国指定の「先進医療」で保険適用になったのは6%だけ…「最先端の治療法」に飛びついてはいけない医学的理由
※本稿は、勝俣範之『あなたと家族を守る がんと診断されたら最初に読む本』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■がん治療は「カスタムメイド」の時代
がん治療で保険適応の標準治療は、ひとりひとりの患者に合わせた「カスタムメイド」なんですよというと、びっくりされる方が多いと思います。
「標準」という名前が誤解を与えているのだと思います。
そもそも標準治療とは、英語の「スタンダード・セラピー」を、単純に日本語訳にしたものです。日本人にとっての「標準」は、「並みの」「必要最低限の」「ありきたりな」というイメージですが、本来の「スタンダード」には、「模範的な」「一流の」「権威ある」という意味があります。
世界のがんの専門家たちが集まって徹底的に調べ、有効性や安全性を確認した信頼度の高い治療法――それが標準治療です。
つまり標準治療には、「誰もが模範にすべき一流の治療」という意味が込められています。だからこそ、最新の抗がん剤など、とても高額なものでも「健康保険が適用」されているのです。
さらに言うと、現在の標準治療は、手術、放射線、薬物などの3大治療と緩和ケアを加えた4つの治療法に分かれますが、これらの治療法の順番や組み合わせは患者さんに合わせて変えながら行うのが基本で、だれにとっても同じ「最適解」のようなものがあるというわけではありません。
患者さんごとに、がんの種類やステージ(病期)のほか、患者さんの意思、年齢、持病の有無、臓器の機能といった身体の状況、仕事や生活様式などの状況や背景などを、がんの専門医をはじめとしたさまざまな医療スタッフが集まり、チームを組んで、精査、考慮しながら治療プランを作っていきます。
■患者の家族も「チーム医療」の一員
手術を担当する外科医から放射線腫瘍医、病理医、臨床検査技師、心理士、緩和ケア医、看護師、そして抗がん剤治療の専門医で、がんの総合医である腫瘍内科医などが参加して治療を進めるトータルな「チーム医療」が、がん治療の基本です。
チームとして患者さんの診断を行い、治療方針を検討することを「キャンサーボード」や「カンファレンス」といいます。
そして患者さんを支えるご家族も、このチームの一員です。
医療はどんどん新しくなりますから、患者さんやご家族の声がとても重要で、それらを受けて専門家の知見を集約し、治療法が決まっていきます。
がん治療は、患者さん一人一人のカスタムメイドの治療というのはそういう理由からです。
■18年間で保険適用は「たった6%」の先進医療
標準治療のほかに、がんの治療法には保険のきかない未承認治療も多く、そのひとつに「先進医療」というものがあります。
これはまだ、研究・臨床試験の段階にあるものですが、名前が「先進」なので、最先端のすぐれた治療法のように誤解されがちです。
しかし、安全性や有効性が実証されれば「標準治療」となり「保険適用」になるわけですが、毎年100種類以上の先進医療が国によって指定されているなかで、保険適用になったものは、1998年から2016年の18年間のあいだで6%しかありません。このことは、知っておいていただきたいと思います。
もうひとつ、「がんが良くなった」とか「がんが消えた」と宣伝されることが多い「代替医療」や「代替療法」ですが、代替療法には、公式な定義がありません。
大雑把にいってしまえば、健康食品、サプリメント、漢方薬、ヨガ、マッサージ、鍼灸、音楽療法、温泉療法などを総称したものを代替療法と呼んでいます。
「補完代替療法」と呼ばれることもありますが、厚生労働省の「がんの補完代替医療ガイドブック第3版」では、西洋医学を補ったり、代わりになったりするものとされています。
■「がん治療に効果のない代替医療」が存在する理由
しかし、この代替療法には、残念ながら、がんを縮小させたり、がんの進行を抑えたりといった治療効果が認められるものは、現時点で1つもありません。
その反対に、ときには重い副作用をもたらしたり、予期せぬ治療の妨げになったりするものもあります。
アメリカでの大規模な調査結果によれば、標準治療のみを受けた患者さんに対して、代替治療のみを受けた患者さんは死亡リスクが2.5倍も高くなっています。
だからといって、代替療法はダメなのかというと、そうとも言い切れません。
代替療法にはがんを治癒する効果はありませんが、一部の代替療法には、患者さんのQOL(生活の質)を向上させる面があるからです。
がんを良くする、治す効果ではなく、QOLを改善させる効果を期待するのでしたら、代替療法をやっていいと思います。欧米の病院でも、音楽療法やヨガや鍼灸を取り入れているところがあります。
ただし、なにより肝心なのは、標準治療から代替医療のみに切り替えてしまわないことです。
代替医療に興味のある方は、まずは主治医や看護師などに相談してみてください。生活の質を保つことは、最も重要なことですから、臆せずに相談されることをお勧めします。
大切なことは、治療を続けながら、いかにがんとより良く共存していくかということになります。この「より良い」は、患者さんや患者さんを支えるご家族にとっての「より良い」です。治療にあたるのは医師だとしても、その医師が勝手に患者さんの「より良い」を決めることはできません。あくまでも患者さんが決めるものです。
■ネットの体験談から「治療法」を探してはいけない
医師をはじめとする医療者側の役割は、患者さんの意思決定を支援し、共有することです。
がんの治療中だから好きなことをガマンしなくてはならない、楽しいことを犠牲にしなくてはならないと考えてしまう人が多いのですが、それでは何のための治療かわかりません。
一度でもがんと診断された方に対して、最近では「がんサバイバー」という呼称を使うようになってきています。現在、日本には500万人とも700万人ともいわれるがんサバイバーの方が生活しています。もはや、がんとは、より良く共存する時代になっています。
だからこそ、自己判断で決めつけずに、治療についてどんどん医療側に聞いたり、相談したり、話し合っていただきたい。
また、ネットにあふれる個人の体験談は、体験談として読む分にはよいですが、そこから治療法を探そうとは決してしないでいただきたいと思います。
がんは、ひじょうに個人差の大きい病気です。
たとえ、同じがん、同じステージであっても人それぞれ違います。ある人に効果があっても、あなたにも当てはまるとは限りません。
医者と患者は対等です。医者に対して遠慮などせず、どんどん疑問や希望を伝え、双方向に話し合って、納得する治療法を選んでいっていただきたいと思います。
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勝俣 範之(かつまた・のりゆき)
腫瘍内科医
日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授、部長、外来化学療法室室長。1963年山梨県富士吉田市生まれ。富山医科薬科大学(現富山大学)医学部卒業後、国立がんセンター中央病院内科レジデント、内科スタッフ。2004年ハーバード大学生物統計学教室に短期留学、ダナファーバーがん研究所、ECOGデータセンターで研修を受ける。その後、国立がんセンター医長を経て、2011年より現職。あらゆる部位のがんを診られる「腫瘍内科」の立ち上げは、当時の日本では画期的であった。国内における臨床試験と抗がん剤治療のパイオニアの1人。2022年、医師主導webメディア「Lumedia(ルメディア)」を設立、スーパーバイザーを務める。日本臨床腫瘍学会指導医、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。著書に『あなたと家族を守る がんと診断されたら最初に読む本』(KADOKAWA)などがある。
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(腫瘍内科医 勝俣 範之)