オレンジの門構えがトレードマーク。写真は、『アパホテル 浅草 蔵前北』(写真:アパホテル提供)

男性はもちろん、昨今は女性や外国人観光客など、多くの人が利用しているビジネスホテル。各ホテルはそれぞれに、代名詞とも言えるサービスや設備を持っている。けれど昨今のホテル選びでは価格ばかりが注目され、提供側がこだわっているポイントにはスポットライトが当たっていないこともしばしばだ。

この連載、「ビジネスホテル、言われてみればよく知らない話」では、各ビジネスホテルの代名詞的なサービス・設備を紹介し、さらにその奥にある経営哲学や歴史、ホスピタリティまでをひもといていく。連載第5回からは、全国1位の客室数を誇る王者・アパホテルの代表的なサービスと経営哲学を、全3回にわたりお届けする。

過去最高益を記録。全国客室数の8%がアパ

1971年の創業から52期連続黒字。2023年11月期のグループ連結決算では、売上高1912億円、経常利益553億円を叩き出し、過去最高益を更新した巨大ホテルチェーンがある。アパグループ(以下、アパ)だ。 

過去最高益の理由について社長兼CEOを務める元谷一志氏は、「客室数の増大と、インバウンドが客室を高単価で購入していることにあります」と分析する。

実際、現在の客室数は直営、FC合わせて11万7000室。これは全国に約150万室あるホテル、旅館のほぼ8%を占める数値だ。アパはさらに、2027年3月期に15万室、10%の寡占化を目指して増設を続けている。

アパの成功の1つの要因になっているのが、代名詞とも言える、「トリプルワンシステム」だ。「トリプルワンシステム」とはその名の通り、「3つの1」を実現するシステムのこと。内訳は、「1ステップ予約、1秒チェックイン、1秒チェックアウト」だ。どんな内容か、ここで簡単に説明しよう。


予約専用に開発した「アパアプリ」のトップ画面(写真:アパホテル提供)

まず「1ステップ予約」は、予約専用の「アパアプリ」をインストールして目当てのホテルを登録しておけば、ホテル、宿泊日、到着時間を選択するだけで予約が完了するサービスだ。

次に「1秒チェックイン」とは、到着前、アプリでチェックインボタンをクリックし、QRコードを発行。到着後に、「1秒チェックイン専用機」にスマホをかざせばルームキーが発行され、チェックインが完了する。

最後の「1秒チェックアウト」は宿泊後、返却ポストにキーを入れるだけでチェックアウトができる。

いずれも現在はそう珍しいものではないが、アパがオンライン決済とアプリ予約サービスを開始した時期は2017年4月。コロナ禍より前の話だ。

アプリを開発した背景は?

導入した理由について元谷氏は、「オンライン決済は、スマホとルームキーがつながる未来を見据えての開発でした。またアプリ開発のきっかけは、GAFAが『検索表示からの予約成立時に一定のコミッションを取る』方式に転換したことです。コミッションを削減して個人を囲い込むには、アプリしかないと考えました」と振り返る。

当初はまだQRコードの発行はなく、チェックイン機での入力が必要だった。だが2020年6月、コロナ禍を受け、QRコードでルームキーを発行できる「1秒チェックイン専用機」の順次導入がスタートする。狙いは、さらなるスピードアップと非接触にあった。


スマホでQRコードをかざしてルームキーを発行できるチェックイン機(写真:アパホテル提供)

それから4年。2024年現在、アパアプリのダウンロード数は500万を超えている。OTA(オンライン旅行代理店)からの予約をのぞき、自社システムでの予約は7割以上がアプリからだ。

理由は、指先一つでできる手軽さ。そして、予約成立時にアパが8〜15%の手数料を取られるOTAよりも、自社システムからの予約を最安値とする「ベストレート宣言」をしていることにある。

顧客満足度向上とDXによる省人化、2兎を追う

2023年5月には、新たなアプリも誕生した。滞在者専用アプリ『APA Stay Here』だ。

ノーマルの『アパホテル』以外の4ブランド、『アパホテル&リゾート』『アパホテルステイ』『アパホテルエクセレント』『アパホテルプライド』への導入が順次始まっている。

新アプリのコンセプトは「1Guest,1Digital Concierge」。滞在の延長やマッサージの予約、レストランの食券購入など14の機能を備えている。


「1Guest,1Digital Concierge」をコンセプトに開発された『APA Stay Here』のトップ画面(写真:アパホテル提供)

こちらのアプリの開発目的は、ゲストからの内線コールを極力減らすとともに、「かゆいところに手が届く」コンシェルジュのようなサービスをデジタルで実現することにあるそうだ。

2つのアプリから見えてくるのは、「顧客満足度の向上」と「DXによる省人化」、一見相反する両者を、同時に追求するアパの姿勢だ。

アパアプリは、利便性と「忙しいゲストの時間を奪わない」スピード感で、『APA Stay Here』は、デジタルながらも手厚いコンシェルジュのようなサービスで、それぞれに顧客満足度を向上。その裏で、どちらも煩雑な顧客とのやりとりを減らし、従業員の作業を軽減している。

元谷氏は、「日本の人口がどんどん減っていくなか、人員確保は難しくなりつつあり、これからさらに省人化が必要になります。そこで大きな役割を果たすのが、アプリをはじめとするDX化です。アパでは今後もDX化による顧客満足度の向上を推進していきたいですね」と話す。

もう1つ、アパ成功の要因として元谷氏自身が上げるのが、「1ホテル、1イノベーション」の姿勢だ。その意味は、次々に誕生する新しいホテルに必ず1つ以上、改善や新たな機能を付加するというもの。

例えば、2018年3月にオープンした『アパホテル&リゾート〈西新宿五丁目駅タワー〉』では、入眠スピードにこだわってシーリー社と共同開発したオリジナルベッド「クラウドフィット」の快適性はそのままに、厚みを減らした新ベッド「クラウドフィットグラン」を採用。以後、他ホテルへも導入を進めている。

新ベッド開発の理由はインバウンドの多くが持つ、大型トランクが入るベッド下収納を確保するため。コンパクトな客室を、トランクが占拠するのを防ぐ狙いだ。

「ユニットバスのバスタブを5度傾ける」理由とは?

同様のインバウンド客への配慮で言えば、2023年11月にオープンした『アパホテル〈茅場町八丁堀駅前〉』からは、ユニットバスのバスタブを5度傾けて設置している。「用を足す際にバスタブに膝が当たる」という声を受け、膝が当たらない角度に変更したのだ。

同ホテルではまた、それまで1m60cmあったシャワーホースも1m20cmに改良。短縮することで操作性を上げるとともに、湯を張った際にホースが浸からず、カビを防ぐ狙いだ。

加えて、洗面ボールもサイズアップし、形状も変更。これは、蛇口から湯沸かしポットに水を注ぐ際に、しっかりボール内にポットを入れ、水を注ぎやすくするために行われた改良だ。排水口に付けているヘアキャッチャーの網目も、万一コンタクトを落としても流れない目の大きさに変更された。


ユニットバスに多くの改良が施された『アパホテル〈茅場町八丁堀駅前〉』(写真:アパホテル提供)

ほかにも、改良はひっきりなしだ。例えば、2022年10月に開業した『アパホテル&リゾート〈六本木駅東〉』からは、枕元に「おやすみスイッチ(GOOD NIGHT スイッチ)」を設置している。

「おやすみスイッチ(GOOD NIGHT スイッチ)」とは、冷蔵庫、空調、ユニットバス、テレビ以外の電気がすべて1カ所で切れるスイッチのこと。ユニットバスやテレビが含められていないのは、複数人で泊まっている場合に誰かが使っている可能性を考えてのことだ。なんとも、きめ細かな配慮……。


右側の黒いスイッチが「おやすみスイッチ」。冷蔵庫、空調、ユニットバス、テレビ以外の電気が全て一箇所で切れる(写真:アパホテル提供)

開発理由について元谷氏は、「海外出張の際に、あちこち点在するスイッチの場所がわからず、あきらめて寝たことがストレスだったんです。それで、一括で全部切れるスイッチを思い立ちました」と説明する。

アパは「良いものを、さらに良くする」ラボである

通常、商品でもホテルでも、「同じものを大量に作る」ほうがコストメリットは大きいものだ。「1ホテル、1イノベーション」はコスト的にはかなりマイナスとなるが、その姿勢を追求し続けているのはなぜなのか。元谷氏は以下のように説明する。

「一番は、何度も訪れる方への配慮です。経済原論に関する考え方に、『カレーライスの法則』というものがあります。人は同じ味のカレーを食べると、1杯目は満足するけれど、2杯目は満足度が下がる。3杯目以降はもっと下がり、いつか見向きもされなくなるというものです。ホテルも同様で、同じサービスを提供し続けると、満足度はどんどん低減するのです。

と同時に、テクノロジーも日進月歩で進化します。かつては貴重だったWi-Fiだって、今では当たり前ですよね。だからつねに新開発を続け、世に受け入れられるサービスだけを残していく必要があるのです」


ダブルの客室イメージ(写真:アパホテル提供)

つまり「1ホテル、1イノベーション」は、ホテルの核ともいえるリピーター戦略なのだ。

これらのイノベーションのアイデアは、さきほどの「おやすみスイッチ(GOOD NIGHT スイッチ)」同様、元谷氏自身が全国のアパや他ホテルに泊まり、ユーザー目線で得た気づきを基にしている。具体的な改良方法についても、メーカーや他業種の担当者と元谷氏が毎回協議するそうだ。

ハード面の改良や開発には、少なくとも半年〜1年かかる。しかも、建てるたびに改良点がみつかるそうで、永遠に「これでいい」と納得することはないという。

そんな元谷氏は、グループ会長の元谷外志雄氏の長男だ。新卒で銀行に就職、28歳で家業のアパに戻った。そこから現場のリアルを知るために、FCも含めた全チェーンを宿泊して回りはじめたという。そしてついに、2024年2月に訪れた石垣島のFCで、全チェーンを網羅した。実に24年越しのホテル行脚。その歳月に、並々ならぬ思いが感じられる。

「Much Better」ではなく「Even Better」

ちなみに元谷氏のアイデアの源はホテルだけにとどまらず、他業界の成功事例を採用する場合もある。ソフト面でいえば、航空業界の事前決済後、ゲスト自身が客席を選べるシステムも応用した。事前決済をすると客室を選ぶことができる、「アパオートアサインシステム」だ。

ラッキーナンバー思考のゲストや、足が悪く、エレベーター近くの客室を選びたいゲストなどに喜ばれているそうで、スタッフ側からも、手がかかるアサイン業務の負担が減ったと歓迎されている。


東京メトロ六本木駅から徒歩6分とアクセス便利な『アパホテル&リゾート〈六本木駅東〉』(写真:アパホテル提供)

莫大な費用がかかり続ける「1ホテル、1イノベーション」。改めて元谷氏に理由を聞くと、こんな答えが返ってきた。「弊社のスローガンは『Even Better! APA HOTEL(良いものをさらにより良く)』です。『Much Better(あまり良くないものを良くする)』ではありません。アパホテルはいわばラボ。リピーターのご満足のために、“次はこんなことができないか”と実験を続ける場だと思っています」。

ホテルを“実験の場”と捉える……。少し、アパの経営哲学の一端が見えてきた。第6回では、業界トップチェーンだからこその、4つの「ありえない数値」から解き明かしていく。


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(笹間 聖子 : フリーライター・編集者)