WR-Vの価格をライバルに合わせたホンダの苦境
「多様なライフスタイルやニーズに応える自由なSUV」として2024年3月22日に発売する(写真:本田技研工業)
最近、発表された新型車の中で、特に注目を集めている車種がホンダ「WR-V」だ。
全長4325mm×全幅1790mmのコンパクトSUVで、直列4気筒1.5リッターエンジンを搭載する。今やSUVは新車販売の30〜40%を占める人気のカテゴリーだから、WR-Vに対する関心も高い。
ここで疑問に思うのは、ホンダ「ヴェゼル」との関係だろう。
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ヴェゼルのボディサイズは全長4330mm×全幅1790mmで、WR-Vとほぼ等しい。ホンダは同サイズのコンパクトSUVを2車種、用意することになる。
しかし、両車にはきちんとした棲み分けがある。WR-Vが、ヴェゼルのガソリン車(ICE車)の代わりに投入されたからだ。
ハイブリッドを主力として価格が大幅アップ
過去を振り返ると、先代(初代)ヴェゼルはバリエーションを幅広くそろえて、ガソリン車のグレードも豊富だった。ベーシックなG(最終型になる2WDの価格は211万3426円)、中級のX(同220万5093円)、上級のRS(同252万833円)を選択できた。
先代ヴェゼルのXグレード(写真:本田技研工業)
ところが2021年に発売された現行ヴェゼルは、ハイブリッドの「e:HEV」を主力として、ガソリン車はベーシックなGのみとなった。e:HEVは設計の新しいハイブリッドシステムで、エンジンは主に発電を受け持ち、駆動はモーターが中心に行う。
加速が滑らかでノイズも小さく、低燃費に加えて走行性能や快適性も優れている。この特徴を訴求するため、現行ヴェゼルはガソリン車を減らして、e:HEVを中心とするグレード構成に変更したのだ。
発売が開始されると、販売比率はe:HEVが90%を上まわり、ガソリン車のGはわずか6%にとどまった。開発者は発売当初、「e:HEVが75%でGは25%前後だろう」と予想したが、それ以上にe:HEVが選ばれ、ガソリン車は存在感を失った。その結果、ヴェゼルの売れ筋価格帯が大幅に上昇した。
人気のe:HEV・Z・2WDは、発売時点でも価格が289万8500円と高く、今は300万1900円に値上げされている。ガソリン車のG・2WDは、当初から変わらず今も239万9100円だが、前述の通り販売比率は約6%だから、結果的に売れ筋価格帯が300万円前後に上がったのだ。
現行ヴェゼルのe:HEV・Z(写真:本田技研工業)
この現行ヴェゼルに失望したのが、先代ヴェゼルのガソリン車ユーザーだ。先代から現行型へ乗り換えると、出費が大幅に増える。
また、「フィット」からヴェゼルへのアップサイジングや、子育てを終えて「フリード」や「ステップワゴン」から乗り換えるときも、e:HEVでは割高感が生じる。
販売計画に達しないヴェゼルの販売台数
この影響で本来、現行ヴェゼルのターゲットであった先代ヴェゼルやフィットのユーザーが、トヨタ「ヤリスクロス」「ライズ」など、安価なガソリン車を用意するライバル車を購入するようになった。
そのために、現行ヴェゼルの売れ行きは伸び悩む。先代ヴェゼルは2013年に発売され、約6年を経過した2019年でも5万5886台を登録したが、現行型は2021年に登場しながら2022年は5万736台、2023年も5万9187台に留まった。
ライズ、Xグレード(写真:トヨタ自動車)
コロナ禍の影響で納車遅延が著しい車種であったが、それを差し引いても、発売直後の新型車としては元気がない。
2021年に現行ヴェゼルが発売されたとき、メーカーが発表した販売計画台数は月間5000台だった。1年間にすると6万台だから、現行ヴェゼルは発売直後から達していない。
「販売計画台数」とは、発売から終売までの平均台数だ。モデル末期に売れ行きを下げることを考えると、発売直後は販売計画台数を大きく超えねばならず、現行ヴェゼルは明らかに達成できないことになってしまう。そこで、WR-Vを投入することになったわけだ。
もともとASEAN向けとして開発されたためインドからの輸入となる(写真:本田技研工業)
ボディサイズは、前述のように現行ヴェゼルと同程度だが、エンジンは1.5リッターガソリンエンジン搭載車のみでe:HEVの設定はなく、駆動方式も2WDだけだ。
インド工場で生産する輸入車でもあるから、受発注の効率を考えてグレードは3種類に抑えられ、生産ラインで装着するメーカーオプションも用意されない。外装色も5色に絞った。
WR-Vのグレードは、ベーシックなX(209万8800円)、中級のZ(234万9600円)、上級のZ+(248万9300円)の3タイプ。価格は、先に挙げた先代ヴェゼルのガソリン車G(211万3426円〜252万833円)に近い。
さらにヤリスクロスのガソリンG・2WD(215万円)、Z・2WD(243万5000円)、Zアドベンチャー・2WD(255万1000円)にも近い設定になる。
ヤリスクロス、Gハイブリッド。ガソリン車でも外観・装備はほぼ同じ(写真:トヨタ自動車)
WR-Vは、先代ヴェゼルのガソリン車の後継という位置づけで、ホンダ車ユーザーがヤリスクロスなどに乗り換えるのを防ぐ役割も担っていることが、価格からもよくわかる。
位置づけはガソリン・ヴェゼルの後継だが…
WR-Vの売り方をホンダの販売店に尋ねると、以下のように返答された。
「ヴェゼルとWR-Vはサイズがほぼ同じだから、選択に迷うお客様も多い。そこで店舗によってはヴェゼルとWR-Vを並べて展示して、パワーユニットや価格だけでなくデザインも比べられるようにしている。WR-Vのフロントマスクは野性的な印象で、都会的なヴェゼルとは雰囲気が異なり、実車を見ると選択しやすい」
納期などについてはどうか。
「WR-Vが納車を開始する時期は2024年3月ごろだ。現時点(2024年3月上旬時点)で注文を入れた場合、WR-Vの納期は4〜6カ月になる」
ヴェゼルのガソリンGグレード(写真:本田技研工業)
実はこの取材時、「GはWR-Vと重複するため、このまま廃止する可能性も高い。ただしWR-Vは2WD専用だから、4WDのヴェゼルGは残すことも考えられる」との回答も得ていたのだが、2024年3月14日にヴェゼルの改良モデルが発表され、販売店でのコメントのとおりガソリンGは4WDのみとなった。
ただしWR-Vがヴェゼル・ガソリン車の後継とするには、足りないところも見られる。たとえば、WR-Vのインパネ周辺は、ヴェゼルでもっと安価なGと比べても、質感などが物足りない。
WR-V、Z+のインストルメントパネルまわり(写真:本田技研工業)
パーキングブレーキは、ヴェゼルではGを含めて全車がスイッチで操作できる電子制御式で、運転支援機能のアダプティブクルーズコントロールも、停車状態まで作動する渋滞追従機能付きになる。
WR-Vではパーキングブレーキはレバー式で、そのためアダプティブクルーズコントロールでの自動停車状態が保てず、時速25kmを下まわると作動が自動的に解除されてしまうのだ。
荷室やシートアレンジも異なる。ヴェゼルは燃料タンクを前席の下に搭載するから、後席を小さく畳める。後席の座面を持ち上げる機能も備わり、車内の中央に背の高い荷物を積載することも可能だ。
これらの機能がWR-Vには採用されず、シートアレンジは後席の背もたれが単純に前側へ倒れるだけ。しかも、広げた荷室の床に段差ができる。
シートを前倒ししても段差が残っていることがわかる(写真:本田技研工業)
燃費対策も異なる。ヴェゼルはガソリンGにもアイドリングストップを装着して2WDでは17.0km/L(WLTCモード燃費)となるが、WR-Vは非装着で16.2〜16.4km/Lにとどまる。
以上の違いを考えると、ヴェゼルのガソリン車にe:HEV・Zに相当する充実装備のグレードを250万〜260万円で用意すれば、WR-Vを発売する必要はなかったかもしれない。
お買い得度からも見えるWR-Vのターゲット
最近は各メーカーから「選択と集中」という言葉が聞かれ、メカニズムやグレードの種類を減らす傾向が見られる。
販売台数が伸び悩む状況でコスト低減まで迫られると、「選択と集中」で効率を高める必要も生じるが、「選択」の対象を誤るとユーザーニーズからはずれて売れ行きも下げる。今のホンダにはこのミスが多く、「オデッセイ」「CR-V」「シビック」などは、廃止したあとに復活させている。
WR-Vは価格を重視するユーザーをターゲットとしたため、各グレードの内容を見ると、装備と価格のバランスに特徴がある。一般的には中級グレードを割安にすることが多いが、WR-VはベーシックなXがお買い得だ。
Xはアルミホイールやインテリアのソフトパッドなどが非装備となる(写真:本田技研工業)
Xにもホンダセンシング、サイド&カーテンエアバッグ、フルオートエアコンなどが標準装着され、中級のZに比べて18万円相当の装備を省いただけだが、価格は25万800円も安い。
Xは価格を200万円台に抑えて割安度を強調するため、209万8800円としたから、装備の割に安価になった。この価格はヴェゼルGの239万9100円と比べて約30万円安く、ヤリスクロス・ガソリンGの215万円と比較しても約5万円、下まわる。
ただし、ヤリスクロスGにはアルミホイールやディスプレイオーディオが備わる代わりに、WR-Vに標準装着されるLEDヘッドランプはオプションだ。
また、室内空間もWR-Vのほうがやや有利で、身長170cmの大人4名が乗車したときの足元空間は、WR-Vでは握りコブシ2つ半の余裕があるが、ヤリスクロスは1つ半にとどまる。後席を使っているときの荷室容量も、WR-Vの458Lに対し、ヤリスクロスは390Lと少ない。
シートはXがファブリック、Z、Z+ではプライムスムース×ファブリックとなる(写真:本田技研工業)
WR-Vは、アダプティブクルーズコントロールの機能や燃費に設計の古さが散見されるものの、価格はヤリスクロスと同程度に割安で、居住空間や荷室の広さはヴェゼルと同等。ヴェゼルはガソリン車グレードを減らしてユーザーをヤリスクロスに奪われたから、WR-Vの投入で取り返そう。それがホンダの意図だ。
そのためにWR-Vは、価格をヤリスクロスに合わせた。実用的なコンパクトSUVが欲しいユーザーにとって、WR-Vはお買い得で検討する余地の高い車種に仕上がっている。きっとWR-Vは、それなりの台数を売る人気車種になるだろう。
ブランドのダウンサイジングを食い止めよ
一方で、ホンダにとって今後の課題は、安価で実用的なWR-Vの投入によりヴェゼルの売れ行きがさらに下がるであろうことである。
今では軽自動車の「N-BOX」がホンダの国内販売の40%近くを占めており、同社のブランドイメージもダウンサイジングして、「小さくて背の高い実用的で安価なクルマのメーカー」になった。ブランドイメージとしても、ヴェゼルよりWR-Vのほうが販売しやすい。
2024年3月14日に発表されたヴェゼルの改良モデル。ガソリンGは4WDのみとなる(写真:本田技研工業)
2024年中にはコンパクトミニバンのフリードのフルモデルチェンジも予定されており、売れ行きを増やすはずであるから、ミドルクラスミニバンのステップワゴンも従来以上に苦戦する。
したがって、今後のホンダはZR-V、ヴェゼル、オデッセイ、ステップワゴンなどの販売に力を注ぎ、発売が予定されている「シビックRS」や「プレリュード」のアピールとあわせて、ブランドイメージと販売構成比を元に戻すことが重要になる。
ホンダ社内にはRSをシリーズ化するアイデアもあるようだが、これも早期に実現させなければ、ブランドイメージのダウンサイジングがさらに加速する。WR-Vは、良くも悪くも今のホンダを象徴するクルマなのだ。
(渡辺 陽一郎 : カーライフ・ジャーナリスト)