中高生を中心にTikTokで人気を博している「スターツ出版文庫」。「読者」に寄り添う出版戦略について、代表取締役社長である菊地修一氏に話を聞いた(撮影:梅谷秀司)

『恋空』や『Deep Love』などでケータイ小説ブームを生み出した「スターツ出版」。現在は、運営する3つの小説投稿サイトを通じて作家を開拓し、読者に寄り添った小説作りでヒット作や話題作を連発。「エモくて泣ける」として、中高校生を中心に大きな支持を集めており、スターツを中心とした書籍群は「ブルーライト文芸」と形容され始めている。


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「勃興するブルーライト文芸」と題し、新たなムーブメントの誕生を追う本連載。

スターツ出版の歴史に迫りながら、その歴史の中で醸成されてきた企業風土が業績アップの追い風になっていることを聞いた前回(「恋空」のスターツ出版がスゴいことになっていた)に続き、今回も同社の代表取締役社長である菊地修一氏へインタビュー。

中高生向けのレーベルでのマーケティング戦略から、スターツ出版の「読者」に寄り添う出版戦略をひもといていく。

TikTokで大バズりした『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』

――スターツ出版の「スターツ出版文庫」は、とくに中高生を中心に、TikTokで人気を博していますね。TikTokで盛り上げようという意識は最初からあったのでしょうか?

菊地:まったくありませんでした。TikTokのすごさに気づいた最初の作品は、『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』です。2016年の発売で、当初の売れ行きは約2万部程度。ところが、コロナ禍の真っ最中である2020年の6月に、突然この作品を注文する電話が殺到したんです。

電話が鳴り出してから2日目に、入社2年目の社員が「これ、TikTokでバズってるみたいですよ」と気付いた。正直、なんで本の表紙に音楽が付いてるだけの投稿がこんなにバズるんだ、と思いました(笑)。

とにかく、それがバズりまくり、口コミもいっぱい入ってくる。「生まれて初めて読んだ本で、体の水分が全部なくなるぐらい泣いた」とか、「私が泣いたからパパとママに見せたら2人も号泣」とか。読者が口コミで広げてくれたんですよね。


TikTokでバズリ、大ヒット、映画化に至った『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』。終戦前にタイムスリップした主人公が、特攻隊の青年と恋に落ちる物語だ(撮影:梅谷秀司)

――TikTok戦略で意識されていることはあるんですか?

菊地:実は、当社では、お金をかけたプロモーション活動は積極的に行っていません。それより読者の自然発生的な口コミを重視している。これは、20年前の『Deep Love』や『恋空』のときと同じで、あのときはメールでしたが、それがTikTokに変わったという話です。

中高生たちのはじめての読書体験に

菊地:口コミがどんどん広がるうち、TikTokのコメントで「これって本屋に売ってるの?」というものを見つけました。本屋に行ったことがないから、本屋でそれを売っていることも知らないわけです。

TikTokの投稿を見て、中高生たちがみんな本屋に来てくれる。書店さんに聞いた話では、中高生がお店に来て、TikTokの画面を見せて「これをください」と言ってくるそうです。本屋に行ったことがないから、本の探し方がわからず、そうするパターンが多いと。


「こんなふうに、書店員さんにスマホを見せるそうなんですよ」と語る菊地社長(撮影:梅谷秀司)

――はじめての書店体験がスターツ出版文庫になっているわけですね。

菊地:そうですね。そして、「読んでみたら、とても面白かった。メチャ泣いた」という感想が多い。

例えば『すべての恋が終わるとしても ―140字の恋の話―』(冬野夜空)は、この何ページが私と同じだ、という感想がいろいろある。なおかつ、この本は行間が空いてて読みやすいので、他の本は読めないけど、これは最後まで読めると。

すると生まれて初めて単行本を1冊読み切ったという経験になるわけですよ。そこで初めて若い人たちが「紙の本っていいな」と思うようになる。


(撮影:梅谷秀司)

――TikTokを導線として、中高生の最初の読書体験が生まれているわけですね。

徹底したマーケティングの結果、生まれたスターツ出版文庫

――TikTokウケもそうですが、スターツ出版文庫では、本を読まない人をターゲットにしている意識はあるんですか?

菊地:いえ、そういうわけではありません。

ただ、大前提として、いわゆる「Z世代」と呼ばれている人たちに対して、どこの出版社も大きなチャレンジができていない現実があります。生まれながらにしてデジタルネイティブで、はなから本を読まない、と思い込んでいるからですね。

そこに注目しているのが、スターツ出版文庫なんです。その世代に刺さる内容やデザインを心がけています。編集・営業・Webサイトで徹底したマーケティングをする。前編でお話ししたように、作家さんと編集者が2人3脚でやっているので、読者に等身大の作品を作ることができるんです。

――なるほど。中高生をターゲットにするためにどのような取り組みをしているのでしょう。

菊地:10代の子の生活感や恋愛観を現場の編集者が一生懸命見ています。そもそも、うちは編集者のほとんどが20代なので、若い感性を持っている。それとSNSも毎日チェックして、Z世代の流行に、つねにアンテナを張っています。

――実際に、10代の人にインタビューすることもやられているんですか?

菊地:もちろんです。たとえば、編集営業担当が、郊外のショッピングモールにある書店さんに行って、そこにいる中高生に、何パターンかの表紙とタイトルを見せて反応を聞いた、ということがありました。1年目と3年目の若手社員のコンビで、気合たっぷりで1日かけて生の声を集めてくれたんです。

その結果、もともとイメージしていた装丁とは、異なる装丁になって発売されました。読者の声を、そのまま本に反映しているんです。


こちらがその『恋のありがち』という書籍。「3秒で共感できる」シチュエーションが描かれている(撮影:梅谷秀司)


ショッピングモールでの調査によって、当初予定していたものとは、異なるイラストが表紙に選ばれたという(撮影:梅谷秀司)

「ブルーライト文芸」はなぜ生まれたか

――現在、ネット上でスターツ出版文庫をはじめとする「青くてエモい表紙」の文芸作品のことが「ブルーライト文芸」と呼ばれているそうです。こうした青い表紙も、中高生の意見を取り入れるうちに自然と作られていったのでしょうか。

菊地:そうですね、偶然です。PDCAサイクルの結果だともいえる。読者に寄り添って、反応を見ながら書籍を作っていくなかで、結果的に中高生にこうしたものが好まれることがわかってきた。最初からそれを狙うのは無理ですね。

タイトルも空や星が付く作品が多いから、必然的にそういう色が多くなっていったのかもしれません。

――なるほど。

菊地:何より、これは人間の本質、つまり「青春」じゃないですか。「赤春」とは言わない。だんだんと自我が芽生えて大人になって、それで中学生ぐらいで恋愛の気持ちが強くなってきて青春時代を迎えるわけです。それは、当然ながら青くなるわけです。

弊社には、「スターツ出版文庫」よりも対象年齢が少し低い「野いちごジュニア文庫」というレーベルもあるのですが、こちらはピンクの表紙なんです。

女の子はピンクや赤が好きで、それでだんだん、少しずつ大人になっていくとそれが青くなってくる。恋愛に、切なさとか複雑な感情が加わってくるのが青、という色なんじゃないかと思います。


(撮影:梅谷秀司)

――ターゲティングを精緻に行った結果、ある意味で人間の本質がそこに現れているのかもしれないですね。

「モノ」としての書籍の価値を最大限にする

菊地:『すべての恋が終わるとしても ―140字の恋の話―』は、大型の書店に行ったら特設コーナーがあって、この表紙が並んでいます。すると、どこの書店さんもおっしゃるんですが、やはりブルーの表紙が良くて、来店したお客さんがこの前で立ち止まることが多いんですって。思わず手に取ってくれる力を持ってる。

こうした表紙は「エモい」と言われますが、「モノ」として買ったとき、部屋にこの本を飾っておけるわけです。これ、電子書籍だと、同じものを読んでもそんなことは起きない。だからそういう部分でも紙の本の価値を改めて若い人たちが感じてくれている。


「紙の本の価値」を語る菊地氏。たしかに、美しい表紙イラストは、紙の本でこそ十二分に味わえるものだろう(撮影:梅谷秀司)

――他のインタビューで「読み終わった後に飾ったり、友達に貸したりすることができる本を目指している」とおっしゃっていましたね。版元からすると「新しく買ってほしい」という言葉が出てきそうですが、そのようにおっしゃるのが、すごく顧客に寄り添っている気がしました。

菊地『恋空』のときがそうでしたから。『恋空』は上巻・下巻の表紙を合わせるとハートになるデザインでした。普通、上巻を買った人は、7割ぐらいしか下巻を買わないといいます。でも、そのときは多くの人がセットで買っていた。2つの表紙をあわせてハートにして部屋に飾るためなんですよ。

さらに『恋空』の場合は、2セットずつ買ってくれる人も多かった。とても感動したのでクラスで回し読みをするんだけど、そうするとボロボロになってしまうので、永久保存版としてもうワンセット、新品を買っていただけたんです。

紙の本をそれだけ愛してくれて、友達にまで紹介してくれる。それが評判になれば、欲しい人は増えるわけで、友達から借りてボロボロになったやつではなく、自分用に新品を買おうとなりますよね。

――長期的な目線で考えることで、結果的には、売り上げの増加にもつながると。

つねに「読者」を見ることが大切だ

菊地:先程、ショッピングモールでリサーチをしたという若手社員の事例をお話ししましたが、その他にも、読者の声に寄り添う工夫はあります。

たとえば、うちは、いくつかの中学校の修学旅行のコースのひとつになっているようで、たまに制服の中学生が社内を見学しに来るんですよ。そこでミーティングをして、いま学校ではやっていることを聞いたりしています。

中学校の『朝読』の時間で、うちの本が多く読まれてるので、東京の憧れの出版社みたいな存在になっているらしい。ネット上では、「スターツ」が「泣ける本」を表す言葉のようにもなっているようです。

――今や、「泣ける本」の代名詞のようになったわけですね、すごい……。でも、こうしたスターツ出版文庫が作ったフォーマットを真似するような会社も出てきているんじゃないですか?

菊地:他の出版社がうちで売れた作家さんに声掛けして出版することもありますが、それだけで売れるわけではありません。二番煎じはうまくいかないものです。

若い読者の気持ちがわかる編集者と作家さんが2人3脚で作り、さらにそこに他のメンバーも加わり、どんどん変化する読者の心に合わせて作品を作っているからこそ、読者のハートをつかむことができるのです。

――タイトルや表紙といった外側だけ真似てもだめ、ということですよね。スターツ出版に根付いた社内風土や、作家・編集者・読者が三位一体で本を作っていく、というシステムがあるからこそ売れている。

菊地:世の中的に本が売れない理由は、多くの出版社が読者を見ていないからだと思います。編集者は作家さんばかり見ているし、営業は書店さんばかり見ている。うちは営業も編集も読者を見ている。そこの違いだけです。読者はどんどん変化していきますが、しかし、きちんと見ていけば、売れる本は作れるのだと思います。

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ただ、読者のほうを見る。それが、スターツ出版のスタンスだ。そしてその結果、その時代に即した作品が生み出されていき、「ブルーライト文芸」が生まれた。スターツ出版のスタンスは、基本的なようでいて、奥深い。

次回は、この連載のまとめとして、著者の専門とする、都市論や建築論の観点から、ブルーライト文芸が書店空間にもたらした影響について語っていく。

(谷頭 和希 : チェーンストア研究家・ライター)