池上直子が語る、Dance Marché 『Eden』での挑戦~オリジナル脚本で今を描く「ダンスヒューマンドラマ」
Dance Marché Dance Performance vol.11『Eden』(世界初演)が、2024年5月23日(木)19:00~渋谷区文化総合センター大和田 さくらホールにて上演される。気鋭振付家の池上直子が自身のプロジェクトDance Marché (ダンスマルシェ)で2年ぶりに発表する新作だ。古今の文学作品などに取材した物語性豊かなダンス作品に定評のある池上は、今回新たにオリジナル脚本を書き下ろし、演出・振付に加え美術も務める。キャストには、新国立劇場バレエ団プリンシパルの渡邊峻郁と木村優里をはじめ俊英を選んだ。新挑戦に挑む池上に抱負を聞いた。
■2年ぶりのDance Marché 新作は、学園もの&タイムリープもの!
――池上さんは2010年にDance Marchéを設立し、4年間で7公演の演出・振付を手がけました。 その後、文化庁「新進芸術家海外研修制度」に採択されドイツの劇場付き舞踊団で研修し、現在コンテンポラリーダンスの振付家として活躍されています。2019~2022年に「ダンサー育成プロジェクト」として豪華ゲストたちも交えた『Carmen-カルメン-』(2019年)、『Phantom-オペラ座の怪人-』(2021年)、『星の王子さま』(2022年)を発表。また、日本バレエ協会、大和シティー・バレエなどからの振付依頼も相次いでいますが、Dance Marchéの公演は2年ぶりですね。
池上 昨年は比較的のんびりと過ごしていました。ずっと創り続けて、ちょっと疲れてしまったというか、純粋に創りたいという原点に戻ろうという感じでした。再演作品の指導やバレエダンサーの二山治雄さんが出演した長野県須坂市の「米子大瀑布プロモーション映像」の監督をしていたので、傍目には充電しているようには見えなかったかもしれませんが、観たい舞台などに触れて感性を磨く時期になりました。そうでなければ、今回の新作は生まれていません。
池上直子 (撮影:大洞博靖)
――待望の新作『Eden』ではオリジナル脚本を書き下ろします。初挑戦ですね。
池上 この数年、お話というか原作のある作品ばかり創っています。『Carmen-カルメン-』、『Phantom-オペラ座の怪人-』、『星の王子さま』だけでなく、『牡丹灯篭』(2020年)、『オズの魔法使い』(2021年)、『玉藻の前』(2021年)、『雪女』(2022年)などです。そうすると、自分が物語を創る方程式みたいなものができ上がってしまうんですよ。今回はそれを止めて、最初からオリジナル脚本で創ろうと考えました。
Dance Marché 『Eden』フライヤー (宣伝写真:長谷良樹 宣伝デザイン:福井直信)
――新作『Eden』のテーマは?
池上 テーマは「規律と解放」「小さなキッカケが人生を大きく変える」です。今回の作品では、もともと最後のシーンだけが決まっていました。実はその最後の15分をやりたいがために最初の1時間20分くらいを創ったんです。言ってしまっていいのかな?(笑)。でも本当なので。その最後の15分は、今までの自分の作品とは少しテイストが違う抽象的なものです。しかし、ずっと抽象的だと観ていて疲れてしまうし、私は物語が好きなので、抽象的なシーンと物語を一緒にするために、結末からストーリーを考えたんですね。
==『Eden』あらすじ==
謎の全寮制教育機関「エデン学園」。
ある日、優等生の〈タイキ〉の妹〈マイ〉が突然の事故で亡くなってしまう。
その瞬間を、人の目には見えない存在である〈kimagure〉が静かに見守っていた。 〈kimagure〉の気まぐれで、タイムリープが始まり、〈タイキ〉は妹の死を回避するチャンスを得る。 しかし、時間を跳躍することは、「エデン学園」の人々の人生にも変化をもたらすことになり・・・ 果たして、〈タイキ〉は過去にリープして妹を救うことができるのか?
――『Eden』でも、ラストは別にして「物語」を展開するわけですね?
池上 ここ1年で、人生を見つめ直すような出来事が重なりました。そういう偶然が、また人生を切り拓いていくのだと感じました。それって、ちょっとしたキッカケみたいなことが多いと思うんです。それをどのように解釈するかどうかによって、自分の方向性は変わるのではないでしょうか。そこで、今回は目に見えない存在の〈kimagure〉が登場します。彼女がキッカケをあたえることによって、登場人物が何を選択し、どう自分で歩んでいくのかを選びます。皆さんにもそのような経験があるのではないでしょうか。
それから、重たい話、暗い話にはしたくなかったですね。今回は学園ものでタイムリープする話です。私は、映画やアニメでタイムリープするもの、異世界ものにいろいろと接しているので、そうしたエッセンスが入っています。脚本を執筆しているとき、私は小説家になったみたいでお話を書いているようでした。実際、一人ひとりの登場人物の幼少期や家庭環境から全部書くんですよ。エデン学園とは何かとか、主人公らの年齢とか、あらゆることを書くわけです。
池上直子 (撮影:大洞博靖)
■新たに描き出す「物語」においても、「感情」を大事に
――どのような構成・展開ですか?
池上 全2幕構成です。タイムリープは3回あります。1つの振りがバリエーションのように繰り返すことによって、振付がどう変わるかを実験したかったんです。〈タイキ〉はタイムリープして妹を助けようとしますが、毎回妹の〈マイ〉が死んじゃうんです。タイムリープすることによって皆の時間軸も変わって、さまざまな関係性も変わっていく展開になります。
同じ曲で何度か踊り、同じシーンが出てきます。タイムリープするのが30分前なのか、その日の昼までなのか、朝までなのかといったように変わってくるんです。そうした展開から「さっきと同じようだけど、何か違う」といった違和感というかズレが生まれてきます。
池上直子 (撮影:大洞博靖)
――異次元的なものに惹かれるのですか?
池上 何かおもしろいものを創りたいんです。ラブストーリーって多いじゃないですか?映画もそうですし、バレエやダンスでも物語があるとなるとラブストーリーになりがちです。なので、今回は「ダンスヒューマンドラマ」を掲げています。
――ダンスと物語を融合して、テーマを語っていく際のこだわりは?
池上 感情の流れを大切にしています。登場人物が何を感じ、どうなって、どうしたのか。ダンサーたちと話し合って、感情を上手くのせるための振付を創ります。とはいっても、感情ばかりで押すような作品は観ている方にとって辛いので、その辺りのバランスに気を配ります。音楽の選択も大切ですね。あと私は展開を早くしてテンポ感を上げることが多いかもしれません。
Dance Marché 『Eden』リハーサル (撮影:大洞博靖)
――最初に生まれたラストシーンというのは「物語」の果てなのでしょうか?
池上 物語の果てでもありますが、演じる本人次第です。ダンサーそれぞれが、テーマに対して何を感じ、どうそれを表現するのか。役柄を通して何を選択するのか。どのように解釈して踊ってくれるのか。物語と抽象的な作品が別個にならずつながるようには創っています。
池上直子 (撮影:大洞博靖)
■渡邊峻郁、木村優里ら輝けるダンサーたちがつむぐ、新たな池上ワールド!
――配役についてうかがいします。〈タイキ〉に渡邊峻郁さん、〈ルイ〉に木村優里さんという新国立劇場バレエ団のプリンシパルを迎えます。起用した理由は?
池上 渡邊さんとは『雪女』(2022年)、木村さんとは『Phantom-オペラ座の怪人-』(2021年の抜粋再演)と『牡丹灯籠』(2022年の再演)でご一緒しましたが、もう少しクリエーションをやってみたかったのでお願いしました。
主人公〈タイキ〉の渡邊さんは、まっすぐな青年なんですよ。性格もまっすぐな方。そんな人物が崩れていく――。彼はそういうような感情表現ができると私は思っています。もしかしたら彼はバレエよりもコンテンポラリーダンスのほうが感情をダイレクトに出せるのかもしれません。彼らしさというか、峻郁くんの良さをみたいですね。
〈タイキ〉の恋人〈ルイ〉を演じる木村さんは、たぶん私の踊りに合うんです。私が持っていきたい感情表現と彼女のそれとが、そんなに離れていない。たとえ私の振付と違うなと感じても、それ以上の部分が見えてくるんですね。優里ちゃんの、秘めたる強さみたいなものが、私の作品では出るんです。それと本番で感情を思いっきり出します。物語を語る作品だと、観客をいかに惹き付けるかが大事になるので、優里ちゃんのような人がいると作品が変わるんですよ。
池上直子 (撮影:大洞博靖)
――エデン学園の先生〈カイ〉は、八幡顕光さん(元新国立劇場バレエ団プリンシパル)です。
池上 八幡くんは、2000年くらいから年に1回くらいのペースで私の作品に出てくれているので、私の振付を分かってくれるようになってきました。ポテンシャルが高く、年齢を重ねても前向きなので、先生役もおもしろいだろうなと。今回は踊る分量が多いですね。もっとも、それは全体的にいえることで、学園ものなので皆で踊るシーンが多いです。
Dance Marché 『Eden』リハーサル (撮影:大洞博靖)
――他の出演者も多士済々ですね。
池上 〈モモ〉の大上ののさん、〈Kimagure〉を演じる湯淺愛美さんは私の作品を踊ってきてくれているので信頼しています。〈タイキ〉の妹〈マイ〉の鳥羽絢美さんは可愛くて妹キャラなので、峻郁くんといるといいバランスです。〈リオ〉の須崎汐理さんは『星の王子さま』に出てもらいました。〈ノカ〉の南帆乃佳さんとは初めてですが、大上ののちゃんと一緒に出ていた舞台を観て、この二人のバランスがいいなと感じてお願いしました。〈ジュン〉の高橋慈生さんも初めて。全員のここ最近の踊りを観て決めました。舞台上で彼ら彼女たちが、どのように輝いているか、どういう居方なのか、どういうふうに踊っているかを踏まえて選んでいます。
池上直子 (撮影:大洞博靖)
■「誰にでもある人生のキッカケを、踊りを通して伝えたい」
――リハーサルの印象はいかがですか?
池上 「楽しい!」というのが今の心境ですね。この1年、新作を創るのを休んだのがよかったのだと感じます。自分が一番楽しもうと思っていると、視野が、捉え方の感覚が変わりましたね。たとえば、リハ―サル日数が限られると以前は不安や焦りがありましたが、今では「いいんじゃない?」と思えるようになりました。「今できることをやろう!」というふうに物事を捉えられるようになりました。1回1回のリハーサルで何ができるのかを考えるようになりました。
ダンサー同士で話し合って、彼ら彼女たちがフィードバックをくれるのも大きいです。私が音取りを間違えても「直子さん、こうですよ!」と注意してくれたりするように、振付家とダンサーの関係が縦ではなく横なんです。対等というか、平等というか、私は私の役割をする、ダンサーはダンサーの役割をする。それで1個の作品を創っている感じです。
池上直子 (撮影:大洞博靖)
――公演に向けての意気込み、観客・読者の皆様へのメッセージをお願いします。
池上 コンテンポラリーダンスといえば、バレエを習う生徒でもコンクール作品だけを目にして「ちょっと不思議な、意味のない動き」くらいにしか思っていないこともあります。そうではなくて、物語の背景があります。各地のバレエ教室などで指導する場合、たとえば今回の『Eden』の〈Kimagure〉の1つの踊りをレパートリーとして扱い「ここは、こういう情景のシーンで、こういう作品の踊り方だよ」と教えます。「角度がこうだから」「音に合わせて」ではなくて、イメージを伝える。「作品のなかで生きて踊ることができるんだよ!」と伝えたい。踊りって、そういうものだと思います。だから、子供たちはもちろん、コンテンポラリーになじみのない方々にも観てもらいたいです。今回のテーマに立ち返りますが、ご覧になる方にも「こういうのは自分の人生にもあるよね」と考える小さなキッカケとなればうれしいですね。作品の舞台は学園ですが、さまざまな考え方や変動する今の世の中を捉えていると思っています。
Dance Marché vol.11『Eden』official Teaser Trailer
取材・文=高橋森彦 撮影=大洞博靖