る現役世代

最近では、株価などリスク資産の価格が右上がりであることを前提とし、「できるだけ早く新NISAの枠を使い切った方が良い」というアドバイスも各種メディアで紹介されているように思われることも、影響していそうである。

実際に、家計の黒字率(広義の貯蓄率)の推移を見ると、コロナ後に水準が上がった後、実質賃金が目減りする中でも高水準で推移している。直近では少し水準が上がっているようにも見え、新NISAに備えた動きに見えないこともない。


黒字率の上昇傾向は現役世帯(勤労者世帯のうち世帯主年齢60歳未満)で顕著であり、やはり将来不安の高さが背景である可能性がある。


また、可処分所得に対する有価証券純購入率も上昇傾向にある。

総合的にみれば、「貯蓄から投資へ」は日本の成長にとって望ましい動きと言える。しかし、当面は投資のための消費抑制効果にも目を配る必要があるだろう。

(注1)末廣徹・武田浩一・神津多可思・竹村敏彦(2024)「新NISAは追加的な投資ニーズにつながるのか  新NISA選好度の属性分析」Institute of Comparative Economic Studies DISCUSSION PAPER No.23-J-001

(注2)「個人の資産運用に関する意識等についてのアンケート2023」は、独立行政法人日本学術振興会の科研費(21K01574)の助成を得て行った研究プロジェクト「日本における金融行動と金融リテラシー、行動バイアス、トラストに関する実証研究」の成果の一部であり、筆者が所属する大和証券株式会社とは関係のない調査である。

(末廣 徹 : 大和証券 チーフエコノミスト)