展望席を備えた小田急ロマンスカーGSE。車掌は車内巡回などで乗客と接する機会が多い(記者撮影)

小田急電鉄の特急ロマンスカーは、東京都心のターミナルである新宿と、小田原・片瀬江ノ島方面を結ぶ。箱根や湘南への観光客だけでなく、沿線の通勤・帰宅時間帯の足として幅広く利用されている。

現在はGSE (70000形)、MSE (60000形)、EXE(30000形)、EXEα(同)が活躍する。GSEは2018年にデビューした同社のフラッグシップトレインで、運転室を客室の“天井裏”に上げ、ロマンスカー伝統の展望席を備える。前面の大型窓から迫力ある眺めが楽しめる。

MSEは地下鉄千代田線やJR御殿場線に乗り入れてマルチな活躍をする。EXEとEXEαは見た目こそ地味だが、ソファのようなゆったりしたシートの座り心地は通好みだ。

直接乗客に接する車掌

小田急の顔であるロマンスカーで実際に乗客とコミュニケーションを取るのは乗務員だ。とくに車掌は乗降ドアの開閉や車内アナウンスに加え、車内を巡回することから直接乗客と接する機会が多い。MSE、EXE、EXEαの10両編成の場合は1本の列車に約580席。それだけたくさんの乗客を受け持つことになる。快適な車内になるかどうかは、車掌の肩にかかっている。


ロマンスカーの車掌は多様な乗客のニーズに応える(記者撮影)

喜多見乗務所の主任車掌、柴粼泰史さんは15年の車掌のキャリアがある。ロマンスカーの乗務は過去にも経験しているが、長く一般車両の車掌の養成に携わっていた。「コロナ禍後にお客さまが戻ってきているのを見て、自分の持っている経験やスキルを後輩に伝えていきたい」と試験を受け、2023年にロマンスカーの乗務に復帰した。


喜多見乗務所の主任車掌、柴粼泰史さん。後輩の指導役を経てロマンスカー乗務に復帰した(記者撮影)

柴粼さんは「ロマンスカーは外国人のお客さまが多い印象。以前はカタコトの会話だった英語もいまは翻訳アプリでコミュニケーションが取れるようになった。お客さまを目的地まで安全にお連れするのは大前提だが、いちばん大事なのは快適に乗っていただくこと」と語る。

3年経過後さらに訓練・試験

乗務員になるためにはいくつもの関門がある。小田急の場合、車掌はまず駅に配属後、車掌任用試験、車掌科養成教育(学科・実技)を経て独り立ち(社内では「単独」という)する。そして運転士は、車掌を経験したあと、運転科任用試験、運転科養成教育(学科・実技)を経て単独で乗務する。

そこからロマンスカーの営業列車に乗務できるようになるにはさらに社内の資格が必要だ。車掌・運転士とも単独3年経過すると新人ロマンスカー担当者教育として学科教習と試験があり、合格すると実技訓練に移る。実技訓練後、技能確認試験に合格すると次年度の4月1日よりロマンスカーに乗務することができる。

ベテラン乗務員でも2年ごとに任用試験を受ける必要がある。

2023年12月時点で小田急の運転士総数は476人、車掌総数439人、乗務助役101人(運転士と車掌の合計)。このうち、ロマンスカー担当者は運転士234人、車掌182人となっている。


発車時の安全確認も車掌の重要な業務だ(記者撮影)

2024年3月上旬のある日、神奈川県海老名市にある海老名本社の会議室に喜多見、大野、海老名、足柄の4つの乗務所から、普段は一般車両に乗務する13人が集まった。1〜2月に実施した技能確認試験に合格した運転士・車掌たちだ。この日開催したのは「新人ロマンスカークルー研修」。1日かけて乗客とのコミュニケーション力に磨きをかける。

冒頭、運転車両部の山粼直課長は「ロマンスカーは会社の顔ではあるが、『車両がカッコいいから、展望席があるから』という理由ではなく、クルーの個性があるからこそほかの有料特急とは違うと自信を持っている。ぜひ自分らしさを出してほしい」と呼びかけた。


海老名本社で開いた「新人ロマンスカークルー研修」(記者撮影)

乗客からはさまざまな要望

講師は社員研修などを手がける「オンリーワン」(東京都武蔵野市)のスタッフが務める。言葉づかいや姿勢に関してレクチャーするほか、ロールプレイングでは乗客役を演じる。各参加者は「箱根まではどのくらい時間がかかるのかしら?」「(子どもの設定で)どうやったら運転士になれるの?」「一緒に写真に撮ってもらえる?」といった実際にありうる質問・要望への対応を演習した。

研修を担当する運転車両部の菅井利一さんは「ロマンスカーはお客さまと接する時間や頻度が一般車両とは違う。接遇スキルを学んでステップアップし、新人ロマンスカー担当者として楽しんで乗務してもらいたい」と狙いを説明する。同部の新井友章さんも「コロナ禍でお客さまと接する機会が少なかったので、研修を通して自信を持ってもらいたい」と話す。


新人ロマンスカークルー研修では接客力を磨く(記者撮影)

研修では「お叱りのお客さま」を想定し「ロマンスカークルーとして快適な移動時間を提供するため、どのような対応をしますか?」という課題も。例えば以下のような事例だ。

「車内巡回中、グループのお客さまが大きな声で騒いでいるのを『注意してほしい』と同じ号車に座っているお客さまから申告されました。グループのお客さまに声をかけたところ、その場は静かになったが、また大きな声で騒いでいるところを目撃しました。先ほど注意してほしいと申告されたお客さまは、見るからに不機嫌な表情をしていたため、別の号車に席を移動できますと提案したところ、『なんで自分が移動しなければならないのか?』とお叱りをいただきました」

「最初にぶつかる壁」

特急列車の車内は、仲間同士でにぎやかに楽しみたいグループ客がいれば、静かに過ごしたいビジネス客もいる。新井さんは「1つの車内で異なるニーズが存在する、というのは車掌が最初にぶつかる壁」と指摘する。菅井さんは「正解が1つに決まっているわけでない。研修では、どんなことができるか、みんなで考えることで視点を広げてほしい」と話す。


ロールプレイングでは乗客役が本番さながらにさまざまな質問・要望を投げかける(記者撮影)

2024年4月には、運転士25人、車掌38人の新人ロマンスカークルーが誕生する。今後は日々の乗務を通じて接客スキルを磨き、それぞれが「小田急の顔の顔」を担っていくことになる。


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(橋村 季真 : 東洋経済 記者)