「仕事で成功するのはプロか天才か?」意外な結論
プロデューサーであるつんく♂さんと起業家である孫泰蔵さん、異なる2人のプロフェッショナルによる対談、第1回(撮影:尾形文繁)
音楽家、プロデューサーのつんく♂さん、連続起業家としてさまざまな事業を手がける孫泰蔵さんの対談。
2023年、つんく♂さんが『凡人が天才に勝つ方法 自分の中の「眠れる才能」を見つけ、劇的に伸ばす45の黄金ルール』、孫泰蔵さんが『冒険の書 AI時代のアンラーニング』をそれぞれ刊行。お互いの著書を読み、仕事論からAI時代の話まで、深い話は尽きることなく盛り上がりました。
今回は、「自分は凡人であり、天才に勝てない」と考えてもがいていたつんく♂さんの独自の天才VS.凡人論について語り合います。第1回(全6回)
つんく♂さんは「現代の世阿弥」だ
孫:つんく♂さんの本、読ませていただきました。これ、一見読みやすく、わかりやすく書かれているけど、ものすごい本だと思ったんです。
僕は能楽の礎を築いた世阿弥が書いた『風姿花伝』という書がとても好きなんです。つんく♂さんの本からは『風姿花伝』のような迫力を、僕は感じたんです。
つんく♂:ずいぶん前に現代語訳の『風姿花伝』を読んだのを思い出しました。孫さんに言われるまで、忘れていましたが。
孫:大げさじゃなく、この本には、つんく♂さんの頭の中というか、超一流のトップを極めた人たちだけが体得したものが言語化してある。つんく♂さんって、まさに現代の世阿弥じゃないかって思いました。
つんく♂:ありがとうございます。この本で言いたかったのは「僕は凡人。みんなも凡人。だからこそ、凡人ならではの勝ち方を探していこうぜ」っていうことなんです。
孫:特に「天才」「アマチュア」「プロ」が三つ巴であるという、この「じゃんけんのモデル」がおもしろい。これって、つんく♂さんがお考えになったものですよね。僕はこの関係性に「なるほどな」と思ったんです。
つんく♂氏が考えた「天才・プロ・アマチュアじゃんけんの法則」(出所:『凡人が天才に勝つ方法』)
つんく♂:このトライアングルは、長い時間をかけて、もがき続けながら、自分の頭の中で組み立てたものです。凡人の自分を救うための道筋でもあるような気がしています。
凡人は天才に勝てないが、プロは天才に勝てる
孫:すごく斬新な考え方です。
つんく♂さんの本のタイトルにもある「凡人」は、ここでいう「アマチュア」ですよね。普通は「天才」と「凡人」という二項対立で考えて、凡人は天才にかなうはずがないという結論になる。
そこで、どうしたら天才になれるかではなく、そこにプロという新しい概念をつくり出すことで、天才になれる・なれないかという話ではない次元に高めている。
AかBではなく、Cだという、ヘーゲルのいうところのアウフヘーベン(止揚:矛盾や対立を高い次元に引き上げ、調整・統一すること)ですよね。
つんく♂1992年に「シャ乱Q」でメジャーデビューしミリオンセラーを記録。その後は「モーニング娘。」をプロデュースし大ヒット。代表曲『LOVEマシーン』は176万枚以上のセールスを記録。国民的エンターテインメントプロデューサーとして幅広く活躍中(撮影:尾形文繁)
このモデルは多くの人を勇気づけてくれるし、これを編み出したつんく♂さんって、やっぱりすごい超一流の人だと感じたんです。
だからこそ、あれだけヒットを飛ばして、いつの時代も多くの人の心をつかみ続けられるんだなというのが、理解できたような気がしました。
つんく♂:凡人が天才に勝てる道があるとしたら、「本物のプロ」になるしかない。ビジネスの世界では、天才はプロに勝てません。
つんく♂:そもそも、人がどういうときに「天才」という言葉を使うかといえば、「負けを認めたとき」だと僕は思っているんです。
人って、まず「この人はすごい」「俺にはちょっと敵わない」と思ったときに、過去の何かにたとえたくなるんですよ。「令和の松田聖子!」とか「令和のメッシ!」とかね。ものの場合は「昔でいうレコードです」とか「フロッピーディスクの親分みたいなものです」みたいな。
そうやって自分で理解できる範囲に置くことで、なんとか心の安定をはかるように思うんです。
「天才」という言葉を、なぜ使ってしまうのか
つんく♂:ただ、ついに過去の誰にも何にも置き換えられない、見たこともないものに出会ったとき(敗北感を感じたとき)に、人はそれを「天才」と呼び、自分の心をなだめるんだと思います。「あれは天才だから別だよね」みたいな感じで。
孫:なるほど。確かにそうかもしれませんね。まずは過去のすごい人と比べようとするわけですね。
つんく♂:たとえられるときは、まだ少しだけ優越感があるんです。たとえるものがないほどの才能に出会ったとき、つまり次元が違う才能に対しては、「天才」という言葉を使うしかないと思うんです。
孫:見たこともない、切り離された存在ですね。
孫泰蔵日本の連続起業家、ベンチャー投資家。大学在学中から一貫してインターネットビジネスに従事。その後2009年に「アジア版シリコンバレーと言えるようなスタートアップ生態系をつくる」という大志を掲げ、ベンチャー投資活動やスタートアップの成長支援事業を開始。そして2013年、単なる出資に留まらない総合的なスタートアップ支援に加え、未来に直面する世界の大きな課題を解決するための有志によるコミュニティMistletoeを設立。社会に大きなインパクトを与えるスタートアップを育てることをミッションとしている(撮影:尾形文繁)
子どもはみんな「天才」だ!
つんく♂:そういう意味で、3歳未満の子どもたちって、みんな天才だと思うんです。まだ常識なんて学習していないし、比べるものがない。
常識を身につけてしまった僕らから見れば、異次元の存在ですよ。だから「何でそれを口に入れんねん!」「何でそれを家の中に持ってくるねん!」となる(笑)。
孫:そうそう。子どもって本当に天才ですよね。まっさらで「誰々みたいなこと」はやらないですからね。
つんく♂:だから、僕も孫さんの本を読んで、子どもたちに「新しい形の教育」が必要だというのはすごく同感して、期待しているんです。
孫:学校批判をしてもしかたないし、早晩現在の学校は機能しなくなるので、何か新しい場をつくりたいとは思っています。
つんく♂:僕らの頃は大学卒業して普通に就職するか、夢を追うかという単純な選択しか考えていなかったけど、中学生ぐらいの頃に「将来は就職だけじゃなく、起業という道もあるよ」「自分で仕事をつくって、独立する手もあるよ」みたいに、いろいろな選択肢を知っていたら、違う人生もあったかもしれないと思います。
それに、実は大人になってから学べる場所ってなかなかないんですよね。だから、孫さんみたいな人に、「大人の小学校」をつくってほしいと思っているんです。
必要なのは「まったく新しい学びの場」
孫:実は今僕が考えているのが、まさにその「大人の小学校」みたいなものに近いものなんです。
「大人の小学校」といっても、子どもも出入りしていい。つまり年齢に関係ない場所です。実際に着手もしているのですが、その話をすると話が長くなるし、説明も難しいのでこの場では割愛しますが(笑)。
つんく♂:うちの子たちが小学4年生ぐらいの頃、学校で大統領選のシミュレーションの授業をしていたと聞いて驚きました。
しばらくすると「パパ、株ってどうやって買うの?」と言い出して「こいつらすごいなあ」って思いました。
しかもアメリカ感覚なのか「失敗してもいいじゃん」って考えている。
僕らは「投資は危ない。銀行預金が安全だ」と言われて育った世代です。でも「パパ、何言ってるの? 銀行に預けてもお金は増えないよ」と言ってくる。
「大人である僕らのほうが、よほど物事を知らない」と思ったのが、大人の学校をつくってほしいと思ったきっかけなんです。
これからは、大人こそがアップデートしていかなきゃいけないですよね。
対談場所:Rinne.bar/リンネバー
お酒を飲みながら、カジュアルにものづくりが楽しめる大人のためのエンタメスポット。廃材など、ゴミになってしまうはずだった素材をアップサイクル作品に蘇らせる日本発のバー。
(つんく♂ : 総合エンターテインメントプロデューサー)
(孫 泰蔵 : Mistletoe Founder)